交差する刃(下)
「ここは・・・」
ヴィンに連れてこられた場所は、城内の片隅に位置する円形の広場だった。
周囲には様々な種類の武器防具が並べられており、一目見ただけでも、ここがどんな場所なのかが理解出来る。
「皆も察しのとおり、ここは正規兵のみが使用を許された訓練場だ。ここなら部外者の目に触れることはない。思う存分、力の限りを賭してくれ」
事も無げに、ヴィンはそういった感じで言葉を発するものの、俺たちにとっては動揺の方がはるかに大きい。
「あの~、すいませんヴィンセントさん。ここって勝手に使うとまずいんじゃあ・・・」
「なに、気にする事はないさ。見たとおり、今の時間は誰もいないんだ。ニーアくん。施設というのは有効活用してこその代物だ」
恐る恐る口にしたニーアの質問に対しても、ヴィンは余裕の表情でそう答えている。
「なるほど。ここが正規兵のみが立ち入ることの許された訓練施設。じつに相応しい風格を持っているね」
「ん。ただの訓練施設にしか見えないけど」
「何を言っているのだカエラくん。キミには、この溢れ出る歴史の匂いが理解できないというのかい?」
「ん。さっぱり」
モフランとカエラにいたっては、何やらくだらない事で言い争いを始めている始末だ。
あの二人については放っておいても問題なさそうだな。
「フェリア。どうかしましたか? なんだか、すごくむずかしい顔をしています」
「祈梨嬢。其方にとって彩霞律とは、、、いや、これは聞くまでも無いことだな」
「???」
「大丈夫だ。心配せずとも、其方の想いは私が必ずあいつに届けてみせる」
俺の位置からだと何を話しているのかまでは聞き取れないが、ああやって祈梨の頭を撫でつけているフェリアの姿を見ていると、いまから始める決闘が、まるで嘘のように思えてしまう。
あいつはいったい何を考えているんだろうか。
考えても仕方の無いことが、頭の中を堂々巡りする。
「不器用と鈍感も、ここまでくればいっそ心地が良いものだな」
ヴィンは俺の隣に並び立つと、そんな事を口にする。
だが、俺にとっては意味もわからなければ鬱陶しいことこの上ない。
とりあえず、こんな厄介なことはさっさと終わりにしてしまおう。
俺はヴィンの腕をはねのけ、訓練場の中央へと歩みを進めようとする。
しかし、それに待ったをかけたのは、行く手を阻むかの様に目の前に現れたカエラだった。
「ん。これ」
そう言って差し出されたのは、ひと振りの西洋剣。
ああ、わざわざ俺のために用意してくれたのか。
そういえば、カエラは俺の刀が折れてしまったことを知っているんだったな。
流石はパートナー。頼りになる。
「助かる。ありがとうなカエラ」
「ん。別にいい。でも、刀は無かった」
いや、別に構わないさ。
そういう意味を込めてカエラの肩を軽く叩き、いま一度、歩みを進めだす。
「無理しないで。今のあなたは重傷」
背中越しにかすかに聞こえてきた声に、頬が緩んでしまいそうになる。
大丈夫。そんなことは自分自身、百も承知している。
それにきっと、目の前のフェリアもそれぐらいは理解の上で決闘に臨んでくるはずだ。
「手加減する必要はないぜ。全力でこいよ」
「ふっ、ほざけ。しかしキサマ、それはいったい何の真似だ。どうして自分の刀を使用しない」
「驕るなよフェリア。お前を相手取るのに、どうして俺が自分の刀を抜く必要がある」
「安い挑発を。何があったのかは知らんが、どうやら腰の刀は使い物にならない様だな」
「言ってろ。――――どうせ結果は変わらない」
「後悔するなよ、彩霞律。――――私には、この勝負に確固とした理由がある」
奇しくも同時に剣を抜き放ち、その剣先は真っ直ぐに相手へと向けられている。
静まり返ったその空気の中、キンっという小さな音を鳴らし、切っ先がかすかに触れ合う。
「キエエエエエエ!!!」
それを合図に、フェリアは怒涛の勢いで一の太刀を繰り出してくる。
綺麗な型にのっとった見事な一撃だ。
俺は後方に跳ぶことによってその一撃をギリギリで回避し、すぐさま無防備になったフェリアの頭に一撃を打ち込む。
ギィィッン! という派手な音が鳴り響き、俺の一閃はフェリアの返す一撃と交差している。
へぇ。あれだけの初撃を放っていながら、二撃目までの空白が短い。
思ったよりもずいぶん腕をあげてるじゃないか。
俺は内心でそう感心しながらも、いまだ交差したままの剣に力を込めていく。
