災難
王城を出た途端、夕焼けの赤さに目を奪われる。
城壁はおろか、街中を染め上げたその景色に、一日の終わりを優しく告げられている様な気がした。
「綺麗だな。心奪われるという言葉は、まさしくこの様な景色に相応しい」
隣に並んだ男が、感慨深げにそう口にする。
その顔はまさに魔性そのもの。
大抵の人間が今のこの男の顔を見れば、その美粧に圧倒されてしまうだろう。
だが、そんな顔をしていたのもつかの間。今度は打って変わって、無邪気に微笑みかけてくる。
「さあ、それじゃあ行こうか。フェリアとは久しぶりの再会だ。オレも楽しみで仕方がない」
ヴィンはご機嫌な様子でそう言うと、先へ先へと歩みを進めてしまう。
どうやら話を聞いた限りでは、ヴィンが近衛騎士に任命されて以来、フェリアとは顔を合わせる事もなかった様だ。
それが近衛の激務故なのか、それとも何らかの事情があったのかは、俺の知るところじゃない。
ただ一つ、オレが言える事といえば。
「待てヴィン。どうしてそれに俺が付き合わなくちゃいけない」
この男の中ではどうやら計画段階から折込み済みだった様だが、こっちにはそれに付き合う理由がまったくない。
それどころか、俺としては全力でお断りしたい所存でもある。
「どうしても何も。お前、フェリアとは良い仲なんだろ?だったら折角の機会だ。兄としては、あいつの前できっちりとお前に礼を言いたいんだよ」
「それはオッサンの戯言だ。根も葉もない捏造に俺を巻き込むな」
実際は仲が良いどころか、顔を合わす度に剣を向けられる様な間柄。
そんな厄介な奴相手に、これ以上ない誤解を口にしてみろ。
間違いなく、相当な被害が俺に及ぶ。
「そんな顔するなよ。オレはその辺については寛容な方だ。大いに仲良くしてやってくれ」
振り返りざまに眩しいほどの笑顔でそう言ってくるが、俺が言いたいのはそんな事じゃないんだ。
「よし、ヴィン。落ち着いて聞いてくれ。これから俺が話す事は紛れない事実だ」
「よせよ。こんな所で惚気話でも始めるつもりか?」
「阿呆か、お前は! いいからとりあえず俺の話を聞け!」
「まあそう興奮するなよ。積もる話はフェリアも交えて、ゆっくりとしようぜ」
くそっ、どうやっても俺の主張は聞き入れて貰えないらしい。
しかもこいつ、俺の言葉を完全に無視してやがる。
このあたりの迷惑加減はフェリアとそっくりだ。
さて、どうすればヴィンの凶行を阻止出来るだろうかと、俺が真剣に頭を悩ませていたその時、その努力を打ち砕くかの様に、無情な声が響き渡る。
「リツ!?」
声が聞こえてきた方向に視線をやると、そこにはいつもの面子が勢揃いしていた。
その中でも一際小さい影が、突然、弾けた様にこちらに向けて走り寄ってくる。
「りーーーつぅーーーーーー!」
これはまた元気な事で。
流石にあそこまで一直線に向かってこられると、俺も迎え入れる様な体勢をとらざるをえない。
ボフッっという柔らかい音をたてて、その馬鹿は俺の腕の中にすっぽりと収まる。
「むかえに来ました。存分にほめてくれると嬉しいです」
そんな風に満面の笑顔を向けられても、残念ながら今の俺にはそうそう対応が出来そうにない。
なぜなら脇腹の傷が疼き、鈍痛が身体を硬直させてしまっているからだ。
「コラ! 祈梨嬢、彩霞律が重傷の身であることは説明したはずだぞ」
そう言うとフェリアは祈梨の首根っこを掴んで、その場で持ち上げてしまう。
「おおー。そういえばそんなことを聞いたような気がします。すいません。はしゃぎすぎました」
珍しく殊勝な態度で祈梨が謝罪を口にすると、フェリアもそれで満足したのか、祈梨の身体をゆっくりと地面に下ろす。
しかし、地面に下ろされるやいなや、祈梨は身体を反転させ、フェリアに向けてこう口にする。
「でもですね。心配しなくてもだいじょうぶですよフェリア。律はこうみえても、わたしのことを守ってくれると約束してくれましたから」
あまりにも真っ直ぐすぎるその言葉が、何故だかこの場の空気を和らげていく。
「ですから、こんなところでくたばったりはしない「そこまでにしとけ」」
なおも得意げに言葉を続けようとする祈梨を持ち上げ、肩車の状態で固定させておく。
小っ恥ずかしい台詞を口にしやがって。しかもこいついま、くたばるだなんだと口にしなかったか?
