第65話:ひょっこり現れる聖女様
屋敷に帰って来てから一休みし、夜になってから屋敷を抜け出した。
そしてギルドでシトリスに伝言を残し、それから剣術大会の前日までダラダラと過ごす…………事が出来れば良かったんだがな。
魔法大会を見られていた訳だが、俺が微妙に手を抜いていた事が祖母様にバレた。
一応祖母様の訓練ではかなり本気……それなりに本気で、そこまで疲れない程度の力を出していたのだが、それが祖母様はどうも気に喰わないらしい。
よって、杖を貰うと同時にスパルタと呼ぶのも優しい訓練が始まったのだ。
大会前は魔法を魔法で打ち消すだけであり、ミスをしても何もなかった。
だが、今回は当たれば骨折するかそのまま穴が開きそうな魔法をバンバン使ってくるようになり、本気で死に掛けた。
一度も直撃はしなかったのだが、地面には大穴が開き、氷の塔が乱立するだけではなく、気温すら氷点下まで下がる大盤振る舞いだ。
俺がシトリスへと施した訓練に比べればマシかもしれないが、絶対に子供がやる様な訓練ではない。
いや、訓練というよりは虐めであった。
そんな辛い日々を過ごし、剣術大会の前日の朝。
祖母様や父上には書類の件で話してくると告げ、シトリスとの待ち合わせの場所へと向かう。
今日は杖を持たず、道中で買った安い鉄の剣だけを持ってきた。
王都に来てからは一度も剣を振っていないが、身体だけではなく頭が剣を覚えているので、久々だからと言って腕が鈍る事はない。
それと、一応ポーションも持って来ているが、今日は身体に覚えさせるような訓練をする予定はないので、使う事が無く終わるとありがたい。
剣術大会についてだが、これも魔法大会と同じく二日に分けて行われる。
一日目に予選。そして二日目に本選。
ジオと父上に聞いた所、予選はバトルロイヤルらしく、最終的に十六人を選び出すらしい。
また、武器については規定があり、予選については会場で用意された刃抜きされた剣以外は使用できない。
バトルロイヤルの関係上どうしても事故が起こりやすく、不要な怪我を減らすための処置らしい。
その代わり、本選では武器の使用については剣であれば何でも良いが、防具については少し規定があるらしい。
詳細についてはどうでも良いが、ガッチガチに防具を固める馬鹿が居るため、そのために全身鎧が禁止されている事だけは聞いてある。
いつものシトリスの装備ならば問題ないだろう…………と言いたいが、シトリスの場合は今回プロテクターないしプレート辺りの防具を用意するように伝えといた。
俺の剣術はその性質上かなり体力を消耗するため、少しでも体力を温存するためだ。
たかが数分から数十分の戦いとはいえ、シトリスはまだ子供である。
どうせ当たれば防具が有ろうが無かろうが、一撃でほぼ負けみたいなものなので、どうせならって事だ。
力押しで勝てない以上、動きに支障が出た時点でどうしようもないからな。
「やあ。久しぶり」
「うん」
待ち合わせ場所に居たシトリスへと声をかけるが、相変わらずの様で何よりだ。
前回とは違い帽子を被って髪を隠し、服もローブを纏って隠しているのでナンパもされていない。
まあ、ナンパをされないような場所を待ち合わせに選んでいるので、ある意味当然か。
「あっ、魔法大会おめでとう」
「どうも。そっちの妹も、思ってたよりも化け物でびっくりしたよ」
「天才だったからね。正直、ヴィンでも魔法で勝てるとは思わなかったわ」
確かにシトリスの前ではそこまでの魔法は使っていないので、リナリアのあれを知っているのならば、そう思っていても不思議ではない。
俺を雑魚だと侮っていたのか……なんてジョークを言いたいが、いかせんリナリアはマジでヤバかったので止めておく。
「俺もあれは驚いたからね。それと、伝言の通り準備をしておいた?」
「うん」
「なら良かった。とりあえず街の外に出て、それから人気の無い所まで走ろうか」
色々と悩んだが、時間の関係もあり、街の外で訓練する事にした。
