団欒
「いやぁ。それにしても、なかなかに見応えのある勝負だった。兄としてもこれ以上に誇らしいことはない」
「兄様。食事中ですので、少しは落ち着きに・・・」
「固いことを言うなよ。ここは大衆食堂なんだろ? 作法や礼儀に乗っ取ることなく、存分に食事を楽しめればそれで良い。祈梨ちゃんもそう思うよな?」
「はふっ? はんほはなひれふか?」
「おっと、食事中のレディーに話しかけるのは、流石にマナー違反だったか」
「オイコラ、祈梨。口に食べ物を入れたまま話をしようとするな。それにお前は、どうしてそんなに口の中に詰め込むんだ」
「んきゅ。・・・食事はこうしたほうがおいしいとリナから聞いたのですが」
「なるほど。今度はあいつが原因か」
リナは客席のあいだを慌ただしく走り回っているが、俺の視線に気付いたのか、機嫌よく片手をひらひらとさせてくる。
阿呆。誰も褒めてねえよ。
「しかし、良い店じゃないか。料理も上手ければ、活気もある。そのうえ、カウンターには見目麗しい美女まで「兄様!!!」」
軽快に笑い声をあげるヴィンと、顔を真っ赤にさせて、それを咎めるフェリア。
さて、どうしてこんな事になっているのかというと、話を少しさかのぼる必要がある。
フェリアとの決闘を終え、俺たちが思い思いの労いを交わしていると、突然ヴィンが、
「愛すべき友と妹の闘いを目にして、俺はいったい何をすれば良い? そうだ、こういうのはどうだろうか。これからオレに夕食をご馳走させてくれ。もちろん、そこにいる皆も一緒にだ」
なんて言葉を言い出したから、その後は阿鼻叫喚の地獄だ。
フェリアはフェリアで当然の様に猛反対するし、ニーアとモフランも恐縮の言葉を繰り返すばかり。
それで何とか落ち着いた妥協案が、いつも俺たちが世話になっている場所なら、そこまで気を使うこともないだろうということ。
そういう経緯があり、俺たちは今現在、目下世話になりっぱなしのカモミールで食事中というわけだ。
ちなみにこの間、カエラはまったく自分の意見を口にしなかった。
「兄様は、もう少しご自分の立場をお考えになってください。そもそも、お役目の方は大丈夫なのでしょうか」
「心配するな。お前の兄は、己の仕事を放りだしてまで娯楽に耽るような愚か者か?」
「その言い方は卑怯です」
「お前は相変わらず変わらないな。昔っから真面目すぎるきらいがある。それは時としてフェリアの長所にもなり、短所にもなることを忘れないように」
「・・・肝に命じておきます」
兄の威厳恐るべし。
あのフェリアが、あそこまで素直に相手の言うことを聞き入れるなんて、これはなかなかの見ものだ。
「ところでフェリア」
「なんでしょうか」
「お前、どうしてオレに言わなかったんだ?」
「・・・申し訳ありませんが、私には兄様の言葉に心当たりがないのですが」
「ここまできて隠す必要はないじゃないか。聞けばお前、律と・・・」
「のぉぉぉぉ!!!」
二人の会話を途中で遮ったのは、ちょうど俺の斜め向かいで飯を食っていたはずのモフランだった。
「バカな、まさかそんなはずは」
椅子を跳ね飛ばし、その場で驚愕に身体を震わしているその有様に、店中の人間が注目の視線を浴びせている。
「なんてことだ。くそっ、そうと知っていたらボクは・・・」
どうやら、いつものおふざけじゃあなさそうだな。
「おい、モフラン。いったいどうし・・・」
「猪肉に、こんな見事な調理法があっただなんて!!!」
その瞬間。間違いなく店内の空気は凍りついた。
「猪肉といえば臭みの王。鼻を抜けるような不快感に、口の中で広がる嘔吐感。だが、それがどうしてこうなった。これを作ったのは、、、!? そうか、シェリ殿か! シェリ殿ぉー、シェリどぶけっ!!!」
歓喜というか狂気というか、その場で感情を喚きだしたモフランを止めたのは、リナから放たれた盆による平面叩きだった。
「あのねぇー。何がどうなってそんな事をしてるのか知らないけど、他のお客様に迷惑でしょうが」
怒り心頭といった感じで、リナは悶え転げるモフランを容赦なく叱責する。
「どこぞのお偉い貴族さんだか何だか知らないけど。ここでのルールは、楽しく食事をされているお客様には、絶対に迷惑をかけない。わかった?」
「・・・了解でございます。申し訳ありませんでした」
弱ぇぇ!
仮にもお前、騎士を目指してるのに、なんだそのざまは?
年端もいかない給仕相手に、何でそんなに蚊の鳴く様な声を出してんだよ!
