その2 小便聖女
わしを呼んだのは、お前さんじゃな?
御指名の依頼というんで、何事かと思ったぞ。
で、聞きたい事とは、なんじゃ?
あ、その前に、酒の注文からじゃな。
わし、それなりに有名なんで、名を名乗る必要はないんじゃろ?
ダメ?
ダナンだ。C級パーティー“もぐら”のファイターをやっておる。
そうじゃ。デンとは同じパーティーの仲間じゃな。
で、聞きたいことっていうのは、あのデカ乳娘のことなんじゃろ?
……違うんか。
なに? 相方の大化け聖女の事か?
んなもん、わしに聞かれても…
ああ、まだ付き人がおらんかった時の話か。
うむ、確かに一緒に迷宮に潜ったわ。
ちょっと待て。今、思い出してやるからの……
~ ・ ~
「面倒見がいいというか、放っておけばいいというか」
わしの相方の、僧侶マイアミが呆れておる。
わしも、同感じゃな。
「キチンと仕切れなかったオレにも、責任がある」
小さなデンの後ろの方で、さらに身を縮こませている、白い聖女服の女。
恐らく、まだ生娘なんじゃろうな。挙動が、まるで小動物じゃわい。
東方系らしい、見た目と年齢が釣り合わぬ人種なんじゃが、これは本当に中身が幼いのかもしれんな。
女としては、全くみられたもんじゃないわい。
通いの上級娼館の、あのむっちりとした肉付きの女たちとは、まるで比べ物にならん。
今回もガッチリ稼いで、何日かしっぽりと泊まり込むつもりでおったんじゃがな。
役立たずが、分け前だけは一人前に寄こせ、とか言い出す展開だけは、勘弁じゃぞ?
「聖女、ミヨです。宜しくお願い致します」
「マイアミです。トルモルト教会に所属する、修道僧です」
僧侶兼戦士。
わしの相方は、なかなか便利な奴でな。
自ら戦えて、僧侶の技も一通り使える。
真面目で、頭が切れて、信頼出来て、わしのことを煩く言わない。
ついでに、オラクルの上流階層にあるこの教会を根城に出来るという、願ったりかなったりの環境で冒険できるわけじゃ。
ま、その分、家賃は高いんじゃがな。
「ダナンじゃ。見た目通りの重戦士。一対一なら、大概の奴には負けん」
全身金属鎧と、武骨な金属製片刃戦斧。
C級を名乗る重戦士なら、これ位の装備と、この重量をものともしない筋力は必須じゃろ?
まあ、城の近衛兵も似たような装備を装着しておるがな。
はん、一騎打ちで、そいつらよりも強い事を示せば、誰も文句は言わん。
戦士とは、そういうもんじゃ。
そもそも、わしらが相手にするのは、人間ではない。
迷宮の魔物たちじゃからな。
「オレは自己紹介の必要はないな」
デンがそう言って、パーティーリーダーのマイアミの方を見る。
「では、行きましょうか」
「はい」
~ ・ ~
オラクルの宮廷魔法使いで、貴族の爵位持ちで、わしらの依頼主で、迷宮の管理者である、マクロン閣下。
迷宮を冒険者ギルドに開放する前に、内部を調査するというのが依頼内容なんじゃ。
戦利品の主な買取は閣下が行い、買取不能なものは冒険者ギルドに卸す。
当たりを引けば、大金貨4、5枚にはなる。
ハズレなら、赤字の上に、マクロン閣下から無能扱いされる。
ハズレが続くと、依頼そのものが失われるというわけじゃな。
なので、本来は新入りとか、見学とかを入れる余裕なんぞ、無いんじゃがな。
「コイツは、使える」
デンがしきりにそう言い張るんで、マイアミが折れた形なんじゃよ。
それにヤツは、アーリューシャインの教会と縁があるらしいんでな。
ま、それを言うなら、その縁はデンがらみでもあるからな。
ま、今回は、わしも一緒に折れてやるわい。
わしらの教会から転移陣で、迷宮入口へ。
預かっておる魔法錠で、重そうな鉄の扉を開ける。
小娘が、小動物らしく、一々ビックリしておるな。
本当に、連れてきて良かったのかのぉ?
