確証のない疑惑
ライアスから告げられた突拍子もない言葉に、一瞬、頭の中が真っ白になってしまう。
「何かの間違いじゃないのか?」
俺自身、シスター・ソフィーと会ったのは一度きりだ。
それでも俺には、あの人が反乱を起こすような危険人物だとは到底思うことが出来ない。
「どこの誰が、そんな根も葉もないような噂話を……」
「根も葉もない噂だからこそ、それを証明するための確たる証拠もありません」
ちっ、相変わらずの正論かよ。
「そんな事の為に、あんたは俺にシスターの尊厳を踏みにじる様な真似をしてこいっていうのか」
「実際の話。シスター・ソフィーという人物が、この度の戦争に協力的ではないというのは、もはや衆目の事実です」
「女神信仰ってのは、いつから人殺しを肯定するものに成り下がった」
「そして、そんなシスターの考えに対して、多くの賛同者が集い始めているのも確認出来ているのです」
「たかがその程度で反乱だっていうのか? 浅はかすぎて吐き気がする」
「落ち着いてください。彩霞くん。あくまでも、これは噂の範疇を超えない憶測に過ぎないのですよ」
これが落ち着いていられるかよ。
昨夜、ヴィンの様子がおかしくなったのはこういうことか。
もしもシスターが反乱の罪で処罰される様なことになれば、その繋がりも徹底的に洗い出される。
そうなればもちろん、シスターと友人であるというフェリアにまで、疑いの眼差しが向けられる事は避けられない。
「どいつもこいつも好き勝手言いやがって。これもヴィンの野郎の差金ってわけか」
「否定はしません。しかし、戦時におけるこの手の噂は、内乱を招く可能性が非常に高いものとなるのも、あながち間違いではない」
「あんたたち将校なら、事前にそれを防ぐことも出来たんじゃないのか」
「ええ。彩霞くんの言っていることは正しい。これは私たち将校の不手際以外の何物でもありません」
「何を淡々とした口調で話してやがる。これじゃあまるで……」
「ええ。つまりはそういうことなのです。おそらくこの噂は、意図的に軍内部へと広められた」
苦々しいことを馬鹿正直に話しやがって。
「……ふざけるなよ。そんなことに人ひとりを巻き込むのが、騎士のすることだっていうのか」
「彩霞くん。何度も言うようですが、しかし、シスターが本当に反乱を企ててはいないという確証も無いのです」
その噂自体、善意なる忠言から生まれた可能性だってあるってあんたは考えてる訳か?
中立な立場ってのは、本当に面倒くさいものだ。
今回に関しては、俺とあんたの考えは全く異なっている。
「下手人はどいつだ」
「残念ながら、それは今の時点で調べはついていません。ただ、何の前触れもなくその噂は軍部に広まり、上層部まで持ち上がってしまったのです」
そこまで口にすると、ライアスは席から立ち上がり、俺の真横まで歩み寄ってくる。
「だからこそ、彩霞くんには教会に詰めておいて頂きたいのです。軍というのは時として、いささか過激な行動にでる場合がある」
その言葉には、背筋が凍るほどの冷たさが含まれていた。
もしかしたら、その情報を鵜呑みにした馬鹿が、シスターの命を狙う可能性もあるってことか。
だからこそ、俺の役割は偵察兼護衛。
「また面倒くさい事を押し付けてくれる」
「私は自分の人選に間違いは無いと思っていますよ」
「いいぜ。その懲罰。謹んで受けさせてもらう。要はシスターの無実を証明してくれば良いんだろう?」
「ええ。私自身も、心からそうであって欲しいと願っています」
ああ? 何だその満面の笑みは?
あんたさっきまで……って、まさか!?
