久方ぶりの休息
——剣術とは、一概に殺人術を指すわけではありません。
——刀を振るうのは人そのもの。
——よって刀に善し悪しは無く、無論意思もありません。
——雅流とは即ち、人の内面を映し出す鏡。
——君の剣術は君の心次第で有り様を大きく変えていく。
——忘れないでください。君の在り方を……
——忘れないでください。紫苑の望んだ在り方を……
ぐっ……、頭が割れるように痛い。
何が起きて何がどうなった?
喉が乾ききって、まともに声も出せない。
両手に意思が伝わらない、それどころか身体全体に力がいきわたらない。
ああ——この感覚は久しぶりだな。
これはあれだ。血を流しすぎた弊害だ。
我ながら、少し無理が過ぎたな。
ようやく思い出せてきた。
そうだ、俺はあの時、狂夜と闘って……それから……
「いいですか? 今日はわたしが看病しますので、あなたの仕事はありません」
「あうう……また、独り占め……」
「そうです。独り占めで十分ですので、ネネはとっととお帰りでお願いします」
「うぅぅ……」
「キヒヒッ、嬢ちゃん。そこは何とか混ぜてやってよ。引っ込み思案のネネっちが必死の覚悟でお願いしてるだからさぁ。今日だって……」
「あわわっ……ネヴィアさん、それは内緒で……」
「クフっ、一丁前に照れなくても良いじゃん。わざわざ朝っぱらから薬草採りに付き合ってくれなんて、アタシもビックリしたんだしさ〜」
「…………なるほど、それは律のためにということですか?」
「うぅぅ……」
「仕方ありませんね。わたしも鬼ではありませんし、あまりむげにすると、律に叱られてしまいます」
「ヘヘッ、そうこなくっちゃねー。アタシもそいつには借りがあるし、まぁ看病ぐらいはしてやるのさね」
枕元で騒ぐ人間が数名——端的に煩くて仕方がない。
そもそもこの展開自体にある種の既視感を感じる。
まぁ……戦終わりにいつも満身創痍になる俺が悪いといえば悪いんだが、今はその愚痴は抑えよう。そんな事よりも聞き捨てならない声——正確にはなんでこいつがここに居るのかを問い詰めないとな。
「——おい、ネヴィア。あんたここで何をしてる」
依然、体を動かすことは叶わないが、俺の目はしっかりと奴の姿を捉えている。
リクセン軍が将校——理炎のネヴィア。先の戦いで直接相見えることはなかったが、この女が生粋の戦闘狂であることは百も承知している。奴がその気になれば、この場にいる全ての人間を刈り取ることなど造作もないはず——なのに何故、そのネヴィアがこともあろうか祈梨とネネにまとわりつかれている?
「おおっ!」
「あっ……あっ!」
「うがっ! おい……お前ら——」
だが残念なことに俺の一言はお子様達の輝かしい体当たりによって、しっかりと無視されてしまう。
前にも言ったと思うが、怪我人相手に何の躊躇もしないのは、ある種、敵将校よりも恐ろしい。
「律、起きましたか! 起きましたね! ご苦労ご苦労です。頭をなでなでする権利をさずけましょう」
「おい、頭をグリグリ押しつけるな。イテェ、そこイテェ!」
「あうあう……ちょっと失礼しますね」
「ネネ……おまえはおまえで、どうして俺の布団に入り込もうとしてるんだ」
「……添い寝で「ゆるしません」す」
何を血迷ったのか俺の横で寝転ぼうとしたネネを祈梨が引きずり出してゆく。
「あう……じゃま、じゃましないで下さい」
「お邪魔はネネですね。律は怪我をしているのですから、大事が重要なのです」
よく分からんが、どうやらこの二人、あまり相性が良くないらしい。ネネも温厚そうな割に身を引きはしないし、祈梨についてはこれでもかというほどの敵対心を見せている。いったい俺が居ない間に何があったっていうのか。それと祈梨、俺に大事が必要なら、おまえの行動自体に問題はなかったか?