ほぉ、光の理力が得意なだけあって、ライトは常時点灯なんじゃな。
これなら、松明やランタンやマイアミの理力の節約になるな。
迷宮内部では、どうせわしらが灯りを消しても、魔物どもにはこちらが見えておる。
なので、灯りを消しての隠密行動に、意味なんぞない。
それよりも、常にこちらが明るくして置いて、やって来た魔物どもをいち早く発見できた方が良いのじゃ。
そもそも、真っ暗な迷宮を灯り無しで歩けるなんて事は、よほどの達人でもないと無理じゃからな。
一階層に出現するのは、大抵はゴブリンどもじゃな。
ほれ、10匹ほどの群れじゃ。
魔素が薄くても割と平気で、ちょっと油断すると人里にも下りてきて、色々と悪さをしていき、放っておくと数が増えて、一斉に襲撃してくるという、厄介者じゃ。
ただ、完全防御の重戦士であるわしの姿を見れば、一目散に逃げていくようなもんなのじゃが。
遠巻きに様子を見ておるな。
なんじゃ? お前らに勝ち目なんぞ……
ああ、いかにも初心者な聖女が、オドオドしながら付いてきておるからな。
どさくさに紛れてかっさらえさえすれば、苗床に出来るという寸法じゃな。
聖女に孕ませる仔であれば、祈祷師や魔術師を期待できるかもしれんからな。
お前らのような闇の眷属が、いかにも考えそうな事じゃ。
「ダナン、さん……」
小娘が、不安を隠しきれない様に、わしの元にすり寄ってくる。
「リーダーはわしではない」
鶏ガラの身体なんぞ、面倒見切れん。
「大丈夫ですよ。本来は相手になぞしないのですが…」
いかにも僧侶のような笑顔で諫める、わしの相方。
チェーンメイルの上に胸当て、腰鎧、金属手甲、脛当てで覆われた、殆ど完全防御の格好の上に、丸盾まで装着している、まさに戦士のいでたち。
主要武器こそ片手戦槌なのだが、前線で身体を張るというより、戦いの補助をしながら僧侶の理力で支援を行うという、複数の働きをこなせる頼れる相棒なのじゃ。
「デン、お願いできますか?」
「分かった」
小娘が何か言いかける前に。
デンのはしっこい身体が、消えたように見える。
その時にはもう、ゴブリンの群れの中央にたどり着いている。
何が起こったのか分からない間に、ゴブリンどもの首が二つ、宙を舞っている。
次の瞬間には、もう二匹が血しぶきを上げながら倒れており。
とても危険な事が起こっていると認識する間もなく、もう一匹が断末魔の悲鳴を上げている。
逃げ出そうとしたゴブリンの背中に一撃を加え。
さらに背中を向けていた遠くのゴブリンに、手持ちの曲短刀を二本、それぞれに投げつけ。
逃げ遅れた一匹の棍棒を奪い取って殴りつけ。
最後の一匹が、何やら命乞いをしているのを、容赦の欠片もなく撲殺した。
自前の曲短刀を回収して、小娘に顎をしゃくる。
浄化しろ、という事らしい。
ゴミ魔石や装備品なんぞ、回収する価値もないからのぉ。
「え? え?」
戸惑う、聖女。
いいから、言われた通りにしておけばいいんじゃ。
何か、広い額にしわを寄せてブツブツ言っていたが、最終的にはそのまま、杖を立てて跪き、祈りを捧げた。
杖から出る光が、ゴブリンどもの痕跡を跡形もなく拭い去る。
「そういえば、デンは貴女の初心者講習の講師でしたね。ええ、彼女は戦闘力も含めてのC級ですよ」
わしの相方、マイアミが苦笑しながら、そう説明していた。
「え? え?」
まだ、小娘は納得出来てはいない様じゃがな。
まだまだ先は長いんじゃ。こんな事で驚かれても、困るんじゃがな。
~ ・ ~
階段を降りて、第二階層へ。
ここは犬鬼どもの巣窟じゃな。
当たりが来れば、良いのじゃが…