「ほう。この娘が噂に聞いた律の妹だな。仲が良くて羨ましいかぎりだ」
これまでの一部始終を黙って見ていたヴィンが、そう言って背後からそっと祈梨の頭に手を伸ばしてくる。
「うん? 誰でしょうか。見たことのない銀髪さんです」
「おっと、これは失礼。オレの名前はヴィンセント。律とは大の仲良しだ。気軽にヴィンと呼んでくれ」
「そうですか。それなら問題ありませんね。わたしの名前は彩霞祈梨です。きがるに呼んでください」
「それはそうと祈梨ちゃん。君はずいぶん律のことを信頼しているんだな」
「あたりまえです。わたしは律のほごしゃですから」
「ははっ、なるほど。それなら納得がいく。祈梨ちゃん、これからもこいつの事をよろしく頼む」
「おおー。くすぐったいです」
「お前等、いい加減にしろよ。さっきから好き勝手、人の頭の上である事ない事ぺらぺら喋りやがって」
絶えず祈梨の頭をなでまわすヴィンに、これでもかというほどの視線を投げつける。
しかし、それも暖簾に腕押し。
相も変わらず、人の話には聞く耳も持ってはくれない。
「あ、あなたは・・・」
「な゛っ!」
俺が、ヴィンに対して物理的制裁を加えるかどうかを本気で検討している間に、突如、驚愕の声が響きわたる。
「あなたは、あの時、僕を助けてくれた」
「に、兄様!?」
驚愕に目を見開いているのは、ニーアとフェリアの様だ。
モフランとカエラにいたっては、当然のように蚊帳の外といった感じで、成り行きを見守っている。
「これは驚いた。どこかで見た顔かと思えば、港で傭兵崩れに絡まれていた少年か。壮健そうで何よりだ」
「いえ。こちらこそ、あの時は助かりました」
「礼には及ばないよ。街の治安を維持するのも、オレ達騎士の役割だ。しかし少年、その格好を見るかぎりでは君も騎士に?」
「はい。ヨルドから騎士を目指すためにこの都市へやって来たんです。名前はニーア・カロラインと申します」
恩義に対しての礼儀。
それが果たせなかった事は、ニーアの中でもずっと消化不良の状態だったんだろう。
それに加えて、自分を助けた相手が自分の目指す騎士という立場の人間だったのだから、それもなおさらだ。
ニーアの瞳は、いままで見たことの無いくらいに輝いて見える。
「そう固くなる必要はないさ。しかしヨルドか。あそこの温泉は良い。日頃の疲れを癒すには、うってつけの場所だ」
「僕の故郷をご存知で!?」
「ああ。とは言っても数回しか訪ねたことはないんだけどな。最近では流石にそこまでまとまった休みが「兄様!!!」」
しかし、和気あいあいと繰り広げられていたニーアとヴィンの会話も、その金切り声で中断を余儀なくされてしまう。
「どうして兄様がこの様な場所に。兄様には国から命じられたとても重要な、、、」
いきりたつフェリアが、そうやってまくし立てるのもそこそこに、ヴィンはその口に人差し指をそっとあてがう。
おそらく身内であるフェリアなら、ヴィンが近衛騎士だという事も知っているんだろう。
どうやらヴィンとしては、それを拡散して欲しくないようだ。
確かに、近衛がおいそれと自分の身分を吹聴するのもどうかと思える。
「フェリア。久しぶりに会えたというのに、第一声がそれかい?」
だが、耳元で甘くそう囁いている姿を見ているかぎりでは、まるでフェリアを口説いている様にしか見えない。恐ろしい男だ。
フェリアもその言葉の意味を理解したのか、二度三度と息を整え、いつもの冷静さを取り戻す。
「・・・兄様。お久しぶりです。ご壮健な様で安心しました」
「おいおい。そこまでへりくだる事はないだろう。昔のフェリアはあんなに可愛かったというのに」
「なっ!? 今は昔の話をしている場合ではありません! 話を元に戻しましょう。それで、兄様はどの様な理由があってこの様な場所に?」
「久しぶりに妹の顔を見に来た。それじゃあ納得しそうにもない顔だな」
「無論。しっかりと納得のいく答えをお願いします」
さすがは鉄壁。ああなると、基本的には手がつけられない。
さてヴィン、ここからどうやってこいつを攻略するつもりだ?