「ぐっ、流石に力くらべでは分が悪いか。だがこれしきのことで!」
何を考えたのか。フェリアは俺の剣撃を受け流すかと思いきや、ますます交差する剣に力を込め始める。
「おいっ、フェリア。流石にそれは悪手じゃないのか?」
「ふんっ。そんな事、キサマに言われるまでもない。だが、ここで押し切られるようでは、この決闘に意義などない!」
押し返される力が、ますます強くなっていく。
「なあ、彩霞律。キサマは待たされる者の気持ちを考えたことがあるか?」
「ああ? いきなり何を言い出す」
「戦場へ出るのは、騎士として当然の役目だ。それが守る為のものだというのなら、もはや考える必要もない」
歯を食いしばりながらも、フェリアは懸命に俺の剣を押し返してくる。
「だが、その守られた側の人間が、いったいどんな気持ちでキサマの帰りを待っていたと思う!」
その言葉と同時に、フェリアは交差する剣から自分の剣を弾く様に引き下げ、怒涛のごとく剣戟を繰り広げてくる。
「キサマは知らないだろうがな!」
剣がぶつかり合い、甲高い音があたりに響きわたる。
「意識の戻らぬキサマの姿を見て!」
フェリアの表情を読み取ることは出来ない。
「祈梨嬢がどれだけ心配していたと思っている!」
しかし、この一撃一撃に込められた思いは、
「口では気丈に振舞ってはいたがな!」
俺の手首を痺れさせるには、十分な重みがある。
「その表情には間違いなく陰りが見えていた!」
そこで何発目かの剛剣を、俺は体勢を入れ替えて受け流す。
フェリアはそれで地面を滑るかの様に転倒してしまうが、すぐさま体勢を立て直し、切っ先をこちらに向け直してくる。
「フェリア。おまえ・・・」
「キサマと祈梨嬢の絆の深さなど、私にはとうに理解できている事だ。祈梨嬢がどれだけキサマの事を信頼しているのかなど、私がいまさら口に出すまでもない。だがな、例えこれが私の独りよがりだとしても、私はキサマを許すことが出来ない」
またしても、フェリアが上段から力任せに剣を振りかぶってくる。
型もなければ、重心も歪んでいる。そんなもの、本来ならわざわざ剣で受けとめるまでもない。
だが、どうしてだろうか。
俺はこの剣を躱す事なく、自分の剣で受け止めてしまっている。
「ようやく意識を取り戻したかと思えば、今度は兄様に引き連れられているだと。ふざけるのも大概にしろ! キサマはいったい、どれだけ自分から死に場所に近づこうとしているんだ!」
その一撃は俺の剣に重くのしかかり、否応なしに後退を余儀なくされてしまう。
「覚えておけ、彩霞律。キサマが守ろうとする者は、いつまでもキサマを待ち続けている。待つ者が抱く気持ちを、決してキサマは忘れてはならない」
凛とした表情で切っ先を俺に突きつけてくるその姿は、いつもながら見とれてしまう程に綺麗で、しばし言葉を失ってしまう。
そうか。おまえ、それを言うために、わざわざこんな決闘を仕掛けてきたのか。
どうにも浅慮な行動に出たかと思えば、まさかここまでのことを。
「ご忠告、痛み入るばかりだ」
「ふんっ、少しは己の未熟さが理解できたか?」
「ああ。――――それでも、俺はこの先も刀を振るい続ける」
「そんなことは聞くまでもない。だからこそ、キサマには一度、お灸を据える必要があった」
そう言って不敵な笑みを浮かべるフェリアに、俺は力なく笑い返す事しかできない。
まったく、お節介な奴だ。
「彩霞律。何をそんなに笑うことがある」
「いや。別に大したことじゃないさ」
俺と祈梨は、この国でおまえに出会えて良かった。
「ちっ、何やら腹立たしい顔だが。まあいい。それはともかくキサマ、自分が重傷を負っているということを忘れてはいないだろうな」
「あれだけ容赦なく打ち込んできておいて、いまさらそんな事を口にするのかよ」
「ふむ。その調子なら大事はなさそうだな。だが、あまり長引かせて傷を広げる訳にもいくまい」
「じゃあ、次の一撃で終わりにするか」
「それで良かろう。今の私が全力で放てる一撃だ。篤とその身で味わうが良い」
互いに構えを取り直し、呼吸を新たに落ち着かせる。
心地の良い剣気。肌を刺す様な緊張感。
お互いの目には、もう目の前に立つ人物の姿しか映ってはいない。
「キエエエエエエ!!!」
「うぉぉぉぉぉぉ!!!」
互いに一心を込めた一撃。
フェリアの剣が天高く舞い上がったことにより、模擬決闘は俺の勝利で幕を閉じた。