「ハズレましたね。巡回兵ですか」
二匹一組の、犬の顔をした小柄な人型の魔物が、こちらを睨んでいる。
距離は約100ヤード。
奴らが、手持ちのクロスボウを構えている。
マイアミが前に出て、丸盾をかざしながら、理力を高めている。
「あ、あの、光の障壁は…」
小娘が何かほざいているが。
たった二匹のために、そんなものはもったいないという感覚がないらしい。
デンに止められておったわ。
マイアミがかざした盾に、ヤツラの直矢の一本が命中した。
もう一本は、完全に外れたようじゃ。
「ダナン」
「おう」
マイアミがかざした盾の裏側から、わしが愛用しておる長弓が、光とともに現れる。
続いて、矢筒も出てくる。これは、地面に立てられるように、三本の足付きじゃな。
奴らが第二弾の矢を準備している間に、わしも長弓に矢をつがえる。
コイツは強い筋力と、大型武装を運搬するための段取りが必要な武器じゃが、儂らは両方とも備えておる。
わしは、この距離なら、二本に一本は当てる。
確率に勝利して、犬鬼の一匹が射貫かれて痙攣を起こしている。
もう一匹の矢は、マイアミの盾をすり抜けて、わしの兜を掠めていった。
「ちっ」
ザコめ、中々の正確さじゃの。
じゃが…
ワシの二撃目で、あっけなく奴らは息絶えた。
「す、凄いですね…」
小娘に褒められても、のぉ。
じゃが、ヤツラが自前で作るクロスボウは、中々の買い取り額になる。
状態が良ければ、一台につき金貨1枚じゃな。
たまに、仕掛け弓隊として集団行動している連中に出くわせば、当たりなんじゃがな。
それこそ、小娘の光の障壁で守護されている合間に、儂の長弓とデンの奇襲で全滅させて、マイアミがトルモルトに奉納すれば、ボロい儲けになるんじゃが。
まあ、小娘の出番は、まだ先じゃな。
~ ・ ~
第三層は、不死者の巣窟になっておる。
迷宮の支配者が、そういう風に造ったようじゃな。
出てくるのは、足の遅い彷徨う死人が主じゃが、たまに屍鬼や骨剣士が出現する場合もあるからのう。油断は出来んわ。
マクロン閣下が将来的にこの迷宮を冒険者ギルドに開放した場合は、この第三層が、初級者と中級者を分ける壁になりそうじゃな。
「あの、倒していかれますか?」
小娘が、ゆっくり追って来るゾンビを気にしておるが。
「お前さんの所の宗派は、アンデッドを気にする方なのか?」
「い、いえ、襲われれば対処しますし、依頼があれば浄化致しますが……」
「なら、幾らでも湧いてくるもんを構い続ける無駄はせぬぞ」
そっち系で助かるわい。
ゾンビに戦利品は、殆ど無いんじゃ。
カネになるような死者は、そもそもゾンビ程度の呪いには掛からぬ。
これが大地母神とか生命の裁定者じゃと、血眼になって浄化せねばと騒ぎ出すからのう。
そういうのは、自前で好きなだけやればええんじゃ。
そんなカネにならんことに付き合わされるのは、ゴメンじゃからな。
~ ・ ~
「三階層の奥には、迷宮深部直通の転移陣があるのですが、第十層の階層主を討伐して、魔法錠を手に入れないと使えないのです。
それで我々としては、戦力を増やして攻略したいのですよ」
「わたしの任務は、戦力の底上げですか?」
第四層の通路を歩きながら、マイアミが小娘に説明しておる。
「専門の僧職者がいれば、私がもっと前線に立てますからね」
丁寧な説明と、穏やかな微笑み。
ふん、こういう交渉事は、相方の得意分野じゃからな。
デンは確かに強いんじゃが、わしらのような重装備ではないからの。
鎧を着込んだ戦士が前線にもう一人加わって貰えるなら、幅が広がるというものじゃ。
「求められる役割を着実に果たせるよう、お勤め致します」