なんて事を頭の中で安易に考えていると、あろう事か、ヴィンの視線が俺の方に向けられる。
もちろん、それを追いかけるかの様に、フェリアも視線を移動させてくる。
これまでの経験則から、この後どういった展開が待ち受けているのかなんて、もはや口にする必要もないだろう。
「なるほど。またしてもキサマが原因か」
そう言うとフェリアは、腰の剣をゆっくりと鞘から解き放つ。
俺の記憶違いでなければ、あの顔は鬼面そのものだ。
「落ち着け。この件に関しては、俺はまったく関与していない。むしろ怒り狂うのなら、そこのスカした顔した兄貴に向かって存分に怒り狂ってくれ」
「黙れ。先の戦で大怪我を負って帰ってきたかと思えば、次から次へと私の琴線に触れる様なことばかり。もはやキサマに対する一切の温情もないと思え」
にじり寄ってくるフェリアから逃れる為に、一歩一歩足を後退させる。
頭の上で「お? お? 」と楽しげな声を上げている祈梨の立場が、今はこの上なく羨ましい。
「よもや私だでは飽き足らず、兄様にまでご迷惑をお掛けするとは」
これは駄目だな。
いくらこの場で言葉を重ねても、今のフェリアには届きそうもない。
そんな風に諦めの境地に達していると、ヴィンが視界を遮るかの様に俺たちの間に割って入ってくる。
「これは想像以上に面白い関係じゃないか」
小声でなにやらひとり言を呟いているようだが、俺の位置からは上手く聞き取ることが出来ない。
とりあえず一つ言える事があるとすれば、あの顔は何やらよからぬ事をたくらんでいる人間のそれだ。
「律。オレは久しぶりに妹と会えたんだ。その妹の成長を、この目で見たいと思うのは当然の事だろ?」
俺が言い知れぬ悪寒をひしひしと自分の身で感じていると、追い討ちをかけるかの様にそんな言葉が聞こえてくる。
「ああ、何度でも言ってやるが、それに俺を巻き込んでくれなければ、お前が何をしようが構わないさ」
そんな切なる願いを託した言葉も、ヴィンにとってはあまり効果が無かったらしい。
俺の言葉は無視するかの様なかたちで、今度はフェリアに向かって言葉をかけ始める。
「フェリア。街中で抜剣するのは、あまり褒められた事じゃないな」
「退いてください、兄様」
「そうは言ってもだな。俺にも立場というものがある。それにお前、純然たる剣技で律に勝てるとでも思っているのか?」
「勝てる勝てないではなく、一太刀でも入れる事が出来るのなら、それで私は本望なのです」
「そうか。――それならせめて模擬戦という形にすれば、誰からも文句は出ないと思うんだが」
「「!!!」」
こいつ、何をふざけた事を。
「なるほど。その手があったか。――――彩霞律。これは良い機会だ。この数ヶ月で私がどこまでキサマに近づくことが出来たのか、ここらでそろそろ試させて貰おう。無論、互いに手加減は無しだ。フェリア・ロータス、我が名をもって、この場でキサマに模擬決闘を申し込む」




