第72話:偽名を忘れていませんか?変装も
シトリスとアイテールから離れ、周りの噂話を頼りに歩いていると、父上を発見した。
その顔は家で見るマダオではなく、凛々しい騎士のものであり、中々カッコいいと呼べる。
父上もシトリスと同じ様に剣を持っているので、ちゃんと受付は済ませているのだろう。
「朝ぶりですね。父上」
「……ヴィンレットか。態々気配を隠してくるとはな」
「こう言った技能も魔法使いには大事だからね。結構様になっていたでしょ?」
「そうだな。目の前に来るまで気付けないとは、俺も老いたもんだ」
父上は苦笑いしながら、フード越しに俺の頭を撫でるが、俺としては逆に気付かれたら困る。
遊び心とはいえ、本気で気配を消して近づいたのだ。
アイテールなんてチートを除けば、ほとんど気付かれない自信がある。
「ジオ達はもう来たの?」
「ああ。お前がまだ来ていないことを言ったら不思議がっていたが、なんかあったのか?」
どこぞの聖女に捕まっていました……なんて事を言えるはずもない。
なので適当に言い訳をする必要がある。
「折角だから屋台で適当に食べられるものを買ってから、会場を見て回っていたんだ。父上はどこの会場になったの?」
「F会場だ。少し離れているが、応援には来てくれるの?」
「そのために来てるんだから、当たり前でしょ」
Fか……シトリスと一個ズレているが、これがどう関わってくるか……「AからEの会場になっている選手の方は、指定の会場に移動をお願いします!」おっと、良い感じにシトリスと父上の時間がズレてくれたな。
辺りの騒めきが大きくなり、一気に人が移動を開始する。
会場の数がいくつあるか知らないが、二回位に分けて行われるのだろう。
「どうやら俺の番まで時間が空きそうだな。ヴィンレットはどうする?ジオ達の所に行くか?」
「いや、折角だし、他の試合を見に行ってくるよ。若い子が居れば、将来の旅に誘うのも有りだからな」
「若いのね。まあ折角の大会だし、楽しんで来い。金は…………大会の優勝賞金が有ったか」
一応今は金を持っているが、馬車やら仕入れとかの事を考えれば消し飛ぶ金だ。
お小遣い位くれても良いと思うが、流石に強請るのは筋違いなので、軽く返事をしてからE会場に戻る。
「お待たせしました。これより、剣術大会の予選を始めさせていただきます。既に選手の方々は気付いていると思いますが、今年は選手が多いため、一斉に予選を始めるのではなく、分けて予選をさせていただきます」
向かっている最中に、風の魔法によって大会の説明が聴こえてきた。
まずはバトルロイヤルで各会場十人までの勝ち残りをやり、その後にシャッフルしてもう一度バトルロイヤルを開始する。
そして最終的に三十二人を選ぶそうだ。
前情報では十六人だったはずだが、どうやら増えたらしいな。
個人的には物凄く困るが、実力差があれば一試合数分で終わってしまうので、人数を増やしたいってのは元々有ったのかもしれない。
「それでは、後は各会場の係員の指示に従って下さい」
そう締め括られて放送は終わった。
放送の間に会場までやってこられたが、問題はこの大量の観客が居る中でアイテールを探さなければならないって事だ。
多少の人混みならばともかく、これだけ人が密集していると流石に探すのが面倒だ。
魔力を覚えたからと言って、向こうも魔力を隠しているので少し探し難い…………と思っていたら向こうから近寄って来てくれたので直ぐに見つかった。
「お帰りなさい」
「戻ったよ。それにしても選手が多いね」
「はい。ですが、有望そうなのはあまりいませんね」
E会場は比較的若い選手が多く、実力的にあまり高くないのが割り振られているのだろう。
アイテールは有望なのはいないと言うが、俺が欲しい人材は程々に有能な人材なので、アイテールみたいに高望みはしない。
有能な人間とは大抵我が強く、扱いにくいのが多い。
アイテールしかり、シトリスしかり……他にも祖母様もそうだ。
よって程々が一番であり、武力なんかはなくても構わない。
まあこの大会に出ている以上、多少なかれ武力を持っているわけだが。