小娘も、どうやら納得した様じゃわい。
そんな話をしていた時。
「来る。狼型獣人4体。ハーレムだ」
先行していたデンが、戻って来おった。
やや広めの、3人が並んで歩ける通路。
武器を振り回すなら、二人じゃな。
小娘の杖からの光に照らされた先に、獣人どもがゆっくりと歩を進めて来おるのが見える。
前衛の武装は棍棒じゃな。鎧は着込んでおらん。獣人は元々、防御の鎧を着ない連中が大半じゃからな。
無論、普通の獣人ではない。人の肉の味を覚えて、魔物化した連中じゃ。
わしらの街にも、少数じゃが、獣人が暮らしておる。
わしらと同じくC級の冒険者“便利屋”兄弟は、大猿型獣人じゃしな。
獣人は、魔石を定期的に補充できれば、人族の理性を保ち続けながら街で暮らしていける。
しかし、魔石の代わりに人族の肉を喰う事でも、獣人の姿を保つことが出来るんじゃ。
ただし、代償は人族としての理性を失う事じゃな。
文字通りの“共食い”の呪いをその身に受けるのじゃからな。
こいつらが厄介なのは、万が一噛まれた場合、同じように獣人化する可能性があるという事じゃ。
普通は喰われたものは息絶えるのじゃが、元々、獣人は再生能力が高いからのう。喰われる過程で再生を繰り返し、生き残る輩がおるというのが、厄介さを増しておるんじゃ。
しかし、じゃな。
奴らの体内に眠る魔石は、価値が高いんじゃ。
危険な連中ではあるが、その分、旨味も大きいというものじゃな。
しかも、メスよりもオスの方が、高額なんじゃ。
そのオスの狼型獣人は、配下なのか妻なのか知らんが、そいつら棍棒持ちの3頭を前の方に出してきおったか。
背丈は、わしやマイアミと同じ位じゃな。
デンと小娘を下げて、わしとマイアミが前衛に出る。
「切り倒しながら出て、あのオスを殺ル。すり抜けた連中は頼むぞ」
「背中は任せろ。聖女ミヨ、光の障壁を。デン、彼女の護衛を」
マイアミが指示を出し始める。
わしも、戦斧を構えて、飛び出す準備を……
ウォオオオォォオオン!
後ろに構えていた狼型獣人のオスが、遠吠えを始めおった!
通路内が、ビリビリと振動しておる。
相手を恐慌に陥れる、恐怖の叫びじゃ。
それで、後ろの方に構えておったのか!
「我らが戦武神トルモルトよ。汝の僕らの闘いぶりを、どうぞご照覧あれ! 闘いの祝福!」
間髪入れず、マイアミが戦斧と丸盾を掲げ、トルモルトの祝福を願い求めた。
柔らかい光が、わしらの上に降り注いでくる。
うむ、ヤツの遠吠えが、中和されておるわ。
よし、これならイケル!
「そぉおらぁあ!」
わしは戦斧を振りかざし、怒涛の勢いでメスの狼型獣人どもに突進した。
鎧を着こんでおるんじゃ。多少の打撃なぞ、効かぬ!
モロに棍棒で受け止めようとしたメスの一頭を、その武器ごと力任せに叩き切ってやったわ。
左右のメスどもに、頭と腹を棍棒で殴られたんじゃが、効かんわ、そんなもん!
「うらあぁああ!」
振り降ろした戦斧を、今度は横なぎに振り払う。
右の一頭の左腕を掠めたんじゃが、当たりが浅いのお。
そのまま前に出ようとしたんじゃが、反対側の一頭に、背中から組み付かれてしもうた。
近すぎて、戦斧が使えん。代わりに向こうも、棍棒を捨てておるがな。
腰に差した予備の短剣を抜こうとしたんじゃが。
マイアミがソイツに襲い掛かってもらえたんで、振りほどけたわい。
その間に、わしはオスの方に向かう。
オスも、背中から蛮族刀を抜き放った。
「そらああぁあ!」
「ガウアァアア!」
力任せに振り回した戦斧目がけて、オスも蛮族刀をぶちあてに来る。
力比べとは、片腹痛いわ!
