不条理な信念
その言葉に得心したクロウが、ゆっくりと高台の端へと歩みを進め、静かに語り始める。
「アタシたちは三人、孤児だったのさね。もちろん、アンタも知っての通り戦争孤児ってやつなのさね。不思議とウマが合ったわけでもなければ、境遇が似ていたわけでもない。その癖、無駄に三人で過ごすことが多かったのさね」
「孤児といえど生活が保障されたわけでもなく、俺たちは泥をすするような毎日を送っていた。行くあてもなく、毎日を生きるだけの日々。俺たちは皆、平等に無意味ない生き物だった」
だからといって、自分たちが無価値だと思った覚えもないがなとクロウは嘲る。
「生きるためには強くなる必要があったのさね。まあ、それを言いだしたのはそこにいるクロウなんだけど。他人から奪い、ナメられないためには力を誇示する必要があったのは事実だったのさね。だからアタシ達は強くなろうと必死にもがいた。気付けばエンヴィルとクロウは国でも有数の実力者になってのさね」
「自分語りを省くとは趣味の悪い奴だ。貴様こそ、悪鬼羅刹の生まれ変わりとまで中傷されていたではないか」
「キヒヒっ、昔のことは覚えてないのさね」
なるほど、リクセン軍の上位三傑は昔馴染みだったってわけか。
ウマが合わなかったという割には良い関係をしているじゃないか。
「エンヴィルは真面目腐った奴だったのさね。模範を絵に描いたような考えで、いつもアタシ達の行動に難癖をつけてきたのさね。とてもアタシ達と同じ生活を続けていたとは思えない、本当に変わった奴だったのさね」
「無駄に真っ直ぐな奴だったからな。奴は貪欲なまでに自身を追い込むことに固執していた。ただ、そんな奴だからこそ国王様にお目通りする機会を得たのも事実」
「下手に暴れまわるアタシ達は、もちろんこの国に問題視されたのさ。腕利きの兵士達が変わる変わる毎日と……思い出しただけでも嫌気がさしてくるのさね」
「ふん。嫌気がさすも何も、エンヴィルがその腕利きの兵士達全てに一対一の決闘を臨み、倒しきってしまったからこそ、国王様が出張ってきたのではないか」
「正確にはやって来たのは国王直属の部隊と、面白がって付いてきたアンジェラなのさね。今思えば、あの頃から王女様のお転婆ぶりは発揮されていたのさね」
珍しくゲンナリとした顔を見せるネヴィア。
そういえば、コイツと初めて出会った時に、俺も快活な姫様らしき人物の姿を見た覚えがある。
歳の頃は祈梨より少し上くらいだったか。
何やらな難癖をつけられたような記憶があるが……そう言えば、あの時アンジェラが口にしていた「ヨウキ殿」ってのはまさか……
「あっちへフラフラ、こっちへフラフラと……運良く兵士に取り立てられたとはいえ、アンジェラの尻拭いだけは、しっかりめに大変だったのさね」
「戦うことしか脳の無かった俺たちにとって、新鮮だったのは間違いないがな」
「格好をつけるのも大概にするのさね。アンジェラのお守り放ったらかして、いっつも自分だけは我関せずにいた人間にはそんなこと絶対に言われたくないのさね」
「……俺にはおまえが、いつアンジェラにその切っ先を向けないかということだけが心配だったがな」
二言目には視線をバチバチと……コイツら、俺が思っているよりも本当に息があうな。
「……そろそろ話を戻すのさね。クロウと闘りあうのはいつでも出来るのさね。それこそ——この話が終わった直後にでもね。キヒヒっ」
「望むところだ——と言いたいところだが、俺にはこの後、ネネの御友人にこの町を案内するというネネたっての願いを叶えねばならん用事がある。暴れるなら、それこそそこにいる彩霞律に頼めば良かろう——先に一瞬だけ見せた気配、貴様も気にならんわけではなかろう」
その言葉を機に、今度は揃って俺の方への視線を向けるリクセン軍将校達。
人を呼び出し、放ったらかしにした身分で上等だな、コイツら。
「キヒヒっ、まあ今は殺伐な話は止すのさね。侍坊やを含め、どうにもアタシ達は血の気が多くなってしまうのさね」
「……つい先日まで刃を向け合っていたんだ。当たり前だろ、この阿呆が」
今の心境で、斬り捨てる、斬り捨てないを天秤に掛けるなら、間違いなく俺は前者を選んでしまう。
そんな俺の気配を感じ取ったのか、それでもネヴィアは「真面目くさった奴は嫌いじゃないのさね」といつもの不気味な笑い声を上げ、
「アンタの気質はエンヴィルに似ているのさね。あの堅物はいっつも「正しいこと」に固執しては突っ走って、その度に苦労を背負って——後片づけをするこっちの身にもなって欲しかったのさね」
と、俺の肩に手を乗せて宣い始める。
さっきから、無駄に不穏な気配しか感じさせないのが恐ろしい。
「——わかるかい? 侍坊や。アタシ達の言いたいことが」
握られた肩に圧力が掛かり始める。
「アンタをエンヴィルと——いや、アタシ達とおんなじ気質だと思ってお願いがあるのさね。廃残した兵に待つのは、碌でもない結末だってのは理解した上で、理解して欲しいことがあるのさね」
「俺たち将校は何故か、戦後のこの時期に自由を許され、あまつさえ何の処分も下されておらん」
あくまでも現状ではなとクロウは言葉を続ける。
「国対国が争った結末に、血が流れないわけにはいかない。ましてや、その発端に連なる血を持つものとなれば尚更のこと」
「結局、戦争なんてものは、言った言わないの世界と大差ないのさね。どちらが最初だろうが、大義なんてものは忘れ去られ、誰もがそれを見失う。だから敗残兵に穏便になんて甘っちょろい戯言が通用するなんて、誰も思っちゃいないのさね」
「無論、俺達は自分の処遇について、覚悟を決めている。だが、この戦争に加担した際に誓った信念だけは曲げるつもりが毛頭ない」
「アタシ達がこの戦を始める時、一つだけ誓ったことがあったのさね。——罪を背負うのはアタシ達だけで十分。だからどんな手を用いても、どんなに愚行だと罵られようとも、アタシ達が受けた恩義だけは必ず返す」
「それが、今この時だと判断したということだ」
奇しくも二人は同じように言葉を紡ぎ、同じように俺の方へと視線を向ける。
「——国王が没した今、お前達の信念がどこにある」
いや、それこそ愚問か。現状把握出来ている人物で、コイツ等が最後まで残そうとする信念。それは——
「今は囚われの身なれど、国というものはいつ審判を覆すとも限らん。アンジェラ王女だけは、俺達が必ず解放する」
「それがアタシ達に出来る、たった一つの恩返しで、最後の奉公なのさね」
「だから彩霞律よ。恥を偲んで貴様に頼みがある」
「邪魔してくれるな——なのさね。真っ当にエンヴィルを斃してくれたアンタに、アタシ達は期待しているのさね——きっと侍坊やなら、アタシ達の邪魔はしないと」




