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ひとかけの名残と紫苑の刃  作者: 紫木
戦の末に待つもの
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102/111

おはようございますーーおやすみなさい

「さて、どこから説明したものでしょうか」

 見舞いの言葉も早々に、ライアスは小難しい顔で顎に手をやる。

 その姿はいかにも切れ者らしくサマになっているが、どうにも違和感が拭えない。

 冷静沈着を絵に書いたような男が、何か言葉を濁そうとしている。

 いつもなら会話もそこそこに本題へと移るはずのこの男が、間違っても俺の体調を考慮するわけがない。

 じゃあ、要件はその視線の先にいる——

「キヒヒッ、大将首が雁首そろえてご苦労なのさね」

 まあ、こいつに絡むことで間違いなんだろうな。

「——祈梨、ネネとその馬鹿連れて、少し席を外せ」

「嫌ですが?」 

 気を利かせてご丁寧に退出を促すも、まさかの拒否。

「あう……祈梨ちゃん、お仕事のお話だと思う。一緒に行こ?」

「だから『嫌ですが?』 が答えです。ネネお一人でどうぞ」

「キヒヒッ、悪いことは言わないからさあ。嬢様、ここは引いた方が良さげなのさ〜」

「ネヴィちゃんも黙ってください。さっきから少しうるさいです」

「そ……そうっすか……(しゅん)」

「だからその関係性なんなんだよ! いや、それよりもまず何でそんなに頑なに居座ろうとするんだよ、おまえは」

 せっかく真面目な方向に話が流れてたってのに、どうしてもまた巫山戯た方向へともっていかれる。

「おまえ、あんまり聞き分けが悪いと……」

「まだ聞いていませんから」

「は……?」

「だって、まだ律から肝心な言葉を貰っていませんからね」

 祈梨はそう言って、俺の腹の上によじ登り——

「おはようございます——おやすみなさい」

「……はぁ?」

「律は本当に頭の悪い人ですね。律の頭は石っころ……わぎゅ!」

 どうにも口が悪くなっていくお子様の頭を押さえつける。

 こいつ、日に日に無駄な言葉を覚えてくるな。

「うぎゅぎゅ……」

「反省は?」

「……しませんが?」

 これは——何をこいつはこんな頑なに——

「彩霞くん、ここまでするからには彼女にも何か言い分があるのでしょう。まずはその言い分を聞いてみることも大事なのでは?」

 あまりにも話が前に進まないことに業を煮やしたのか、ライアスが冷静に俺の肩を掴む。

 いや、こいつのことだから、どうせ大したことじゃなさそうで嫌なんだが……

「キヒヒッ、女心もわかんないようじゃ、色男も台無しさね」

「あう……あう……お兄さん、祈梨ちゃんはきっと……」

「あーあー、やってらんねーな。折角、目を覚ましたってのにいきなり痴話喧嘩かよ。ちっとはうちのカミさんと俺を見習いやがれ、この唐変木」

 どいつもこいつも好き勝手言ってくれるが、如何せん納得がいかない。特にさっきまで怒り心頭だったはずのアルゴのおっさんがニヤついてるのが、これまた俺の神経を逆撫でする。

「おい……祈梨、いい加減に……」

「律は本当にダメな人ですね。ダメダメ過ぎて欠伸してしまいそうです」

「いや、だから理由を……」

「わたし、まだ律から聞いていませんから」

「だから、何をおまえは……」


「ただいまって早く言ってください。でないと、お帰りなさいが言えません」

 

 っ——! 奇しくも祈梨の眼光に射抜かれてしまう。

「律はいつからお一人様ですか? いっぱい待ってました。だから、早くただいまって言ってください。でないと、労いの言葉をあげることが出来ないじゃありませんか」

 言葉の節々に奇妙な言い回しはあるが、その言葉はまっすぐと俺に向けれられており、周りの奴らもその言葉を受けて俺に視線を集中させる。

 お一人様ですか——ね。

 これまで刀を振るい続け、あの人を失くしてから、俺はがむしゃらにここまで生きてきた。

 その中に確かにこいつの存在があって、こいつは必ず俺が守ると豪語した割にこの体たらく。

 これじゃあ、またフェリアにどやされても仕方がない。

 俺は何も変わってないじゃないか。

 ——おまえは待つ者の気持ちを考えたことがあるのか?

 その言葉がまたしても俺の胸を打つ。

 これからのこと(・・・・・・・)を考えるなら、それはなおさらここで正さなくてはいけない。

「——ただいま、祈梨。遅くなって悪かった」

 本来なら、俺は誰よりもまずこいつにこの言葉を言わなければいけなかった。

 こいつがここに居るから、俺には帰る場所があるんだから。

「——お帰りなさいです、律。随分と待ったので、少し怒ってますが、まあわたしは大人なので多めに見てあげます。では、あらためてそこに跪きなさいです」

 いや、祈梨さん。そこは寛容に受けて止めるべきじゃないのか?

 そもそもこいつ、本気でそろそろ言葉を矯正してやらないとな。

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