第67話:馬鹿め残像だ
「確認も終わったし、明日の事と今からする事について話すよ」
「うん」
「もう調べてあると思うけど、明日の予選はバトルロイヤルで、シトリスに不利な方式だ。何故か分かるかい?」
「グランシャリオが使えないから?」
「それもあるけど、先に女子供を落とすのが、戦いの基本だからだよ」
誰かが言っていたが雑魚から倒すのが戦いの基本だ。
雑魚も群れれば壁となる。
ついでに言えば雑魚は体力を使わないで済むので、排除できるなら先に排除するに限る。
「身体能力は子供にしては高いけど、それでも力押しでは絶対に勝てないからね」
「……うん」
「ついでに、技についても出来る限りはうちの父上に当たるまでは温存するようにね。基本的に初見殺しだから知られると勝てる確率が一気に下がる」
「それ以前の問題かと思いますが?」
「大丈夫大丈夫。あれから十年以上経っているし、剣の事は勿論、俺の剣技についても覚えている奴なんてほとんどいないでしょ?」
「それは……はい」
アイテールが茶々を入れてきたが、年月というのは残酷だ。
ジオやステラもロストワーカーの事は知っていても、本名や戦い方についてはあまり知らない。
物語でも使っていた剣については図鑑位にしか載っておらず、勇者が持っている事も知っているのはほとんどいないだろう。
そもそもの話、死ぬ前あたりに戦争で敵対した奴は剣技を使うまでもない相手ばかりであり、正確に俺の剣技を見た奴は、最後に殺した奴らを除いて三十人も居ないだろう。
それもこの大きな大陸での話であり、なんなら忘れてしまっている可能性もある。
それに、仮にシトリスが問題に巻き込まれ、俺ではどうしようもなくなったとしても、アイテールがどうにかしてくれるだろう。
先程の話を聞いて、アイテールが何もしないなんて事はないだろうし。
「まあ今の感じなら、予選で相当腕の立つ相手に当たらない限りは、負ける事は無いと思うよ。この俺が鍛えている訳だしね」
「その……ありがとう」
「お礼とか良いから、結果だけ出してね」
「酷い……」
大袈裟に落ち込んだシトリスは、アイテールに慰められる。
有効活用しているが、シトリスの存在は俺にとっては弱点となり得るのだ。
なので、一銭にもならない言葉よりも結果が欲しい。
割りと切実に。
「一応アドバイスがあるとしたら、剣よりも体術に気を付ける事だね」
「なるほど。確かにシトリスちゃんの場合は、それが重要になってきますね」
「どういうことですか?」
当たり前だが、アイテールには敬語なんだな。
これで逆に敬語では無かったらそれはそれで面白いが、俺も人前でアイテールと話す時は注意しないとな。
聖女というネームバリューは王族…………まあとある国では本当に王族と同等の力が有り、木っ端の男爵子息風情が貴族風を吹かせて良い存在ではない。
「アイテール」
「はい」
俺が呼ぶと、アイテールは直ぐに意図を察してシトリスの手を掴む。
「シトリス。それ振り解いてみて。本気でね」
「えっ? うん…………あれ?」
グイグイと腕を動かそうと藻掻くが、アイテールの腕は微動だにしない。
アイテールの腕力は、俺が本気で防御してもダメージを与えてくるものであり、俺でも一度掴まれればかなり苦しいものがある。
おそらく今ならば、掴まれた腕をそのまま握り潰すのも容易いだろう。
「アイテールが特殊ってのもあるけど、大人に掴まれたらそこから逆転するのはかなり厳しくなる。相手の腕を斬って良いなら大丈夫だろうけど、非殺の大会だとねぇ」
「ぐ……うぬぬぬ……」
俺が話している間も藻掻くが、勿論ピクリとも動かない。
そしてアイテールがパッと手を離すと、シトリスは地面へと倒れ込んだ。
斬れば良いとは言ったが、アイテールを相手にはそんな甘い事を言っている暇が無いのが現実であり、掴まれた時点で終わりだと考えておいた方が良い。
一応掴まれたとしてもなんとかなる場合もある…………三割位の確率で。
「これで身に染みたと思うけど、避けたりする時はなるべく相手が剣を持っている腕側にする様にすれば、早々掴んでは来ないと思うよ」
「分かったけど、今のって……」
