第64話:上機嫌な祖父様
しばらく馬車の中で適当に話していると、馬車がゆっくりと止まる。
「着いたようだな」
「よっこらせっ」と爺臭い事を言いながら父上は馬車から降りて、それに続いて俺達も降りる。
店は祖父様が選んだだけはあり、貴族専用の高級店だ。
過去の俺も何度か入った事があるが、貴族の店には二種類あり、社交が目的な店と、密談を目的とした店の二種類だ。
そしてこの店は後者となる。
「待っていたよ。まずは座って料理を味わおう。それと、優勝おめでとうヴィンレット」
「ありがとうございます」
案内された個室にはつまみとなる料理と、酒を飲んで顔を赤くしている祖父様と祖母様が居た。
どちらも上機嫌そうだな。
言われたままに座ると、直ぐに料理が運ばれてきたので、まずは料理を食べる。
祖父様の屋敷では海鮮がメインだが、今日は普通の肉料理も多い。
どちらも好きだが、どうも異世界の知識があるせいか、やはり魚料理の方に惹かれてしまう。
旅に出た後は、最初に港を目指すのも良いかもしれないな。
「さて、お腹も膨れたところでだが、よく優勝出来たね。これで我が家の宣伝が出来れば更に良かったのだが、あれを見た後だとどうして身分を隠して大会に出たのか理解したよ」
「私としては構わなかったんだけどね」
理由? はて?
「勇者の娘にあれ程の実力があり、それ以上の力のある子供は火種になりかねない。それも貴族となれば、間違いなく祭り上げられるだろう」
「その点平民となれば、悪い人達から手を伸ばされるけど、返り討ちにさえすれば問題ないわ。一応情報操作は既にしているから、騒動にはならないだろうけど、反響はとても大きくなると思うわ」
…………よもや、思ってたよりもヤバイことをしてしまったでござるか?
いや、あまり世間に明るい訳ではないが、たかが子供の大会だ。
昔は戦争の関係で人体実験やら薬物で強化した人間やら、魔物を融合させたキメラを使役したりと色々あったが、今の時代にそんな馬鹿は早々いないはずだ。
多分……きっと……それほどの事ではないはず。
「それにしてもあれはオリジナルの魔法かね? 聖女様も見たことがないと解説していたが?」
「はい。オリジナルとは言っても、既存の魔法をアレンジしたものになりますので、完全にオリジナルと言うわけではありませんが」
「そんなことはないわ。見る人が見れば、あの魔法がどれだけの可能性を秘めているか分かるわ。それに——手加減していたでしょ?」
オホホ笑いそうな顔で、祖母様は爆弾を投げ込んでくるが、結構本気だったんですけど…………。
魔力量的にはそりゃあ本気ではなかったが、それ以外は本気で良い感じの点数を狙いにいった。
「そんな余裕は無かったですね。もしも余裕があるのなら、水属性だけで魔法を唱えてましたよ」
水属性は被害的な意味では一番被害が出せる魔法だが、威力面では他よりも劣る面がある。
特に一点突破となるとこれがな……。
知識の中には水の効率的な使い方もあるが、あるからと言って使えるわけではない。
それに折角に属性が使えるのだし、威力を出せるならそっちを選ぶ方が合理的であり、楽だろう。
因みに火属性単体の場合は良い感じの魔法があるが、結界内に居る他の選手の安全は保障できない。
保障できないと言っても、ちょっと爆風で吹っ飛ぶくらいだが。
「あなたがそう言うならそうなのでしょうね。ところで武器はどうするのかしら?」
「出来れば関わりたくないから、貰わない気でいます。聖女様もどうやら俺の意を汲んでくれているので、心配は無用です」
「なに? 折角良い武器を貰えるというのに良いのか?」
父上が心配そうに聞いてくるが、モチのロンだ。
「祖母様から優勝したらお古の杖を貰う約束をしているから、問題ないよ」
「ほぅ、マリーゴールドがあれを譲るとはね。確かに優勝する位の実力ならば申し分ないが、少し驚きだね」
「あら、杖は使ってこそ価値があるものよ。本当は息子か娘に譲りたかったのだけど、断られちゃったから」
杖としての性能は良いが、見た目はあまり良くないからなぁ。
実用性を切り詰めた感じだし、貴族的には受けが悪かったのだろう。
一応母上が持っている杖も、無骨な物ではなく、結構煌びやかだし。
それと、母上に兄……弟の可能性もあるが、兄弟がいる事を今初めて知った。
そう言えば祖父様が先代とか言っていた様な気もするし、いないと伯爵家が続いている訳もないので、当たり前か。