「クヒヒッ、さすがは色男……サムライ坊やも隅に置けないね〜」
「黙れ阿呆。それとおまえ、先の問いを無視するな。さっさと答えろ——どうしておまえがここに居る?」
俺が記憶しているのは、リクセン城まで乗り込み、そこで何の奇縁か、二人の侍と戦ったこと。そしてババア——倭国から姿を消した剣鬼——上泉妖姫。この女が参戦し、それから——それから俺の身体に異変が起きた。そこからは朧げにしか思い出せないが、まぁその事柄自体にネヴィアは何の関係もない。今、こいつに聞かなくてはならないのは、この戦争がどうなり、何故、敵将校がここにいるのかということだけ。
「今一度聞く――あの後何が起こった?」
「キヒヒッ、人にモノを尋ねる態度じゃないねぇ、サムライボウヤ。そんなナリで調子乗んな――よ!」
「うおっ、阿呆かおまえ、いきなりそんなもん取り出すな!」
流石は戦闘狂……たかがこの程度で奴の得物——愛用の大鎌を取り出すなんて異常以外のなにものでもない。
こっちは満身創痍、首を動かしただけでも身体が軋むってのに……
「こーら、駄目ですよ。ネヴィちゃん。律は怪我中ですので大人しくしてないと」
おっと、相変わらず祈梨さんは怖いもの無しか?
そんな物言いしたってこの馬鹿女には……
「クヒッ……クヒヒッ……(しゅん)」
「おいっ、嘘だろテメー!」
痛っ~~……思わず身を乗り出しちまった。
だが今はそれどころの騒ぎじゃない。
「律も無理は禁物にして下さい。まったく、ネヴィちゃんと一緒で困ったものです」
「クヒヒッ……ごめんなさい(しゅん)」
これは何だ?
俺が寝てる間に何があった?
どうしてあの戦闘狂が祈梨に絶対服従している?
「悪気はなかったのさ〜。でもこれがアタシのやり方っていうか、当然の行動っていうか……」
「聞く耳は持ちます。でも、ネヴィちゃんの言い分は聞きたくありません」
「いや、それは幾ら何でも無茶が過ぎるんじゃないっすか……」
「言い訳はご無用です。これは——反省ですね」
「キヒヒッ……ごめんなさいでした(しゅん)」
謝った! また素直に謝りやがった!
「おい待て、いや、いい加減説明しろ。何だんだよ、おまえら。俺がいない間に何があった、なんでこうなった?」
「律もそこそこにうるさいですね。これは——反省が必要ですか?」
「あう……あう……お兄さん、謝られたほうが……」
「いや待て待て。どうして俺に謝る必要がある? 俺は現状の整理を……」
「キヒッ、キヒヒッ……ざまあみやがれなのさ」
「うるせえよおまえ、いきなり同類を哀れむような顔すんな! 何ならこの場所で前のケリをつけても……」
「騒がしいぞ、おまえたち! ここが何処か分かってんのか!」
堂々巡りというか、意味を持たないというか、側から見れば俺たちのやり取りは随分煩かったようだ。
俺の疑問符が解決しないのは納得いかないが、扉の前には、まともな神経をした人間が仁王立ちしている。勿論、先の怒鳴り声もそこから発せられたのは言うまでもない。
「——で? ここが何処かも何も、俺は状況すら掴めてないんだが、そこのところは説明頂けるんだろうな。オッサン」
そこに立っていたのは、これまた久しぶりの顔になる男。
ララーナ軍でも指折りの戦士——アルゴ・クライン少将
そしてその後ろに立つのは——
「どうやら息災の様子ですね。少し安心しましたよ、彩霞くん」
こちらも勿論、ララーナ軍きっての戦士——ライアス・ゴア中将の姿がそこにはあった。




