その3 野良聖女
わたしくに御用件と伺いましたが。
はい、このオラクルにおける大地母神の聖女とは、わたくしメローのことで御座いますわ。
付き人?
余計な事を聞かれるのでしたら、帰らせて頂きますわよ?
……ああ、あの娘の事をお尋ねになりたいのですか。
まあ、あの付き人は、そうですわね。女だてらに、規格外(化け物)ですわね。
そっちじゃない?
ミヨの事で御座いますか?
ええ、確かに、左様で御座いますが。
昔、ですか……
~ ・ ~
お姉ちゃんは、卑怯だと思いますわ。
私達姉妹が、このオラクルに着任して、もう3年も経つというのに。
お姉ちゃんは、一向に大聖女に成ろうとしないんですわ。
幾ら相手が領主様の娘だからと言って、遠慮しすぎだと思われますわ。
現大聖女は、義務である巡礼を一向にしようとは致しません。
オラクルの周辺の村々と、その畑。
大地の恵み。人族が生きていくための、大切な支え。
そのための大切な巡礼を、おろそかにしている。
しかも、もう何年もないがしろにしている。
こんな事、許してはなりませんわ。
お姉ちゃんにその気が無いのであれば。
もう、わたくしが大聖女に成るしかないではありませんか!
「ダメに決まってるでしょ!」
「どうしてよ!」
「ダメなものはダメです!」
「なによ、お姉ちゃんのバカ!」
「バカとはなんですか!」
「お姉ちゃんなんか知らない! もう、勝手に聖女宣言するんだから!」
「貴女なんかが宗派会で認定される訳がないでしょう!」
「知らない! 勝手にするもん!」
姉には反対されましたが。
宗派会での根回しの方法は、姉からやり方を十分に教わっております。
あ、御存じないのですね。それは、そうですわよね。
聖女に成るには、自分自身で宣言する必要があるのですが。
同時に、周囲の権威ある方々に、その事を認められる必要もあるのですわ。
政治的な事柄は、領主様がお決めになられます。
宗教的な事柄は、宗派会の会合で決められます。
姉が反対することは、十分に分かっております。
が。
他の宗派にとって、わたくしが聖女宣言をすることは、メリットの方が大きいのですよ。
それに、一人聖女のミドリは、意見の相違はともかく、わたくしの陣営ですし。
青の調べ教会のアオイも、あんなことがあって以来、わたくしが何かと面倒を見て差し上げてますから。
後は、すっかり落ちぶれたとはいえ、アーリューシャインのマム・エンデバスの賛同を得られれば良いのですが。
あ、ちょうどアオイの所の教会に、愛弟子が担ぎ込まれたと伺いましたわ。
折角ですし、これから設立する“聖女会”のリーダーとして、わたくしがまとめて面倒をみて差し上げますわ。
公式の場だというのに、姉の怒り様は凄まじかったですわ。(本当に恐ろしかったですわ)
でも、多勢に無勢でしたわね。
晴れて、わたくしは大地母神の聖女として認定されたのですわ。
皆さま、感謝申し上げますわ。
ただ……大地母神の宮仕えや見習い達は、誰もわたくしの付き人にはなって下さいませんの。
まあ、いずれわたくしにぜひとも仕えたいと申し出る、素敵な男性がいるはずですわ。
このわたくしの魅力と慈愛に、跪いて心臓を捧げて下さる若い男性が、現れるはずですわ。
~ ・ ~
「ミ、ミヨです……よろしくお願い致します」
アオイに連れられて、冒険者ギルドにやってきた、アーリューシャイン教会の聖女。
なんですか、そのオドオドとした態度は。
恰好はともかく、中身はせいぜい“見習い”にしか、見えませんですわ。
丸テーブル席に座る、大地母神の聖女服のわたくし。
その横で新入りの値踏みをするのは、細い黒メガネと、もじゃもじゃな茶色い髪を法服と同色の僧侶帽で包んだ聖女。
「“緑の安らぎ”の聖女、ミドリなの。ヨロシクなのー」
