第71話:なにはともあれ賭博
俺はフードを被り、アイテールは軽く変装をしてから一緒に部屋を出る。
そんな変装で大丈夫なのか不安だが、服は神官服ではなく、象徴となる杖も無いので基本バレないらしい。
基本バレないと言うあたり、身分を隠して遊んでいるのだろう。
「魔法大会とはまた違った熱気がありますね」
「熱気と言うか汗臭いだけだけどね」
外だから多少マシだが、出るのがむさくるし男ばかりなので、あまり嗅ぎたくない匂いが漂っている。
死体の腐臭とかに比べればマシだが、嗅いでいたくはない。
「この大会を見に来たことはあるの?」
「いえ、興味がなかったので、一度も来たことはありません。知っているとは思いますが、人混みは苦手なので」
眉を少しだけ下げるが、種族柄見たくないものも見えてしまうのだろう。
その癖賭けには積極的なのはよく分からないが。
「そう言えば気になったのですが、偽名とか使わなくて良かったのですか?」
「考えるのが面倒だったのもあるけど、偽名を使っても意味が無いから、特に指示はしなかったよ」
「意味ですか?」
アイテールは勇者の娘なのに大丈夫なのかと聞きたいのだろうが、本戦に出せばどうせバレてしまうのと、シトリスを知っている人物がほとんどいないので問題ない。
一応リナリアと勇者が王都には居るが、仮にシトリスを気付いたとしても、今日の明日で何かできるとは思えないし、アイテールの話を聞く限り勇者がシトリスを連れ帰るとも考えにくい。
仮に無理矢理攫って行こうとするならば、アイテールを動かしても良いし、本調子でないのならばシトリスでも十分戦いになる。
「本戦に出れば、嫌でも顔を晒すでしょ? 仮に名前が分からなかったとしても、あの剣を見ればどうせ分かるさ」
「それは確かにそうですね。それにあれだけ戦えるのでしたら、アストラールに一方的に負ける事もないと思います」
「殺すのが目的ならばともかく、あいつがそこまでの事をするとは思えないからね。まあ、妹の方は少し心配だけど、態々王都で動く事はしないさ」
シトリスを殺したいほど憎んでいたりするなら分からないが、態々危険を冒してまでシトリスにちょっかいを掛けてくるとは思えない。
それに俺の考えが外れたとしても、困るのはシトリスだけなので、ノープロブレムってやつだ。
「話した雰囲気ではそんな事をするとは思えませんし、あなたの言う通りかもしれませんね」
「まあ考えが外れたらその時考えれば良いさ。それと、シトリスを見つける事って出来る?」
「視界にさえ入れば直ぐに見つかるかと。あまり見かけない色でしたから」
「それじゃあ頼んだよ。父上の方は見つけられるだろうけど、シトリスは難しいからね」
父上については周りの話を聞いていれば、直ぐに見つかるだろうと思っている。
先日もあれだけ噂されていたので、現れれば直ぐに噂は広まるだろう。
シトリスも少女の身で出場ってのは話題性があるかもしれないが、これだけ人が居ればそこまで目立たないだろう。
受付や会場のある場所へ向かう前に、屋台でサンドイッチを買って食べる。
祭り価格なので少し高いが、挟まれている肉はしっかりと味が染み込んでいて中々美味い。
赤ワインが欲しくなるが、エールやビールとは違ってこんな場所では売っていない。
売っていたとしても買えないだろうけど。
「……見つけました」
軽く腹ごなししてから歩いていると、受付の近くでアイテールがシトリスを発見したみたいだ。
悲しい事に身長の低い俺では視界が限られ、シトリスは見えない。
アイテールの身長は女性にしては高く、百七十以上ある。
その点俺は…………まあ良いだろう。
人をかき分けながら進むと、俺にもようやくシトリスが見えた。
既に受付を済ませているのか、グランシャリオや俺の渡した剣ではなく、そこら辺の男が持っているのと同じ剣を持っている。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
「おはよう。問題はないわ」
「それなら良かった」
昨日のアイテールのマッサージもあり、見た感じ不調は見られない。
「会場はどこ?」
「Eブロックだって。それと、ギルドのランクとかで場所が変わるみたいだよ」
「それはまた……どこで聞いたんだ?」
「受付の所で話しているのを聞いたの」
信憑性は微妙だが、ざっくりと実力ごとに会場を分ける事は有り得そうだな。
魔法大会と違い、剣術大会の出場人数はとても多い。
しかも予選から賭けが行われ、公式非公式合わせれば二桁近くの賭場があると、歩いている時にアイテールが語っていた。
なので、あまりにも実力差のある奴が変な会場に割り振られてしまえば、倍率が悲惨な事になる。
それでも完全に実力差は解決しないだろうが、本番は本戦の方であり、これだけの人数が居る時点で完璧に分けるのは無理だろう。
「なら、父上と予選の一発目から当たるなんて事はなさそうだね」
「そっちの方は決まったの?」
「いや、まだ確認してないから分からないよ。見ての通り、昨日の今日で捕まったからね」
「…………あ、うん」
おい、アイテールを見てから目を逸らすな。
せめて一言位言ってみせろ。
そして変装しているからって気づけよ。なんで言われるまで分らんかった?
