第70話:勇者の内情
案内された部屋は、調度品も立派なものが置かれた部屋であり、顔を確認するだけの部屋ではないのは丸わかりだ。
また、俺が軽口を叩いたせいか、騎士が威圧をしてきやがった。
ついつい言葉が漏れてしまった俺が悪いのだが、アイテールの反応を見てから俺を威圧するのは流石に馬鹿じゃないだろうか?
相手が相手ならば、この場で首が飛んでるぞ。
「威圧するのは止めなさい。この方は間違いなく私のお役様ですので」
「……失礼しました」
その失礼しましたも、何故俺ではなくてアイテールの方を向いているんだ?
一応それなりに鍛えているのは分かるし、持っている剣の柄も何かしらの聖剣だろうと窺える。
鎧はこの国の物ではなくどこかの神聖騎士の物っぽいので、騎士なのか平民上がりなのかは分からないが…………帰っちゃ駄目かな?
「後は大丈夫ですので、ミランダは帰っていただいて大丈夫です」
「この様な素性も分からぬ人間と聖女様を一緒にするわけには!」
「元々此処に来るまでの約束だったはずですよ。それに、私が後れを取ると思っているのですか?」
俺が死んだ今、一対一でアイテールに勝つのは相当困難だろう。
そもそも、勝てる奴は居るのだろうか?
昨日の動きを見る限り、衰えは全く感じられず、なんなら強くなっている。
俺が殺されてアイテールは殺されない。これが人徳って奴か。
「それは思いませんが……せめて相手の身分の確認だけはさせていただけませんか?」
アイテールが視線を送って来るが、どうしたものか……・
狂信者っぽいし、うちみたいな弱小貴族では圧力を掛けられると少し面倒だ。
何かあればアイテールに言えば良いだけだが、自分の事で父上達に迷惑を掛けたくはない。
そう言った視線を送ってみたが、大丈夫だとアイテールは頷きやがった。
そう判断するのなら構わないが、駄目だった時は慰謝料をふんだくるとしよう。
追加で金貨二百枚くらい。
「それ位でしたら構いません。すみませんが、フードを取って名前を名乗って下さい」
「分かりました。先日魔術大会で優勝しました、ヴィンレットと申します。先程は失礼な物言いをしてしまい、すみませんでした」
「……いや、こちらこそ一方的に済まなかった」
言われた通りフードを取って自己紹介をし、ついでに弁明もしておいたが、丸く収まりそうで何よりだ。
ただ、荒くれの世界で生きていたせいか、謝れるだけでも素晴らしいと思えてしまう。
「いえ、驚いたとはいえ、聖女様に使う言葉ではなかったのは確かですので、気にしないで下さい。私にどの様な用事があるのかは知りませんが、これ以上の失礼をしないと誓います」
母上仕込みの貴族らしい振る舞いに、駄目押しとばかりにアイテールに教えられた聖印を切る。
ミランダの表情は驚きに染まり、かなり柔らかくなったのを見るに、懐柔に成功したようだ。
その代わり、ミランダに見られていない事を良い事に、アイテールは物凄く嫌そうな顔をしている。
昔の俺がしたならば、おそらく喜んでいただろうか、今ではただの当てつけにしかならない。
俺としても嫌がらせを兼ねてこんな言葉遣いで聖印まで切っているので、幾分かストレスが発散できた。
「その歳でそこまで綺麗な聖印を切れるとは、魔法大会を優勝できるだけの事はあるみたいですね。それでは私はこれで失礼します。何かありましたら、協会にご連絡を」
俺と同じく聖印切り、ミランダは部屋を出て行った。
ミランダが出ても廊下から足音や鎧の擦れる音もしないので、この部屋は防音にも優れていそうだな。
「相変わらず意地が悪いですね」
「お互い様だろ? 折角一人で悠々自適に観戦をしようよしていたのに、呼び出しやがって」
「良いではないですか。折角再会できたのですし、そう邪見にしないで下さい。それに————勇者の情報を知りたくないですか?」
やはり情報を集めていたか。
リナリアやシトリス。それにグランシャリオの件もあったし、馬鹿でなければ調べるだろう。
なんなら、どうせアイテールならば自分から首を突っ込むと思っていたので、予想通りでもある。
「それは正確な情報か?」
「はい。本人にも確認を取りましたから」
「それはそれは……でっ、変わっていたか?」
「悲しい事に」
それも予想通りだが、あの勇者……アストラールがなぁ。
時代の流れとはかくも儚いものか…………いや、なんか違うか?。
まあいいや。
「話す前に、今日一日私と行動すると約束していただけますか?」