「おっ、始まったみたいだけど」
「案の定狙われていますね」
予選が始まると同時に、シトリスが他の選手に狙われた。
しかしシトリスは狙われたのを良いことに、自分を狙った攻撃を、他人に擦り付けるように立ち回る。
誰かを狙えば、その隙を他の誰かが狙う。
当たり前の様に乱戦になり、シトリスは人混みを縫う様に動きながら、隙を突いて一人。また一人と倒していく。
「流石勇者の娘と言うべきか、かの魔王の弟子と言うべきか悩みますね」
「そこはシトリスの実力って言うべきじゃない?」
「それはそれです」
何がそれはそれなのか分からないが、言いたい事は分かる。
本人の努力や才能ってのは前提条件であり、それをどうやって引き出せるのかが大事だ。
俺なんかは色々と教わりはしたものの、自分の力でのし上がり、これはアイテールも同じだったりする。
一から十教えられたシトリスが戦えないのならば、その責は教えた側の物だ。
「しかし、本当に器用に動きますね。将来は後継者にするつもりですか?」
「いや、なんなら少しでも早く独り立ちして、旅にでも出て欲しいと思っているよ」
使える間は使うつもりだが、いつまでも爆弾を抱えたままと言うのもあまり良くない。
それに、グランシャリオがシトリスと一緒にある限り、嘘が直ぐに見破られてしまう。
グランシャリオが手元にあるのは奥の手としてありがたいが、それ以上に面倒である。
「それはまた……折角育てているのに、良いのですか?」
「例え話だけど、平民の冒険者パーティーに王族が居たとして、平民達は気楽に冒険出来ると思う?」
「あなたなら問題ないのでは?」
いや、確かに昔似たようなことはあったけど、俺のことではなく世間一般的にってやつだ。
世間に知られていないとはいえ、勇者の娘なんて王族と同じ様なものだ。
そして件のシトリスだが、脱落する選手が増えてきたことにより、少し動きを変え始めた。
「昨日も思いましたが、結構力がありますね」
「グランシャリオって結構重いからね。使っていれば勝手に鍛えられるよ」
グランシャリオは見た目以上に重いため、使うには基礎となる筋肉が必要となる。
ついでにうちの領地から出す時にはもう一本同程度の重さの剣も渡しておいたので、筋トレについては常にさせている様な状況となっている。
ついでに体力も走らせたので、この予選程度は全く問題無いだろう。
始まって十分も経つと残っているのはシトリスを含めて十五人となり、下手に攻めようとせず牽制を始めるが、シトリス以外の数名の選手が目配りを互いにし、頷き合った。
これまでは雑魚を先に倒そうという事でシトリスは狙われていたが、今は厄介な敵と認識されたのだろう。
なので全員で囲んで倒す。
見栄えは物凄く悪いので、観客席からはブーイングが上がっているが、選手からしたら勝たない事には意味がないのだ。
要は勝てばよかろう……ってやつだな。
だが、シトリスに俺の技を使うのは禁止しているが、立ち回りについては使用を禁止していない。
そして俺の技は多対一を想定しているものであり、立ち回りも同じくだ。
一見不利なように見えるが…………。
「……あの動き、懐かしいですね。少々拙いですが、昔のあなたを見ているようです」
「それって誉め言葉なの?」
「はい」
釈然としないが、シトリスは攻撃を掻い潜りながら背後を取られない様に動きだした。
そして隙を晒した順番に剣で吹き飛ばし、残り十人になったタイミングで予選終了の放送が流れる。
結構疲れている様に見えるが、余裕はまだまだありそうだ。
「順当に残りましたね」
「この程度はね。この調子で次の予選も勝つ事を願うよ。それじゃあ俺は父上の所に向かうから、シトリスは任せたよ」
「はい。それではまた」
最初の関門を突破したが、次の予選も勝たない事にはどうしようもない。
後の事はアイテールに任せ、父上の予選があるF会場に向かうとしよう。
そう言えば、偽名と変装を頼んだはずだったのだが、もしかして完全に忘れていないだろうか?
いや、受付でギルドカードを見せていたらしいし、変装はともかく偽名は無理だったのかもしれないな。