「あらあら、今日はいつにもまして賑やかね。何だか呼ばれた様な気がしたんだけれど」
そんな混沌とした空気の中、シェリがおっとりとした調子で、こちらのテーブルにやって来る。
「ごめんなさい、姉さん。騒ぎの元凶は黙らせておいたから」
お前、そう言いながらもモフランを足蹴にするなよ。
もはや高貴さの欠片もない様な有様になってるじゃないか。
はぁー。仕方が無い。ここは普段からの礼も込めて、俺の方でなんとかしよう。
「シェリ、騒ぎを起こして悪かったな。こいつらの後始末は俺のほうで片付けておくから、あんたは厨房に戻っても大丈夫だ」
「あら、私は仲間はずれ? 彩霞くんは悲しいことを言うのね」
「律。シェリはとてもせんさいなんですよ。言葉はしっかりとえらんでください。それに、私はシェリが来てくれてたいへんうれしいです」
「いや、俺はこの稼ぎ時に厨房を空にするのはどうかと思ってだな。って、なんで俺がお前に弁解する羽目になってんだよ!」
途中からしゃしゃり出てきた祈梨の頭を上から掴み上げ、万感の意味を込めて、デコピンしておく。
「彩霞くん。わざわざ心配してくれてありがとう。でも、いまは少し厨房も落ち着いてきたの。だからと言ってはなんだけど、よかったら私もお話に混ぜてくれないかしら」
「いや、シェリがそう言うんなら、俺に断る理由は「こんばんは、マドモワセル」」
ちょっとした既視感を覚えるやり方で俺の言葉を遮ったのは、何故か今までよりも数段気合の入った様子のヴィンだった。
ヴィンはわざとらしく己の銀髪をかき上げ、舞台演者も顔負けの様相を漂わせている。
「ええーっと。はじめましてでよろしかったかしら。見たところ、彩霞くん達のお知り合い?」
「おっと、これは挨拶が遅れました。オレの名前はヴィンセント・ロータス。いつもここにいる妹がお世話になっているようで」
「ああ、フェリアさんのお兄様でしたか。それは知らずに申し訳ありません。私の名前はシェリ・グレイパス。ヴィンセント様、今後ともよろしくお願い致します」
「それはいけないマドモワゼル。オレの事はどうか気安くヴィンと「兄様、戯れはそこまでです」」
チャキッっという物騒な音とともに、ヴィンの首筋に細身の剣があてがわれる。
どうやら、これ以上、兄の暴挙を目にするのは耐えられなかったらしい。
あの恐ろしいまでに冷めた目付き。
俺のほうまで萎縮しそうになってしまう。
「とりあえずフェリア。その剣を下げて、冷静に話し合おう。大丈夫、オレたちは血の繋がった兄妹じゃないか」
「残念ながら、私にはいったい何が大丈夫なのかは理解できませんが、例え兄様であろうと、公共の場で目に付く行為をした者には、然るべきを罰を与えるべきかと存じます」
残念ながら、ああなったフェリアには、どんな弁解をしても意味がない。
それはこの数ヶ月一緒にいただけでも、十分に理解できた事だ。
「ねえねえ、リッツ。あれって放っておいても大丈夫なのかな?」
リナが小声で耳打ちしてくる。
「大丈夫だろ? フェリアもこんなところで刃傷沙汰を起こすほど馬鹿じゃないさ」
「いやぁー、リッツとフェリさんが初めて出会った時の事を思い出すと、一概にそうとは言えないんじゃあ。って、そうじゃなくて。わたし的には、またまたリッツが巻き込まれちゃうんじゃないかと・・・」
「兄様には節度というものが欠けております!」
何やら心配げな様子のリナを他所に、ロータス姉妹のやり取りはますます加速していく。
「しかしフェリア。いくらオレが騎士だからとはいえ、休息の時ぐらいは・・・」
「休息と戯れを混同しないで頂きたい。私は兄様の立場を思って、助言しているのです」
「それにしてもだなあ。――――そうだ、律。お前ならオレの気持ちをわかってくれるだろ?」
とんだ巻沿いだ。俺がいつどこでお前と意見をともにしたって言うんだよ。
しかしそんな言い分も、フェリアの前では意味をなさない。
「ほう、キサマもふしだらな行動を首肯する立場の人間だったのか。まったく、少しはシスター・ソフィーの敬虔さを見習ったらどうなんだ? あの方の説法をお聞きすれば、いくらキサマとて、今よりは随分マシな人間になれるはずだぞ」
どうして俺が説教されなければいけないのか、まったく意味はわからなかったが、いまはとりあえず聞く他に道はない。
いい迷惑だ。俺が事の元凶を睨みつけようと視線を動かすと、しかしそこには、さっきまでとは打って変わった真面目な表情のヴィンの姿があった。
「フェリア、お前、シスター・ソフィーと知り合いなのか?」
心なしかその声は低く、どこか重みをともなって俺の耳に聞こえたきた。
「ええ。間違いありません。シスター・ソフィーは私の誇るべき友です。しかし兄様、いったいどうしたのです?」
「いや、フェリアが気にする事はない。――――少し葡萄酒の酔いが回ってきたみたいだ。ここらでオレは失礼させてもらおう。マドモワゼル、勘定はこれで」
「っ! ヴィンセントさん、こんなに多くは・・・」
「構いませんよ。これからも、うちの妹がお世話になると思いますので。それと、律。フェリアのことをよろしく頼んだぞ」
そう言うと、ヴィンは振り返ることなく、店の外へと姿を消していってしまう。
「おい、彩霞律。先の兄様の発言、いったいどういうことだ?」
「さあ、皆目見当もつかん」
だが、シスター・ソフィーの名前を出した途端のあの変わりよう。
何か裏があると思って、間違いなさそうだ。