「そうか……まあヴィンレットが決めたならばそれで良いが、断るならしっかりと断っておけよ」
「後で伝えておくよ。しばらくは大人しくしていた方が良いだろうしね」
まあ伝えるも何も、書類を燃やして無視する予定だけどな。
貰った書類にはどうすれば武器を貰えるのか書いてあり、書類の正当性を示すために押印もされている。
勿論譲渡不可と書かれているが、この書類の持ち主を確認する方法は名前しかなく、奪われたりすればその時点で終わる。
俺本人だと証明するには大会で使った魔法を見せるとかしかないが…………方法は幾らでもあるだろう。
ともかく、後で燃やして終わりだ。
「息子が成績を残した訳だが、君の方は大丈夫かね? 今のところ有名どころが出るとはされていないが、親として情けないところは見せられないぞ」
「やれるだけやるつもりですが、これでも全盛期からは程遠いですからね。相手次第としか」
その相手を息子が用意しているとは、父上も思わないだろう。
しかもそれが魔法大会の時と同じく、勇者の娘とはな。
シトリスには心配しかないが、俺が出来ることはもうほとんど残されていない。
やるとすれば、大会前日に実戦形式で数回戦って、慣れさせておく位だろう。
技術を身に付けさせ、今は基礎訓練をさせているが…………最後の追い込みをやるかどうかは微妙なのだ。
やっておけばパフォーマンスは上がるが、王都ではその追い込みが出来る場所がほとんどない。
人気の無いダンジョンでやるにしても、うちの領地のダンジョン程人気がないなんて事はない。
外の草原も、完全にゼロとはいかない。
なので、少なかれ人に見られることを許容しなければならないのだ。
何もないとは思うが、シトリスのトラブル体質と、アイテールと勇者が王都に居ることを考えると、とても悩ましい。
アイテールに俺の正体がバレてしまっている以上、俺とシトリスが仲間だという事に気付くのは時間の問題と見てよい。
これが領地ならば知られた所でそんなに問題にならないが、アイテールと勇者の関係が不明瞭の状況で、合わせるのはリスクが大きい。
今日話した感じでは、あまり関りが無い気もするが、ポンと勇者を呼ばれても面倒なだけだ。
祖母様の杖があれば、勇者が相手でも負ける確率は限りなくゼロでも、剣術大会の前に勇者と会うわけにはいかない。
「ステラの事もあるし、頑張ってね。父上」
「……お前まさか」
「いや、俺も優勝できるとは思わなかったし、子供じゃあまり意味がないでしょ?」
どうやら父上は俺がどうして家名を使わずに大会へ出たのか、その真意に気付いたようだ。
色々と建前を父上や祖父に伝えたが、一番はアトラゼネ男爵家の名前を広めないためだ。
子供向けの魔法大会でとはいえ、家名を使って勝てば目立ってしまい、父上の育児の手腕が伝わる事になる。
領地での功績に加え、将来有望な息子を育てたとなれば、それだけでも子爵になるに足りるかもと考えたのだ。
母上がそこまで計算していたかは知らないが、念には念をということで、名を馳せるなんて事はしないでおいた。
「……まあ、そうだな。息子の手柄でってのも親としては不甲斐ないか」
「父上ならどうせ大丈夫だろうし、ちょっとした息子のお茶目だと思っといてよ」
「全く、お前と言う奴は……」
「ハッハッハ。良いじゃないか。頑張って親子で優勝を奪って見給え。もしも優勝できたならば、そちらまでの販路を作ってやろう。そうすれば、ジオの世代でまた陞爵出来るだろう」
機嫌よく祖父様は笑い、父上は微妙そうな顔をする。
援助ではないので、派閥にも関係ないだろうが、父上としては受け入れるのも微妙なのだろう。
個人的には領地に来る商品が増えるのは良い事だが、物が増えれば人が増え、そこから問題が起こる事もある。
父上と母上はそこら辺を見極めながら領地を発展させてきたのだろうが、この祖父様の申し出がどの様な影響を与えるかは未知数だ。
一応信用出来る相手ではあるので、販売における問題は少なく済むだろうが…………まあ、父上なら何とかしてくれるだろう。
それに、優勝させる気は無いからな。
「さて、後は帰ってから話すとしよう」
「そうね。ヴィンレットには杖も渡さないといけないしね」
食事も終わり、馬車に乗って祖父様の屋敷へと帰る。
祖父様の前ではあまり感じさせていなかったが、どうやら父上のやる気が思いの外上がっている。
これは、リスクを承知でシトリスを訓練した方が良いかもしれないな……。