アイテールの事だけを考えるならダンジョンが一番だが、遠くて面倒だし、金にも当分困らなくなったので、ダンジョンを選ぶ旨味が少ない。
なーに。仮にアイテールが押し掛けて来たとしても、なんやかんやこれまでどうにかなってきているので、なんとかなるだろう…………と、考えることにした。
悩んだところで結局問題やトラブルは起きるのだ。
これまでは身構えすぎていたが、もう少し行き当たりばったりな考えで良いだろう。
そんなわけで道すがら屋台で朝食を済まし、水筒を買ってから一番閑散としているらしい北門から外に出る。
閑散としているとはいえ、守衛はしっかりと居るので、出る際にはギルドカードを見せて身分の確認はしている。
見せなくても外に出る事は可能だが、その場合は身体検査や手荷物の確認作業が発生する為、見せた方が出入りが楽になる。
「それじゃあ行こうか。丁度良い感じの森が見えるし、その手前までって事で」
「うん……あれ?」
「げ」
走ろうとしたタイミングで、シトリスが城壁の方に振り返り、釣られるように同じ方向を見ると、認識阻害のフードを被った不審者が居た。
認識阻害の効果が着いたローブはかなり高価なモノであり、ついでに一般には売られていない。
犯罪で使用できるため、持ち主については十分なチェックが行われている。
よって、そんな物を持っている人間は世間的に信用があるか、余程の要人となる。
そして体型から女性だと分かるわけだが、こんな場所にこんな物を使って出町するような奴を、俺は一人しか知らない。
しかも無駄に気配を消し、魔力もほとんど感じさせない辺り、こっそりと着いてくるつもりだったのだろう。
俺が気付けないのにシトリスが気付けた理由だが、ほぼ間違いなくグランシャリオが何か言ったのだろう。
そんな感じの間があったからな。
「まさか気付かれるとは思いませんでしたね」
声を聞いたシトリスが、直ぐに警戒態勢に入るが、手で制しておく。
どうしてかなんて理由は置いておいて、既に誰だか分かっているからな。
「こんな所に何の用でしょうか?」
「……その話し方はやはり違和感がありますが、今は良いとしましょう。まずは移動しましょう。話はそれからでも」
「いや、帰ってくれても良いんだよ? それと、どうやって此処が?」
後をつけて来たならばまだ分かるが、こいつは此処で待ち構えていた。
ギルドでシトリスに残した伝言も、場所と時間についてだけであり、この北門については一言も触れていない。
謎だ……。
「細かいことは良いではありませんか。私とあなたの仲なんですから」
「個人的には犬猿の仲だと思うんだけど」
「まあまあ」
「………………えっ、聖女?」
「あら? 良く分かりましたね。ところで…………あら、もしかして……」
おや? この様子だと、アイテールは勇者の子供達の事を知らなかったのか?
一応勇者はシトリスにアイテールが旅をしている事を伝えていたとか何とかと聞いた気がするが、まさか一度も会わせていないのか?
元々心配していたが、本当にあいつは大丈夫なのか?
「あーうん。もう面倒だから良いか。取り敢えず移動しよう。人がほぼ来ないとはいえ、怪しいからね」
出会ってしまったら逃げる術もないので、言葉で帰らないなら諦めるしかない。
こうなってしまったら、アイテールを有効活用する方向で動いた方が建設的だろう。
「うーん。分かったわ」
「そうですね」
どちらも微妙な反応だが、完全に無視して走り出す。
当たり前だが、前衛型の聖女であるアイテールの体力は化け物クラスである。
なので、逃げようにも逃げられないのだ。
三十分程走り、シトリスの息が上がって来た辺りで目的地に着いたので止まる。
「さて、始める前に一応話し合いといこうか。出来れば、このまま森の方まで走っていって欲しいんだけどね」
「やれやれ、相変わらず性格が悪いですね」
そう言ってからアイテールはフードを取り、実際にアイテールを見たシトリスは固まった。
その表情は、異世界で言う宇宙猫というものによく似ていた。