律義にペコペコと頭を下げる、ミヨ。
本当はこんなヤツにそこまで畏まる必要なんか、全く無いのですわ。
でも“聖女会”の会合なのですから、余計な事を言う必要はないのですわ。
「私は、自己紹介の必要はないんだけど」
「アオイさん。よ、よろしくお願い致します……」
連れられてきたアオイにも、律義に頭を下げるミヨ。
傍から見ても、緊張しまくってますわ。
C級パーティ“もぐら”に誘われて、迷宮探索だなんて。
羨ましすぎますわ。
だって、大層儲かると伺っておりますもの。
でも、失敗して、青の調べ教会に担ぎ込まれたのだそうですわ。
あそこは、精神汚染を専門に癒す教会。
二日ほど浄化の治癒を受けて。
ようやく、自分で立てるようになったと、アオイから聞いておりますわ。
治療費も、お高かったようですわね。
しかたがありませんわよね。
領主様から、教会の運営補助金を徐々に削られて。
アオイと弟の付き人イーシュが、冒険者として登録して稼いでいたら。
領主の娘である大聖女に、聖戦を挑まれて。
ボロボロに負けて、付き人契約を解散させられてしまったのですから。
お可哀想に、弟はショックで引き籠もっていると伺っております。
姉のアオイも、それでもなんとか教会の運営費を稼がなければなりませんので、こうして聖女会に入っているのですわ。
付き人さえ、いれば。
はぁ。ため息がでちゃいますわね。
「わたくしは、大地母神の聖女、メローですわ。ミヨ、ようこそ“聖女会”へ」
ミヨは姿勢を正して、一層ペコペコと頭を下げる。
「まあ、お座りなさいな。エールは飲めますわね?」
給仕に合図して、人数分のエールを用意させる。
貴重な資金ですが、こういう所でケチってはいけないのですわ。
エール1杯、銅貨2枚。人数分は、わたくしの奢り。
……最初だけ。そう、最初だけですわよ?
そして、タダで飲めるのですから、アオイもミドリも、文句はありませんわよね?
「皆さま、行き渡りましたわね」
奢ったわたくしが音頭を取るのは、当たり前なのですわ。
それが、聖女会のリーダーであるわたくしのお役目なのですわ。
「聖女会に、乾杯ですわ!」
「聖女会に、乾杯なんだけど」
「聖女会に、乾杯なのー!」
「聖女会に、乾杯…?」
アズラエール。乾杯の意味なのですが。
ミヨが何か、戸惑っているようですわね。
エールを飲んでいくと、天国に近づいていくという意味ですわよ?
他に、何かありまして?
みんなで飲み干して。
あ、お代わりは各自で清算ですわよ?
「オラクルの聖女同士、困ったときは助け合い、お金儲けの情報は共有し合い、一致結束して街のため、民のために活動するのが、聖女会ですわ」
「ミヨは、色々と実戦的な経験が無さすぎるんですけど。色々と教えてあげられるんですけど」
「私達が先輩なのー。だから先輩と呼んでもいい事なのー」
「せ、先輩…ミドリ先輩」
先輩呼ばわりされて、ご満悦なミドリ。
「アオイ先輩!」
こっちも、くすぐったそうな、アオイ。
「メロー先輩!」
あ、これは確かに、なんか、ほんわか、するのですわ。
そうですわね。後輩の面倒は、ちゃんと見て上げなければなりませんわね。
どんな人であろうと、助けを求めてくるのであれば、手を差し伸べなさい。
大地母神の、教えなのですわ。
だから、宗派として意見の合わないミドリの事も。
だから、領主の娘である大聖女に睨まれているアオイの事も。
だから、わたくしに救いの手を求めてきた貴女も。
まとめて、助けて差し上げますわ。
「よぉ、楽しそうだな、姉ちゃんたち」
あら、なんか野蛮なのが、やってきましたわ。
「ゴ、ゴロンさん……」
ミヨが立ち上がって、頭を下げている。
お知り合いなのかしら?
こんなヤツと?