「素の力だね。ここから更に強化して、魔法を使ってくるよ。ついでに得意なのは魔法より格闘だよ」
「噂って本当だったんだ…………えっ」
「そろそろその剣も黙らないなら、肥溜めに突っ込むよ」
「ヒッ!」
なんとなくまた無駄なことを、グランシャリオが言った気がするので釘を刺しておく。
折ることは出来ないし、刃毀れも勝手に直るので、嫌がらせには糞でも塗りたくるのが良いだろう。
効果があるかは分からないが、シトリスには効果があるだろう。
誰だって糞で塗れた剣なんて使いたくない。
「次は本戦に向けての訓練……まあ今日の本題に移ろうか」
「何をするの?」
「それは——殺し合いの雰囲気に慣れてもらおうって事だよ」
出てくるのが現役以外の剣士とはいえ、中には戦争経験者や殺人を幾度もしている奴も居るだろう。
殺しに慣れている奴らは大抵殺気を放つ事が出来、その殺気に魔力を乗せる事で相手を威圧する技を使う。
魔力を乗せなかったとしても、使いこなせている奴なら相手を気絶させたり、動きを止める事も出来るだろう。
人の死に怯えたりしなかったシトリスなら、慣れれば殺気にも問題なく対応できるだろう。
ついでに軽く肩慣らしも出来れば上出来だ。
アイテールも察してくれたのか、何も言わずに離れてくれた。
「殺気を放つから、シトリスはその状態で俺に一撃入れられるように頑張ってね。それと、殺気は少しずつ強くしていくから」
「分かったわ」
因みに剣が無くても良いのだが、やはり剣を持っていた方が、気持ちが入る。
まずはスラムに住んで居た頃のボスが俺に向けてきた程度の殺気を出す。
僅かにシトリスの表情が強張るが、直ぐに斬り掛かってきた。
流石にこの程度では、動きに鈍りもないか。
あれだけダンジョンでボコボコにしたので、逆にこの程度で日和られては困る。
まあ俺はそのスラムのボスと戦った時は完全に腰が引けていて、辛勝の末に殺せたので、その時の俺よりはシトリスの方が上だろう。
その時は確か八歳くらいだったかな?
「問題なさそうだね。少しギアを上げるよ」
「ッ!」
次はスラムを出た後にであったマフィアのボスだ。
あのネットリとした殺気はかなり辛いものがあったが、別に殺し合いをしたわけではない。
単純に俺を試してきたのだ。
スラム上がりの俺が表でそれなりに生きていけるようになったのは、このボスのおかげだったりする。
少しだけシトリスの動きは鈍くなるが、数合打ち合う内に直ぐに元に戻る。
戦いに集中しているのもあり、立て直しも早い。
これ以上の殺気を使う人間は出場してこないとは思うが、ついでなのでもう少し上もやっておこう。
次は遺跡へ潜った時に襲い掛かってきた、黒いドラゴンにしよう。
人とは違い、魔物や獣の殺気は鋭く冷たいものだ。
人の殺気は大抵殺される自分を思い浮かべるが、魔物の殺気は死そのものを感じさせる。
勿論完全に再現できるわけではないが、これから先、俺のパシリとして働いてもらうならば、ドラゴン程度は倒せてもらわないと困る。
なので特に言葉を掛けず、一気に殺気の種類を変える。
「あっ……くっ」
「足が止まってるよ。相手が相手なら、瞬きの隙を晒すだけで命取りになるよ」
訓練ならこの瞬間に蹴りでもするが、今回は慣れてもらうのが重要なため、軽く剣を構えてシトリスが復帰するのを待つ。
シトリスにとって他人から殺気とまではいかないが、嫌悪感を向けられることは慣れているものだろう。
現に王都に来る途中で盗賊を倒しているしな。
だからこそ、この種類の殺気には耐性が無い。
それでもシトリスは膝を着くことも、剣を落とすこともなく立って見せている。
死の恐怖ってのは、始めての酒と一緒だ。
最初の一口は躊躇するものだが、一度喉を過ぎればあっという間に飲めるようになる。
その一口目が大変なのだが……。
「まけ……ぜったい……負けない!」
声で自分を鼓舞し、シトリスは全力で剣を振り下ろす。
受け流すには少々剣が限界に近いので、影の舞で分身を出し、俺は二歩後ろに下がっておく。
シトリスはその分身に気付かず、一瞬驚きの顔をするが、そのまま分身を両断した。
これが異世界で言う、ばかめ残像だってやつだ。




