狂犬からの依頼
「おうおう——話は終わったのかい、サムライ坊や」
ライアスから話を聞き、建物の外に出た途端、いかにも野蛮人らしい口調で呼び止められる。
「キヒヒッ、浮かない顔してるねー。優しいお姉さんが話を聞いてやろうか?」
グイグイと顔を近づけてくるのが余計に腹がたって仕方がない。
「——おまえ、俺を待ってたのか?」
「そうさね。アタシ個人、アンタに話したことがあるのさ」
そう言うやいなや、ネヴィアは俺の腕をしっかりとキメにかかり——その身体が宙を舞う。
「——キヒヒッ、乙女の扱い方がなってないね、サムライ坊や。アタシはただ腕を組もうとしただけだってのに、普通投げ飛ばすかい? 流石のアタシもちょいと驚いたよ」
仰向けのまま、ネヴィアはそれでもいつもの姿勢を崩さない。
それはそうだろう。俺が投げ飛ばした瞬間、コイツは身を捻り、必要最低限の力だけを殺し、自分で地面に寝転がったようなものなのだから。
まったく……こんな動きを見せられたら、コイツがとんでもない実力者であることを再認識せざるを得ない。
クソッ、ライアスの話が本当なら(アイツが嘘をつく理由なんてどこにもないが)、この女も反乱分子足り得る人間の筆頭だってのに。
「キヒヒッ、何を困った顔してるんだい? あーイタタタ。これは腰を強打した可能性があるのさ。——ほら、さっさと手を引くのさね」
「——自分で立てる奴をどうして俺が起こさなきゃならない。そもそも、怪我人だなんだと話をするんなら、それこそ俺の方がよっぽど怪我人だと思うが?」
「それとこれとは話が別さね。アンタの国にはなかったのかい? 女は守られてこそ花だってね。キヒヒッ」
あまりにもイラつくので、いっそ踏み潰したやろうかとすら思ってしまったが、それを実行したらしたで、またギャアギャアと煩くなるのは目に見えている。
俺は渋々ながらネヴィアに手を差し出し、その身体を起こしあげ——今度は俺の身体が宙を舞った。
「……おまえ」
「キヒヒッ、詰めの甘い人間は嫌いじゃないのさ」
ネヴィアはクソ意地悪い笑みを浮かべたまま、それで満足したのか先の俺のように手を差し伸べてくる。
いっそ今度こそ慈悲なく叩きのめしてやろうかとも考えたが、それこそ堂々巡りになってしまうので、仕方なくその手を握りかえす。
「おまえのせいで無駄な時間を使った。さっさと本題に——って、此処は……」
「キヒヒッ、今頃気がついたのかい? ここはリクセン城。アンタはそれなりに重症だったみたいだから特別待遇で治療されてたのさね」
今の今まで気がつかなかった俺自身にどうかと思うが、俺の視界には確かにリクセン城が佇んでいて、無論、先程俺が出てきた部屋の入り口もそこに繋がっている。
「光栄に思いなよ。普通ならアンタ如き身分なら立ち入る事さえ許されない場所なのさね」
「……おまえが得意げに言うなよ」
服についたホコリを払いつつ、あらためてネヴィアと向き合う。
「寛大な処置に感謝するのさね。アンタが此処にいられたのは、ひとえにお嬢さまの進言があったからこそなさね」
「なんだ、そのお嬢さまってのは……」
「なんだも何も寝ぼけてんのかい? お嬢さまって言ったらお嬢さまに決まってるのさね。この国の王女——ラミア・リグレットその人以外、いったい誰がいるって言うのさ」
———————はぁ?
「いやいや待て待て、さも知ってて当然のように言われるのも心外だし、それ以上に、どうしてこの国の王女が俺を特別待遇する必要がある」
情けない話だが一瞬で平静を失ってしまう。
俺に温情をかけたのがこの国の王女だと? 確かに、あの戦の後の身体状態を鑑みれば、急ぎ治療が必要だったのは間違いない。それほどの重症だったという自覚ぐらいは俺にもある。
だが、何故敵国の王女が俺如き一兵士の命を救うためにそこまで……
「まあそんなに興奮するんじゃないのさ。また傷が開いてもアタシは知らねえのさね。キヒヒッ」
取り乱した俺の姿がそれほどまでに滑稽なのか、ネヴィアはひとしきり人のことを馬鹿にしてくれた後、
「さて、お遊びは此処までにするのさね。思ったより侍坊やが良い反応するから長くなっちまったのさ」
と、散々馬鹿にしてくれた割に、勝手に満足だとのたまってくる。
真剣にこの場で叩き切ってやろうかと俺が本気で考え始めたその矢先、ネヴィアは、ようやく佇まいを正し、親指を曲げて先を促してくる。
「付いてくるのさね。アンタに大事な話がある」
それまで怒り心頭だった俺にも分かるほど、その顔には真剣さが滲み出ていて——それでいてどこか、寂寥感を感じさせずにはいられない色が浮かび上がっていく。まったく、最初から最後までコイツのペースに付き合わされちまったな。そんな顔されたら、断るわけにはいかないだろうに。