刃が当たる瞬間、息を止め、全身で踏ん張る。
わしの身体ごと、硬い岩石のような勢いで叩きつけてやった。
「ガウァァ?!」
蛮族刀が甲高い金属音を上げて弾け飛ぶ。
お前らごときがぁ!
振り下ろした戦斧を、地面スレスレで食い止め、得物が弾かれて体勢を崩しているオス獣人の足元を根こそぎ薙ぎ払ってやる。
「おらぁああぁ!」
わしの戦斧が、ヤツの片足を脛の辺りから叩き切り、ついでにもう一本の脚も払い上げる。
じゃが、ヤツはしぶとく、わしの身体にしがみついてきおった。
「放せぇ!」
片手を空けて、ヤツの頭を押さえつけようとしたんじゃが、その手を目がけて噛みついてきおった。
堪え切れず、ヤツにしがみつかれたまま、一緒に倒れる。
「このくそがぁ!」
凶悪な様相でわしの腕に食らいつく狼型獣人。
金属性の手甲ごと喰いちぎろうと、凶悪な形相でわしを睨んでくる。
しぶといのぉ。
肩と体重を入れて、わしはヤツの上に馬乗りになる。
拳を握りこみ、ヤツの牙をへし折るつもりで、腕を垂直に入れ替える。
そのまま、ヤツの舌を掴み取りながら、喉元へわしの腕をねじり込んでやった。
「ガ! ガアアァアァァ…」
ヤツの悲鳴は、すぐに聞こえなくなる。
身体が痙攣し始め、抵抗が弱くなった。
鎧武者に噛みつきとか、全くもってアホじゃな。
所詮は理性無き獣人。
一般人には確かに脅威じゃが、わしのような真の戦士の前では、ただの犬っころにすぎんわ。
念のため、予備武器で心臓の辺りを突き刺しておく。
噛まれていた腕を抜いて、戦斧で首を跳ね飛ばす。
コイツラ、無駄にしぶといからのぉ。
ヤツの首を掲げ、わしは雄たけびを上げた。
「獲ったぞぉ!」
マイアミと戦っていたメスも。
小娘を狙って、デンに牽制されていたメスも。
明らかに怯み、戦意が消失した。
マイアミがそのスキに致命的な一撃を加え。
デンが、逃げようとしたメスの背に飛びつき、そのまま首を刈り取った。
ふん。奴らは全滅じゃな。
「ダナン様、噛まれてましたよね!」
小娘が大慌てで、わしの元に駆け寄ってくる。
血みどろの惨状ではあるのじゃが、気にはしない様子じゃな。
加護の低い聖女の中には、そうした情景に耐えられぬ者もいると聞くが。
この小娘は、女神からそれなりの恩寵を頂いておるようじゃな。
後は、レベルを上げるだけ、かのぉ。
「ヤツの牙ごとき、わしの手甲は貫けぬよ」
「万が一があります、お見せください!」
丹念に傷を調べる小娘。
わしの下で、長い黒髪が揺れておる。
まだ完熟はしておらぬが、それなりに成熟した女の色香がほのかに漂ってくるのぉ。
こんな鶏ガラでも、それなりに女なんじゃな。
ま、好みではないがな。
「良かった、大丈夫そうです。他のお怪我も診させて頂きますね?」
丹念に、わしの身体に目と手を当ててくる聖女。
「アーリューシャイン様、彼の者に癒しの光を。治癒術」
ほお、鎧の下の打撲も、正確に分かるようじゃな。
マイアミはかなり適当に、頭から治癒の光をぶっかけてくる感じなんじゃがな。
「おぬし、中々の腕前じゃな」
褒めてやると、素直にとても嬉しそうに微笑んだ小娘。
あまりに笑顔が素敵じゃったので、迂闊に惚れそうになってしもうた。
危ない。
こいつは好みじゃない。違う。あり得ん。無いない。
獣人どもから、魔石を回収。オスは金貨2枚、メス3匹はそれぞれ金貨1枚にはなるはずじゃ。
後は、わしがオスから弾きとばした蛮族刀。出来はあまり良さそうではないんじゃが、金貨2枚前後の買取は期待できそうじゃ。
小娘が、デンに何か話している。
これで、金貨7枚なんですか?
