第68話:聖女VSシトリス
「おめでとうシトリス。これに耐えられたなら、そこの聖女とも最低限戦う事が出来るよ」
一度乗り越えられれば、後はもうやる必要もない。
死のストレスは結構大きなものであり、人によってはトラウマにもなりうる。
今日の訓練を続けるかは、少し様子を見た方が良いだろう。
「流石ですね。それだけ殺気を操れる人も、そうはいないでしょう」
「俺に教えたのはそっちだけどね」
俺が殺せなかった四人は、何かしらの形で俺に…………いや、殺した連中も大抵俺に色々と教えてくれていた。
ちなみに生き残った四人の中で、一番一緒に居たのは賢者だったりする。
他人から見れば蛮族と賢者だったかもしれないが、偏屈な賢者とは結構馬が合っていたと俺は思っている。
だからこそ四人の中で一番分からないが、それはいつの日か本人に確認すればいい。
「……今の殺気って、一体何なの?」
「昔戦ったドラゴンに似せて放ったんだよ。中々臨場感があったでしょ?」
「本気で死ぬかと思ったわ……本当に」
そうは言うが、腰も砕けていないし、なんなら漏らしてすらいなかったので、まだ余裕はあっただろう。
この上は戦争で死兵となって襲って来た兵士や、隣で微笑んでいるアイテール。
俺が最後に殺した連中クラスとなっている。
「なーに。アイテールが居るから、即死しない限りは大丈夫だよ。グランシャリオがある限り、早々即死なんてしないし」
「それを手に入れてからのケイエスは、かなりしぶとくなりましたからね」
「手に入れる前からしぶとかったと思うけどね」
殺されたけど、それまで生きて来られたのは結構奇跡みたいな感じだったし。
「とりあえず今日やりたい事はやったし、少し休もうか」
「うん……うん?」
「その反応はなんだい?」
なんで納得した後に、俺が休憩を提案することがあり得ないみたいな反応をするんだ?
喧嘩を売ってるのか?
「なっ、なんでもないよ」
「それなら結構。ところで、アイテールは明日誰が出るか知ってるの?」
「それは優勝候補についてってことですか?」
「うん」
有象無象についてはどうでも良い。
中には宝石の原石が有るかもしれないが、今見つけたところで磨くことはできない。
ならば純粋に敵について聞くのが普通だろう。
「私が知っている事はあまりないですが、なんでも元二つ名持ちの選手が出るとは聞いていますね。流石に名前までは憶えていませんが」
「うん。それ、俺の親だ」
昔はそれなりに有名だったみたいだし、王都に来てからこれだけ経てば、噂も広まっているか。
俺が知る気が無かったとはいえ、記憶に残っていた二つ名なのと、その強さは身をもって体験している。
優勝候補となっていても何らおかしくない。
「軽くシトリスには説明したけど、父上は元二つ名持ちで、王国剣術の使い手だよ。剣は避けるのが難しいほど速く、一度でも防げば手が痺れる程の威力がある。なんならそのまま吹き飛ばされて場外になるだろうね」
訓練でならば剣を壊さない様にする必要があり、威力は抑えられていた物の、普通に手が痺れる位の強さがあった。
これが父上の本来の剣を使い、本気で振るわれれば、人くらい容易く吹き飛ぶだろう。
そう言えば、父上の剣については何も知らないな。
名工の剣か、或いは聖剣の類かは分からないが、父上の事だし変な能力を持った剣を使うことはないだろう。
「それはまた豪胆ですね」
「それで、他のは?」
「後はギルドの方から数名Bランク冒険者が出るのと、他の宗教ですが、神聖騎士も出るとか」
「神聖騎士って出て良いの?」
「正確には見習いの騎士となるので、問題ないのではないでしょうか?」
そう言えば現役の騎士は駄目としか聞いてないし、見習いや退役しているのなら良いのか。
冒険者が出るのは普通だが、Bランクならそれなりに金も稼げるだろうし、おそらく賭けのためだろう。
八百長で順位を操り、大金をせしめる。
上手くいけば、俺みたいに優勝賞金よりも稼ぐ事も出来るだろう。
「なるほどね。冒険者はシトリスなら大丈夫だろうし、神聖騎士も見習いレベルならまず問題ないか。予選で父上と当たらに事を祈るばかりだよ」
「……予選で当たって倒しちゃ駄目なの?」