「話は以上です。それでは彩霞くん。シスターへの在らぬ中傷を晴らすため、君には獅子奮迅の活躍を期待しています」
◇◇◇◇◇
まんまと騙された。
ライアスの奴、もとからシスターのことを疑ってなんていやしなかったんだ。
ここまで見事に手の平の上で踊らされてしまうと、もはや怒りの感情すらも浮かび上がってこない。
「まあ、事情が事情だ。シスターには俺も世話になったし、ここらでその恩を返すのもやぶさかじゃあない」
おあつらえ向きに、協会に入り浸っている間は授業も免除してくれるそうだしな。
盗賊狩りだなんだの実戦を積むことは出来なくなるが、体を動かすだけなら他でも十分事足りる。
それじゃあさっそく教会へ向かうとしようか。
っとその前に。ひとつ寄り道をしておかないと。
俺は大通りへと向かい、立ち並ぶ露店をつぶさに見て回る。
ここらの露店は、日毎に位置取りが変わってしまうため、その都度、辺りを散策する羽目になる。
目当ての店は……あそこか。
「おいっ、爺さん。どうだ? 商売の方は?」
「カッカッカッ。どこのどいつかと思えば、東洋人の坊主じゃないか。おかげ様で順調にさばけておるよ」
相も変わらず胡散臭い爺さんだ。
これでよく行商人なんてやってられるな。
俺がこの爺さんと知り合ったのは、この国に来て一月ほど経った頃だ。
自称倭国好きを公言するリナの買出しに付き合わされた際、半ば押し付けがましく紹介されたのが、この骨董屋顔負けの露天商だった。
粗雑に並べられた商品は、どれも倭国でしかお目にかかれない陶器や茶器が多く、無論、武器としての機能を持つ物も多数展示されている。
まあ、それも何かの縁ということで、いままでに何度か世話になったこともある訳なんだが、
「して、今日は何用じゃて。よもやまさか、前みたく『小太刀』なんぞという奇怪な代物を探しにきたわけじゃないじゃろうな?」
「刀がほしいんだ」
「それならここに三振りの刀が置いてあるじゃろうに、この中から好きなものを……」
「それも、ニ尺三寸の直刃、刀身に漆を塗り込んでいていくれていると、なお助かる」
「阿呆か、お前は! そんなけったいな代物、荷を確認するまでもなくありゃあせんわ」
だろうな。
まあ、俺だって物の試しに聞いてみただけだ。
そんなモノ、この国にあろうはずもない。
「じゃあ爺さん。ひとつ頼まれてくれないか?」
「何じゃ?」
「この手紙を倭国に届けてほしい。宛先は『昌運』という名のしがない刀匠だ」
そう言って、俺は事前に用意していた手紙を懐から取り出し、爺さんにむけて差し出す。
「『昌運』じゃと? 小僧、お主いったい何者じゃ。『昌運』といえば、大名御用達の剣職人。一介の侍ごときには、一振りの刀も打たんと有名な石頭の持ち主じゃて」
「まあ、たんなる昔なじみだよ。別に、俺自身が大した人間って訳でもない」
「ふむ。常々奇妙な小僧じゃて。まあよかろう。手紙を渡すぐらいは引き受けてやるわい」
「助かるよ。――――そいつが無いと、さすがに心許ないんでな」
爺さんに必要なだけの金銭を渡すと、踵を返し、今度こそ協会へと足を向けようと背中を向けて歩き出す。
「おいっ、こりゃ小僧! ここの刀は買っていかんでも大丈夫なんじゃろうな!」
背後から聞こえて来た声には、後ろ手で適当に手を振って答えておく。
二束三文の刀を腰に差したとあっては、それこそ剣士としての名折れだ。
とりあえず、当面はこの折れた刀に命を託さざるを得ない。
まったく、こんな時に限って厄介な命令をだしてくれたものだ。
『誰しもが争うようなことの無い世界を』か。
どうしてか、いつか聞いたシスターの言葉が、頭の中に木霊し続ける。
わるいがシスター。これから俺は、あんたの願いを踏みにじることになりそうだ。




