懲罰という名の日々
教会の朝は早い。
日の出とともに門を開け、建物内の空気を入れ替える。
それが終われば次に待っているのは、恒例となった礼拝行事だ。
女神像に向かって両手を合わせ、昨日までの恵みと今日からの良運を願いあげる。
俺がここで世話になり始めて、はやくも七日が過ぎた。
泊まり込みといえば聞こえはいいが、その実ただの懲罰に過ぎない。
そんな俺に対してシスターは嫌な顔ひとつすることなく迎え入れ、奉公をさせてくれている。
「シスター。掃除、終わったぜ」
「ありがとう御座います。――――それでは、後は好きなようにお過ごし下さい」
まあ、それはそうだろう。
一緒に暮らすことで初めて分かったことだが、このシスターは女神への祈り以外、その他一切の出来事に関心をもっていない。
俺から言わせればそんなもの、あきらかに常軌を逸した行動だ。
だが、ここでその話を持ち出してまでシスターと口論をするつもりも毛頭ない。
ただ粛々と、懲罰としての任務をこなすまで。
それともうひとつ驚いたことがある。それは……
「やっほー、リッツ。今日も元気に頑張ってる?」
「おはようございます、律。きょうもなかなか派手にがんばっていますか?」
この二人……いや、正確には、リナが毎朝この教会を訪ねていたということだ。
祈梨については、まあ、おまけみたいなものだろう。
「おはよう。朝から元気なようで何よりだ」
「なになに~。リッツってば、朝から元気がないなぁ」
「あからさまに、どよーんとしてます」
正直なところ「うるせぇ」と言って追い返してやりたいところだが、この教会の主の手前、そんなことも出来るはずがなく、
「あれあれ、今度はだんまり? そんなんじゃ今日も一日がんばれ……って痛ったあぁぁい!」
ささやかながら、リナの額にデコピンをかますことで自分を納得させておく。
「律! 律! いまのは何ですか? どうやりましたか?」
「なんてことするのよリッツ! 純情な乙女の柔肌に傷でも付いたらどうしてくれるっていうの!」
作戦失敗。よもやまさか、これ以上煩くなるとは予想もしていなかった。
これはマズイ展開だ。いますぐにでもこの二人を黙らせないと……
「お静かにお願いします」
俺の努力も虚しく、シスター・ソフィーがこちらへとゆっくり歩み寄ってくる。
「元気があるのは良いことですが、あまり大声出すのは感心しませんね」
「ううぅー。でもシスター、ひどいと思いませんか? リッツったら女の子に暴力を……」
「その前に、『おはようございます』リナさん」
「……おはようございます。シスター・ソフィー」
「祈梨さんも、『おはようございます』」
「おはようございます。そして、ごきげんようです」
わざわざ膝を曲げてまで目線を合わせる必要もないだろうに。
こういったところも、シスターの人となりを体現している様に感じてしまう。
「それと彩霞さん? 暴力を振るうのは、あまり感心しませんね」
これも当然といえば当然。
優しさだけではシスターなんて職業をこなせる訳もなく、
「罰として教会の窓掃除を追加させて頂きます。一面一面、丹精込めて磨いて頂きますように」
その命令に背くなんてことも、土台不可能だということだ。
「にははっ、リッツもシスターにかかればお子様だよねぇ~」
リナはそれで満足したのか、踵を返し祭壇の方向へと歩みを進めていく。
「律。おそうじですか?」
と目をキラキラさせながら、祈梨も俺の服を引っ張ってきているし、朝の騒動はこれでおしまいにしよう。
そうこしているうちに、次々と女神教の信者たちが教会内へとやってくる。
彼等は教会に訪れるやいなや、一様に祭壇に向けて頭を下げ、各々の切実なる願いを女神に向けて訴えかけていく。
最初は気味の悪さしか感じなかったが、七日間もこの場所にいれば、この光景にも見慣れたものだ。
だから、次に彼らが口にする言葉も、おおよそ検討がつく。
「こんな世の中に何の意味がありますでしょうか?」
「ええ、ええ、人が人を殺して領地を奪い合うなど。正気の沙汰とは思えません」
「この現状をエルファリア様が見られたら、どれほど悲しまれることか」