「それが出来れば一番良いけど、予選で一番狙われるのはどうせシトリスだし、ただでさえ不利なのに、その不利な状況で勝てると思う?」
どれだけの人口密度になるかは分からないが、狭ければ狭いほどシトリスは不利になる。
そしてただでさえ集中力がいる相手だというのに、周りにも気を遣わなければならない状況になれば、誰かしらからの不意打ちで負けるなんて事も起こり得る。
よって、戦うのならば本戦の一試合目が一番望ましい。
「……無理かも」
「そう言う事だよ。多少教えたとはいえ、まだ多人数を相手にする技は教えていないし、教えるには流石に時間が無いからね」
「素養があるとしても、僅数ヶ月でここまで育て上げたのは見事だと思いますよ」
「かなり無茶をしたからね。半年から一年位時間を掛ける予定を数日でやったわけだし」
折角手に入れた金が、あっという間にポーション代として飛んでっていったからな。
一応自分で稼いだ分と賭け金。それから慰謝料で稼げたのでペイは出来たが、投資先ではなく自分で稼いだ金だ。
これで投資が失敗したら、流石の俺も少し落ち込むだろう。
シトリスに二割。父上に八割位の割合いでな。
これでも人を見る目はあると思っているので、シトリスならば勝てるだろうと踏んでいる。
これで勝てなかったら、俺が父上を過小評価していたって事だ。
或いは俺の教育不足って事だが、無理を言っているのは承知している。
だが、シトリスも承知した事であり、シトリスの価値を示す試金石でもある。
後は軽く慣らしをして、結果を待つだけだ。
「良く詰め込んだものですね。少し体を見ても良いでしょうか? 異常がないか確認したいのですが……」
「良いよ」
「えっ!」
動作が変とかならば俺も気付けるが、潜在的な異変は俺では気付くことは出来ない。
こういったものは専属の人間に任せるのが一番だ。
ついでにアイテールは俺の返事を聞いた段階でシトリスへと手をかざし、魔法を発動させている。
シトリスの意思は完全に無視である。
「…………少し疲れはありますが、内臓や筋肉に異常はありませんね。ですが、食生活は改善した方が良いかと。特に、野菜を食べるようにして下さい」
「うっ……」
「好き嫌いは良くないよ。昔と違って、今の時代は食うに困らないんだから、しっかりと栄養を取った方が良いよ」
「……」
「返事は?」
「はい……」
好き嫌いを悪いとは言わないが、子供の時はしっかりとバランス良く食べた方が良い。
肉を食った方が身体が強くなるとされているが、異世界的にはバランスの良い食事を取るのが一番だとされている。
特に子供の頃の食生活は、大人になる過程で大きく影響が出るので一層気を付けた方が良い。
これについては、貴族と平民を見るのが一番良い例だ。
平民より貴族の方が様々な面で勝っているのは、教育もあるが食生活が大きく関係している。
特に戦時ともなれば、平民が食えるのはカロリーが有っても栄養はほとんど無いものばかりだ。
なんなら飯すら食えないなんて事もあるが、そもそも好き嫌いが出来るのは貴族の特権なのかもしれないな。
「とは言っても当分一緒に飯を食べるなんて事もないだろうし、その返事が嘘じゃない事を願うよ」
「……嘘じゃないもん」
「あらあら」
「それじゃあ休憩もした事だし、軽くアイテールが相手をしてあげてよ。あくまでも軽くだよ」
「え゛」
女の子が出してはいけない声をシトリスは出すが、今回はボコボコにするのではなく、あくまでも軽くだ。
それに、剣を交えるだけではなく、外から見る事で発見出来る事もあるだろう。
まあ理由の八割位は嫌がらせなのだが。
それに、アイテールがシトリスに可能性を感じてくれれば、これから先の安心に繋がる。
異世界の自白剤的な物はないが、その代わり拷問がある。
一応勇者の娘であるとはし、悪い事をする予定はないが、貴族から目を付けられる可能性はゼロではないどころが、ほぼ確定と考えている。
その時に聖女の後ろ盾があれば、貴族も簡単に手を出せないだろう。
だからとはいえ、俺から直接アイテールに頼む事はしたくない。
主に個人的な理由だがな。
「それじゃあ頑張ってね」
放り投げておいた鞘を拾い、折れそうになっている剣を納める。
もう使い物にはならないが、売ればジュース一杯分にはなるだろう。




