交差する刃(上)
冗談だろ?
頭の中でそう密かに願いをかけるも、高らかに宣誓したフェリアの目には、迷いなど一片も見られない。
いつもの実直なまでに凛とした視線が、目の前に立つ俺へと向けられている。
これは、本気の目か?
騎士見習いとはいえ、申し込まれた決闘に背中を向けるのは、騎士道に反する行為。
それを俺に教えてくれたのも、目の前にいるフェリアに他ならない。
だがよく考えてもみろ。
これは明らかに常軌を逸した行為だ。
確かに常日頃からコイツはすぐに剣を抜き放っていたが、今の状況はあまりにも腑に落ちない点が多すぎる。
それに、今のフェリアのこの表情。
とても怒りで我を見失っている様には思えない。
明らかに何らかの意図がそこにあり、まるで先の怒りでそれを覆い隠している様な印象すらうかがえる。
「どうした、彩霞律。よもやこの期に及んで怖気づいたなどとは言わないだろうな? それとも正式な手順にのっとり、手袋でも投げつけた方がその気になるか?」
見え透いた挑発をしてくれる。
怒り心頭のお前が、そこまで流暢に物事を考えられるわけがないだろう。
明らかに、これには何らかの裏がある。
「ちょっ、ちょっと待ってよフェリア。どうしたっていうのさ、いきなりこんな事をするなんて、いくら何でもおかしいよ」
「うむ。今回に関しては、ボクもそこの田舎者に同意せざるを得ない。ロータス子女、それはあまりにも騎士道を軽んじる言動ではないのか?」
慌てて身体を割り込ませてきたニーアとは対照的に、モフランはたしなめる様にフェリアにそう言い放つ。
「案ずるなニーア・カロライン。これは模擬決闘だ。それにモフラン殿。それは個人の裁量で決めるべきことではない。現に、貴殿も数ヶ月前に決闘を申し込んでいたではないか」
「あれは、ボクの誇りにかけた決闘だ。今の君の様な、いっときの感情に任せ「黙れ」」
「・・・ボ、ボクには君を止められそうにないな。リツくん、心して決闘に挑みたまえ」
「おまえ、なんて情けない奴なんだ」
ちょっと睨みをきかされたぐらいで、そこまで意見を変えるなんて。
俺が憐れみにも近い目線を送ると、モフランはサっと顔を背けてしまう。
「律はまたフェリアを怒らせてしまったのですか。ほんとに仕方がありませんね。ほら、はやく仲直りの握手をしてください」
「頭をべしべしと叩くな。それとお前は、もう少し今の状況を理解しろ」
モフランといい祈梨といい、こいつらを前にしたら緊迫した空気も台無しだな。
俺がため息混じりにそんな事を考えていると、フェリアから、さきほどよりも幾分研ぎ澄まされた視線を向けられてしまう。
はいはい、わかりましたよ。
何がそんなに気に食わないのかは知らないが、もう考えるの止めだ。
俺は頭の上ではしゃぎ倒す祈梨を地面へと下ろし、ニーアへと視線を送る。
ニーアはそれだけで俺の意図を汲んでくれたようで、「仕方ないなぁ」と言いつつも、祈梨を自分の元へと呼び寄せ、俺たちから離れた位置まで下がっていく。
助かるよ。持つべき者は級友だ。
さて、それじゃあ仕切り直しだと、再度フェリアに視線を移してみるも、当のフェリアは、何やら言い難い表情で、遠ざかる祈梨の背中をじっと見つめていた。
何だ? どうしてそんな顔をする。
「なあ、彩霞律。キサマにとって、祈梨嬢とは、いったいどんな存在だ?」
物憂げな表情のまま、フェリアは俺にそう問いかけてくる。
その瞳には一辺の濁りもなく、だが、そこには間違いなく何らかの懊悩が見え隠れしていた。
「いまさらそんな事を聞いてどうする。あいつは俺の妹だよ。それ以上でも、それ以下でもない」
「・・・そうか。やはりキサマは何もわかっていないようだ」
俺にはフェリアの質問の意図がまったく理解できなかったが、どうやらそれが何らかの琴線に触れてしまったらしい。
フェリアは諦めたかの様にそう口にすると、今まで以上に強い視線を向けてくるようになる。
「まったく、オレがけしかけた事とはいえ、お前達は本当に見ているだけでも飽きないな」
「ヴィン。お前いったい、何が目的でフェリアを俺にけしかけた」
「言ったはずだろ。オレはただ、可愛い妹の成長をこの目で見たかっただけさ」
「ふざけろ、その割にはずいぶん楽しそうじゃないか」
「ははっ、それは否定しないな。――――正直、フェリアがここまで他人に肩入れしているとは思わなかったよ」
ヴィンはそう言うと、意味ありげな視線を俺に向けてくる。
何だよ、さっきから兄妹揃って鬱陶しい奴等だ。
「分からないなら分からないでいいさ。さて、とりあえずは場所を移そう。いくら模擬決闘とはいえ、ここではあまりにも人目につく。フェリアもそれで構わないだろう?」
「はい。異存はありません」
「いい返事だ。それならオレに付いて来てくれ。こんな時にはうってつけの場所がある」