「シスター。シスターなら我々の気持ちもおわかりになるはずだ」
なかば興奮気味にシスターを取り囲んでいる人間の数は、十人を下らない。
次から次へと、まるで呪詛のようにシスターに向けて祈りの言葉をかけ続けている。
「落ち着いてください。皆様、ここはエルファリア様の御前。あまり騒ぎ立てないようにお願い致します」
おそらく、この腐りきった光景が何らかの脚色をともなって、『反乱』などといった誇張表現につながったんだろう。
彼等の口にするそのほとんどは、先の戦争への異論や反論、果てはこの国の未来についての請願に過ぎない。
――――祈るだけでは、なにひとつ解決などする訳もないだろうに。
これは俺からしてみれば、『反乱』ではなく『反抗』だ。
『反抗』の声をあげる人間が百人以上束になろうとも、『反乱』を起こすほどの力を持ち得るはずもない。
とんだ茶番だな。
もしも本当に『反乱』の噂を流した下手人がいたとするならば、そいつの狙いはおそらく……
「ありゃあ、シスターもあの様子だと大変だね~」
そんな俺の思考を打ち消すかのように、隣に並んだリナが、感慨深げにそう呟く。
「もう礼拝は終わったのか?」
「うん。もう大丈夫だよ。――――ちゃんと、女神様に挨拶しておいたから」
いつもなら礼拝が終わり次第、カモミールへと引き返すはずなのに、今日に限ってリナはその場を動こうとしない。
「リッツはさあ、――――聞かないよね」
「…………」
「ふつうやっぱりさあ、気になると思うのよ。私がどうして毎朝ここの教会で祈りを捧げてるんだとか、私達姉妹がどうして二人であの店を経営してるんだとか」
「…………」
「でもね。……うん、それがきっとリッツの良いところなんだと思う。だから、私も聞いてあげない」
そう言うリナの横顔は、今まで俺が見てきたどの表情よりも、温かみと憂いを帯びていた。
だからこそ俺は、
「なあ、リナ。もしも……もしもお前が考えている様なことじゃなく、実は俺個人として、お前達には全く興味がないんだと言ったらどうする?」
「なあああ!?」
そう言って、この場の空気を白けさせてやることぐらいしか思いつかなかった。
人の過去なんて千差万別。安易に口にする様な話題でもない。
「リッツ! それはちょっとあんまりじゃないかなあ! いくら私でもガッツリ傷ついたんだけど!!!」
「そう怒るなよ。もしもの話だって言っただろ? それに、あまり大声で騒ぐと、またぞろシスターに大目玉を喰らう」
「何をスカした態度をとってくれちゃってんのよ! こうなったらもう容赦しないんだから」
元気な姿を取り戻してくれたのは結構だが、これはちょっとやり過ぎたか?
犬歯をむいてこちらに飛びかかってくる姿は、まさに狂犬そのもの。
おいこらっ爪を立てるな! 噛み付くな!!
「おおう。律とリナがもりあがってます。これは、おそうじしている場合ではありませんね」
「祈梨! 余計な手間を増やすな! おいこら乗りかかるな! よじ登るな!!!」
「にひひ、イノリたんっ、こうなったら二人でリッツを成敗だぁ」
「まかせて下さい。りんきおうへんにしょりしてみせます」
「――――あなたたち。いったい何を騒いでいるのですか?」
ああ、やっぱりこうなるよな。
温厚な笑顔の裏に般若を宿したシスター・ソフィーが、ゆっくりと俺たちに歩み寄ってくる。
「リッツ。それじゃあね。あとはよろしく! イノリたん、いますぐ戦線離脱!」
「おお? わかりました。それでは律。さようならです」
緊急避難といわんばかりに、リナは祈梨を小脇に抱え、その場からの脱出を図ろうと走り出す。
何て汚い奴だ。これじゃあ、また俺だけとばっちりを喰らう羽目に……
「あっ、そうだリッツ。ひとつだけ私から忠告。さっきの話だけど、シスターならきっと、聞いてもくれるし答えてもくれると思うよ」
すれ違いざま、リナはそんな言葉を残し、颯爽と教会から姿を消してしまった。
「まったく、リナさんにも困ったものですね」
「ああ、まったくだ」
「いままではこんな事はなかったのですが」
「……へぇ」
「さて、それでは彩霞さん。お説法の時間に致しましょう」
「……やっぱりこうなるのか」