「そっちの正体が露見するまでなら構わん。ついでに、俺からは手を出さないと言っておこう」
「良いでしょう。そこまで長くないとはいえ、立ったままというのも疲れるでしょうから、お座りください」
「おう」
念のため早めに家を出て正解だったな。
勇者であるアストラール・バンデスデルは、元はそこら辺に居る平民だったが、平民にしては整った容姿をしており、性格もかなり人が出来ていた。
スラム出身で粗暴な俺とは少々合わない面もあり、一緒にパーティーを組んだりするのは少なかったが、その能力は高く買っていた。
俺との戦いの後は貴族と結婚し、最低でも二子を設けているのは分かっている。
そんな勇者だが、アイテール曰く、どうやら馬車馬のように働かされている様だ。
元平民から公爵になれたのは、絵本の物語みたいで夢のある話だが、どうやら結婚した公爵の娘は曰く付きだったらしい。
その結果良い様に扱われ、東奔西走しているそうだ。
これで王国からの扱いが良ければまだ良かったのだが、もと平民というネームはあまり良いものではなく、王族からの扱いも良いとは言えない。
勇者という武力は確かに脅威だが、子供がいる以上何が有っても反旗を覆す事は無いと判断したのだろう。
因みになぜ王族とアイテールが言ったかだが、少々ややこしい内情があるからだが、そこまで話す必要は無いので、今回は聞かないでおいた。
また、どうやら俺を殺した事を気に病んでおり、今も尚その事を引きずり、精神的に病んでいるそうだ。
その結果家庭の事にはほとんど口を出すことは出来ず、アイテールがそれとなく濁して聞いても、シトリスの事についても一言も漏らさなかったらしい。
昔あれ程女性には気を付けろと言ってやったのに、こうも失敗しているとは…………うける。
いや、笑い事ではないのだが、アイテールに捕まったことに比べれば勇者の失敗なんて些細なことだ。
俺にとって重要なのは、俺と過去の俺が同一人物だと知られることだけだ。
強いて言うなら親としての義務くらいは果たせと思うが、本人の居ないところで愚痴っても仕方ない。
昔語った夢の様に、田舎でのんびりと生きる道を選べば、俺の二度目の人生ももっと楽になっただろうに……。
まあシトリスとの出会いが無くても王都には来ただろうし、アイテールとの出会いは避けられなかっただろうがな。
「家庭内問題ねぇ。少し国としての問題もあるみたいだが、こうなるのは正直分かっていた」
「それはあの時からですか?」
「いや、生まれ変わってからだな。そっち方面の知識を習ってから、改めて俺が殺されるまでの流れをおさらいしたってわけさ」
俺は軍に勝てる個ではあったが、軍に勝てる個をあれだけ用意されてはどうしようもない。
あの時点で俺に取れる手は残されてなかったが、今の俺だったならば逆転の手はあっただろう。
脅しには脅しを。金には金を。名誉には名誉を。
言葉巧みに籠絡出来ただろう。
それだけの力はあったし、金も……名誉もどうとでもなった。
まあ戦いの事は置いといて、異世界ではこんな言葉が残っている。
——魔王は勇者であった——
後付けではあったが、俺は魔王と呼ばれて恐れられていた。
そんな魔王が恐れられるのはその強さが原因であり、魔王が勇者に殺されたならば、より強いのは殺した勇者となる。
感謝され、称えられただろう。
だが、人々は強い力に恐怖する生き物であり、感謝の感情が薄れれば、再び恐怖を思い出す。
だから、勇者に首輪を掛けた。
剣聖は初めから国に属しているし、賢者はさっさと逃げ出した。
聖女は武力としては…………残念な事に武力についてはあまり知られていないため、世間も危険人物だとは思っていない。
宗教の力は確かに大きいかもしれないが、国に根付く様な事はしていないため、優先的には狙われていないのだろう。
一応脅すための材料もあるしな。
とは言っても数ヵ国が連携しないとその脅しも使えないので、気にする事もないだろうが。
「そうですか……」
「あいつの事はともかく、そろそろ大会の会場に行きたいんだが? 移動を考えれば、あまり余裕もなくなってきたからな」
「つい話が弾んでしまいまして」
少しと言いながら随分と話は脱線し、思っていたよりも時間が経っている。
かなり余裕があった時間も、今ではギリギリとなってしまった。
近所に住んでるババアって言葉がふと脳裏に過るが、言ったら腹パンされそうなので黙っておこう。