「泣き虫聖女が。まだ冒険者やってるのかよ」
野蛮な男が、目を細めてミヨを値踏みしていますわ。
「は、はい……」
ミヨも、とても緊張しているようですわね。
「ミヨは今、私達とエールを飲んでる最中なんですけど」
「用事は後にして欲しいなのー」
アオイとミドリが、野蛮な男に牽制しているですわ。
「けっ、シケた野良聖女どもが、なにを格好つけてるんだか」
野蛮な男は、スゴんで見せましたけど。
4対1ですもの。怯む理由などないのですわ。
「ミヨはわたくしたちの仲間ですわ。不埒な真似は、許しませんですわ」
そう、はっきり申し上げて差し上げますと。
野蛮な男は、わたくしをひと睨みして、渋々とそのまま立ち去って行きましたわ。
「あ、ありがとう、ございます」
緊張の糸が切れたのか、崩れるような感じで、椅子に座り直したミヨ。
まあ、そうですわね。ああいう男の人って、緊張致します、ですわ。
「誰なのー?」
「しょ、初心者研修で、一緒だった方で…」
ミヨは、まだ緊張しているようですわね。
それでも、彼女の初めての冒険譚を聞くのは、楽しかったですわ。
本当に初々しくて。
本当に一生懸命で。
そして、本当に、考えが甘いんですわね。
「報酬を全部取られちゃったって、ヒドイんですけどー!」
「ヒドイ、ヒドイなのー!」
「全く、どうしようもない男ですわ!」
何よあの男。偉そうなのは、態度だけじゃなかったんですわ。
それにしても、講師は何をしていたのですわ?
……いえ、そういう事も教えるのが、初心者講習という事なのですわ。
ああ、それで代わりに“迷宮探索”にミヨを誘ったのですわね。
でも、そこで死にそうな目に遭ったら、冒険者なんて辞めてしまうのではないのかしら?
「でも、お金を稼ぐって、とても大切な事というのは、分かりました」
「うんうん、そうなんですけどー」
「そうなの、そうなのー」
冒険者として結構活躍していたアオイは、その辺の事情はよく分かるらしいんですわ。
ミドリ、あなたはお金を稼ぐ意味を分かっていないんですわ。
なんでもかんでもタダでばら撒いてヘラヘラ笑っている、その心情は全く理解できませんわ。
あなたの定宿を探すのに、わたくしがどんなに苦労した事か、ですわ。
なんとか、花屋の屋根裏部屋を確保できたと思ったら。
自分で育てた花をタダで配って歩くだなんて、花屋商売の邪魔しすぎと思わないのがよく分からないのですわ。
花屋の主人になんとか頼み込んで、配るエリアをスラムに限定させたのですけど。ええ、そこは商売にはならないので、折り合いをつけて貰えました、ですわ。
まあ、わたくしも、お金を儲ける手段を探さないと、お姉ちゃんに大きな顔をされてしまいます、ですわ。
僧職者としてなら、教会は無料で食事を頂けますし、寝泊りも当然の事なのですわ。
ただ、聖女として独立してしまいますと、無料ではなくなってしまうのですわ。
お家賃と食事代は、自分の力で稼がないといけないのですわ。
ああ、付き人さえ、いれば。
……まあ、いたらいたで、現大聖女の、あの領主の娘に聖戦を挑まれて、契約を解散させられてしまうのですわ。
そう、アオイのように。
なので、なんとか協力して、都市の周辺の農夫たちのためにも、巡礼をしなければならないのですわ……
~ ・ ~
ええ、聖女会の事は、いい思い出ですわ。
そうですわ。わたくしたちの内、誰が大聖女を目指す者になっても構わないのですわ。
あ、ミドリは別、別ですわ。あれは危険すぎますわ。
手元で監督しておかないと、いけないのですわ。
まあ、まさかミヨが、そんな風になるとか、思ってもみなかったですわ。
やっぱり、聖女には付き人、ですわねぇ。
後悔?
御座いませんことよ?
わたくしは、なんら恥じるような事はしておりませんですわ。
あの時の絆が、あの時の友情が、あの時の思い出があるから。
今、こうして胸を張って、生きていられるのですわ。
(終わり)