そうだ。
私達がゴブリン討伐に行ったときって……
いっしょにするな。
……なにか、叱られておる様じゃが。
小娘が楽しそうなので、問題はなさそうじゃな。
「回収は私が。浄化はミヨ殿がお願いします」
「はい」
マイアミも機嫌が良さそうなので、どうやら上手くやっていけそうじゃな。
~ ・ ~
第5階層は、随分と静かじゃった。
生き物の気配が、感じられん。
先行するデンが、戻ってくる。
「なにかデカいのがいて、フロアを狩りつくしていると思う」
「まだ5階層ですよ?」
マッピングの羊皮紙を畳んで、マイアミがしばらく考える。
「わしらが以前に来た時は、単独の豚鬼がうろついておったがな」
デカい上に群れるんで、厄介な魔物じゃ。
ただし、大食漢の上に、同じ部族でないと一緒には行動しないので、こんな浅い階層で群れるという事はないじゃろう。奴らの獲物が少なすぎるからの。
逆に、豚鬼さえも獲物にしてしまえるような大型の魔物の可能性が、高いんじゃが。
「警戒しながら、通り抜けてしまいましょう」
マイアミがそう言って、わしらは歩き始めたんじゃが。
「あ、あの……」
なんじゃ、小娘?
「お、お花摘みに行きたいのですが……」
「何じゃ、小便か」
そう言ってやると、顔が真っ赤になる。
ほんとに、ウブじゃのう。
「その辺で済ませるという訳には、行きませんよね」
少し困った顔の、マイアミ。
「なるべく、急ぎますので」
通路の角を少し曲がった辺りに、隠れるように向かった小娘。
「付きそう」
そう言って、デンが後についていった。
「やれやれ、これだから女は」
「まあまあ、そういう事は本人の前では言わないで下さいよ」
マイアミにたしなめられるまでも無いんじゃが。
小便なんぞ、その辺で済ませられんのが、女と言うもんじゃからな。
と。
小娘が向かった先から、何やら物音がするわい。
「なんじゃ?」
わしは、マイアミと見つめ合い、頷いた。
何か起こってからでは遅いんじゃ。
覗きと思われるのも癪じゃが、その時は笑い飛ばせばいいんじゃ。
走り寄って、通路の角を曲がると。
ジャイアント・スパイダーの幼生が、ちょうど小娘を捕えた所に出くわした。
本体の大きさが3ヤード程。同じ位の長さの脚が8本。
その長い脚を4本ほど使って、器用に小娘をクルクルと回しながら、糸で繭状に包み込んでおる。
どうやら、悲鳴を上げる事さえ出来なかったようじゃな。
わしは戦斧を、マイアミは戦槌と丸盾を構える。
「糸が厄介ですね」
「じゃな」
しかし、2対1なんじゃろ。
どちらかが糸を被る間に、もう一方が襲えば済む話じゃ。
所詮は幼生。一撃食らわせれば、動きは止まるじゃろう。
左右に分かれて、お互いに合図を送ろうとした時。
大蜘蛛の真上に、何かが降って来おった。
デンじゃ。
両手のククリ・ナイフが、蜘蛛の目玉を正確に貫いた。
暴れる前に、もう一撃。
逃げ出そうとする足を一本、切り落とした所で、わしらが獲り付いた。
「だぁりゃあああぁあ!」
わしは大蜘蛛の背中に強烈な一撃を。
マイアミは左脇からメイスを叩き込む。
こちらに向き直ろうとしたんで、もう一撃、戦斧を叩き込むと。
そのまま崩れ落ち、足を痙攣させ、もう一度立ち上がろうとして、やがて沈んでいった。
「ふう。幼生とはいえ、それなりの大きさですね」