「問題ないなら、一旦俺は離れるよ。それと、流石に家族の所まで一緒に来られると困るから、一旦シトリスを任せて良い?」
「仕方ないですね。ですが、ちゃんと戻って来て下さいね」
「ここで逃げ出す程馬鹿じゃないさ」
父上の方を確認して、試合の時間次第では戻れないかもしれないが、帰る前に戻ってくれば大丈夫だろう。
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ヴィンレットが去り、残されたシトリスはアイテールを置いて行ったことに文句を言いたかったが、聖女であるアイテールをいらないなんて本人の前で言える程、シトリスは強かではない。
いつもならばグランシャリオがあり、何かなくても話し掛けてくれるので他人が居てもそこまで気にならないのだが、急にアイテールと一緒にされた事で、シトリスは物凄くめが迷っていた。
「そう焦らないで良いですよ。私はあなた方の味方ですから」
シトリスの内情を察したのか、アイテールは微笑みかける。
その言葉は正直なところ、あまり信じる事が出来ない。
今のシトリスにとって、ヴィンレットが全てと言って過言ではなく、アイテールはそのヴィンレットを殺した相手だ。
何故か和解している様な雰囲気を出しているが、シトリスとしてはそれを馬鹿正直に信じられない。
人は醜いものだと、家を出る前に十分学んでいるから……。
「……聖女さ……」
「一応変装していますので、アイと呼んで下さい」
「……アイさんは、どうして殺したんですか?」
無垢な視線を向けながら問いかけてくるシトリスに、アイテールは微笑みかける。
「——そうですね。立ったままなのも疲れてしまいますし、飲み物を飲みながら話しましょう。あまり時間はありませんが」
「はい」
猫の様な可愛らしい警戒心をアイテールは懐かしいものを見る目で楽しみ、近くにあった屋台でジュースを買ってシトリスへと渡す。
「さて、どうして……でしたかですね。話す前に、お父さんから聞いたことはありますか?」
首を左右に振り、シトリスは応える。
シトリスはロストワーカーがどんな人間だったのかと、最後に剣を残した事は聞いていたが、どうして殺す事になったかは一度も話した事が無かった。
当時はその事に対して疑問に思わず、旅に出てからグランシャリオの話を聞いて、疑問に思うようになったのだ。
「そうでしたか……少し長くなる話なので結果だけ先に話させてもらいますが、私の場合は人質を取られたからですね」
「……」
「何を考えているかは分かります。こう見えましても、当時の中でも私は十本指に入る程度の強さはありましたが、個人では出来る事が限られます」
最終的に勝てたとしても、そこに至るまでの被害は膨大であり、試合に勝って勝負に負けた事になる。
「一つか二つ程度の組織でしたらなんとかなったのですが、流石にいくつもの国が相手となると流石に厳しいものがありました。それに、あの人にも悪い所があり、死んだ結果は時代が語っています」
「そうですね……本人は全く気にしてなさそうですけど」
「私としても驚きましたね。あの鬼神の様な人が、あれだけ大らかになり、シトリスちゃんみたいなガールフレンドが出来るなんて思いもしませんでした」
「ガ! ……うぅ……」
いきなりの不意打ちに思わずシトリスは赤面し、直ぐに俯いてしまう。
初心な反応をアイテールはニヨニヨとしながら眺め、昔の事を思い出しながらジュースを飲む。
今のシトリスの反応はアイテールの知っている勇者にとてもよく似ており、血を感じさせるものだった。
勇者もかなり初心であり、面白い反応を良くしていたのだが…………久々に会った勇者には昔の面影はなく、すっかり変わってしまっていた。
どうして勇者が変わり果ててしまったかを今もアイテールは探っているが、大体の事は分かっている。
国や組織にとって強すぎる力とは不確定要素であり、しかも何の繋がりもない他人となれば、いつ裏切られるか分からない。
本人にその気は無かったとしても、それを信じられるなんて訳が無い。
「AからEの会場になっている選手の方は、指定の会場に移動をお願いします!」
ほとんど話す時間はやはりなく、係員の声が響き渡り、時間になった事を知らせる。
「時間の様ですね。シトリスちゃんならば大丈夫だと思いますが、後継として恥にならない様に戦って来てください」
「はいぃ……」
まだ持ち直せていないシトリスに少しだけ不安になるが、歩き始めたシトリスの背中は幼い頃のケイエスに似ている…………様な気がした。
そんな背中を見送ったアイテールは、あらかじめ目を付けていた賭博の胴元まで歩いて行く。
「すみません。E会場のシトリスに金貨三枚お願いします」
「あいよ。中々すげぇのを選ぶねぇ」
「賭けは穴を狙うのが一番ですから」
賭け札を受け取ったアイテールはE会場へと向かい、空いてる椅子へと腰掛ける。
多少心配はあるものの、シトリスは下手な大人顔負けの強さがあり、ロストワーカーであるケイエスに育てられた。
普通に考えれば少女なんて存在に賭けるのは馬鹿のする事だが、事情を知っている者からすればこれ程固い賭けはない。
E会場に集まった選手はアイテールの目から見てあまり質が良くなく、始まる前からアイテールは勝ちを確信するのであった。
魔法大会で賭けたように、アイテールの趣味は今も尚変わっていないのであった。