じゃな。
「デン、お前さんは何で上から奇襲できたんじゃ?」
「オレが行った時は、もう大蜘蛛が狙いを定めていた。聖女を囮に使って、天井に潜んだ」
囮、か。
ふふん、小娘が聞いたら卒倒しそうじゃな。
その、小娘。
また、見事に繭にくるまれておるなぁ。
デンが眉を切り裂くと。
中に、完全に硬直した小娘が、真っ白な顔のまま、こちらを見つめていた。
……ように、見えた。
「目を開けたまま、気絶していますね」
「麻痺毒かのお?」
「かもしれませんね。生命に別条はなさそうです。大蜘蛛、腹はまだ空いていなかったようですね。保存食にするつもりだったのでしょう」
軽く診断したマイアミが、そう結論付ける。
「癒せそうか?」
「うーん、私の理力では、微妙な所ですね。精神的な部分が大きそうです」
ふぬう。こんな所に小娘をおきざりには、さすがに出来んな。
わしらが小娘の面倒を見ている間に、デンが大蜘蛛の魔石を取り出し、蜘蛛の糸も回収を済ませてきた。
「まだ巣は持っていないと思う」
「じゃろうな」
成体になると、巣の中に色々とため込むんじゃがな。
この大きさでは、まだ放浪の最中じゃろうな。
「少し早いですが、一度地上に戻りましょう」
まあ、そうなるじゃろうな。
「で、彼女ですが。私か貴方が、担いで帰らないとダメそうですね」
そうじゃろうな。
ん、なんじゃ?
何か、言いにくそうじゃな。
「その、結構臭うんで……」
わしも小娘に近寄って、匂いを嗅いでみると。
ああ、こやつ、盛大に漏らしておるわ!
「ションベン聖女じゃな」
「そんな、はっきり言わなくても」
マイアミが、苦笑しておる。
「わしは嫌じゃ。鎧がションベン臭くなってしまうからの」
「それは私も同じですよ」
じゃろうな。
こういう時は、コイントスで決める。
それが、わしらの間のルールじゃ。
「表」
「では、私は裏で」
デンが高く放り上げたコインは……
~ ・ ~
その後、わしが小便臭い小娘を担ぐことになってのう。
背中の戦斧をマイアミの収納術に預けて、な。
まあ、無事に地上には戻れたんじゃが。
稼ぎが足りんかったのう。マクロン閣下は、ご不満じゃったわい。
もちろん、わしも不満じゃな。一人当たり大金貨1枚分は、稼ぐつもりじゃったからのう。
稼ぎは金貨12枚。
パーティーの維持費として金貨2枚を抜いて。
残りを4人で分けたんじゃが。
小娘の取り分は、治療のために担ぎ込んだ青の調べの教会に、治療代として根こそぎ取られたんじゃと思うぞ。
まあ、詳しくは知らんがな。
で、わしは上級娼館に行くにはカネが足りんからのお。
冒険者ギルドでエールを飲みながら、憂さ晴らしに小便聖女の事を吹聴して回ったんじゃ。
お前さんが聞きたかったのは、そういう事なんじゃろ?
それにしてものぉ。
あの、ションベン臭い小娘が、のぉ。
聖女は、付き人次第で大化けするんじゃな。
いや、あの女の付き人、ムチャクチャ、わしの好みなんじゃよ。
あ、身体の方じゃぞ?
性格は、ホントに最悪じゃからな?
じゃが、のぉ。
相方のマイアミが、その付き人に、入れあげてしもうてなぁ。
まあ、アヤツがそういう風になるのは、めったに無いんじゃ。
ここはわしが身を引いて、温かく見守ってやるべきなんじゃよ。
(終わり)




