第61話:優勝からの危機一髪
「地を照らす燦たる炎。遍く生命の根元足る水」
火は使わないようにしようと思っていたのに、人生とは本当に理不尽なものだ。
「焦がれ伸ばし全てを喰らい尽くす怒り。満たし流し逆らえぬ流動」
昔の俺の剣ならば、この詠唱の時間だけでこの場に居る聖女以外なら殺し尽くせる位の自信があるが、今の魔法では範囲を広げても半分が関の山だろう。
そもそも結界を破壊するのは無理だろうし。
「捻れ渦巻き慈悲と絶望をもたらす災禍となり、魂をも灰塵と成す天理の鉄槌を下せ――ニュークリア・アクエリアススフィア」
放たれるのは小さな火と水の球体。
その二つは魔導具の目の前でぶつかり大きな音を立てながら爆発を起こし、ギリギリ結界を壊すことなく、会場内に衝撃が走る。
出来れば結界が壊れ、衝撃が逃げてくれるとありがたかったのだが、そう上手い具合に事は運ばないか。
少々煙たいが、おそらく点数は大丈夫だろう。
「こ、これは……」
「見た目とは裏腹に、とても威力のある魔法でしたね。これまで見たことはないので、とても興味深いです」
この魔法は、異世界の知識を元に作ったものであり、殺傷能力が物凄く高いため、早々使わないだろうと思っていたものだ。
俺も爆風で吹き飛びそうになる位だし。
元となったのは件のミストボムだが、その威力はちょっとヤベーって感じにまで膨れ上がっている。
これでも調整をしたが、全力で唱えればこの会場を吹き飛ばせるだろう…………まあ、まだ魔力が足りないので、先程考えた通り半分くらいが関の山なのだが。
「あまりの驚きに会場からの声援も止まってしまいましたが、気になる点数はいくつなのか、早く表示されてほしいですね」
「一応ですが、今の魔法は不正とかではなく、ヴィンレット選手本人の魔法だと私が証明しておきます」
魔法名にニュークリアと入ってはいるが、名前的な響きが良いので入れているだけで、核や放射線とは全く関係無い。
いや、完全に無関係って訳ではないが、俺の今の魔法の威力は水素爆発で収まる程度だ。
化学式がなんちゃらヘリウムとか呼ばれているものがなんちゃらと、異世界では洒落にならないものがあるのだが、そこまでの再現には至っていない…………主に魔力が足りない的な意味で。
まあ都市を一つ吹き飛ばす火力が欲しくなることなんてないので、これ以上この魔法を発展させるつもりはないのだがな。
「点数は――なんと! 925.87点です!」
「合計しますと、リナリア選手が1471.85点。ヴィンレット選手が1577.84点となります」
「よって優勝はヴィンレット選手になります! 皆さま盛大な拍手をお願いします!」
盛大な拍手よりも絶望の叫びが多いが沢山の人がリナリアに賭けてくれたおかげで、俺の懐は物凄く潤うことになる。
正直高笑いしてやりたいが、下手に反感を買うと大変な事になるので、軽く手を振っておく程度に留める。
一体いくらになっているか、今から楽しみだ。
「えー、それでは表彰式と行きたいのですが、会場の修復と準備のため、三十分程お待ち下さい。また優勝者でありヴィンレット選手は待機室には戻らず、係員の指示に従って下さい」
折角なのでジェミニにドヤ顔の一つでも見せたかったのだが、こればかりは仕方ないか。
そんな訳で係員に呼ばれてついて行くと、待っているようにと部屋に案内された。
何故か係員はドアを開けることなく、案内だけして去って行ってしまったが、平民相手ならこんなもんか。
さて、時間まで結構あるし、ひと眠りしよう…………なんて思いながら開けたドアを、俺は直ぐに閉めた。
「いきなり閉めるなんて酷いじゃありませんか」
……いや、閉めようとした所で、中に居た人物が足を挟んできたせいで閉められなかった。
「すみません。係員が間違えたみたいなので、これで失礼します」
「いえ、此処で会っていますよ。優勝者と話をしたいと先日お願いしましたので」
今日ではなくて先日という事は、俺でなくてもって捉えれば良いのか、それとも俺が勝つだろうと予想していたのか……。
まだ慌てるような時間ではないと冷静を装いたいが、このまま後ろを向いて逃げ出したい。
逃げ出したところで捕まるだろうけど。
「だとしても、聖女様と部屋を共にするのは恐れ多く、私にはとてもとても……」
「そうですか……それでは仕方ないですが、優勝は取り消さないといけませんね」
聖女はとても残念とでも言いたげにため息を吐き、足を退けようとする。
ぐ……ぬぬ……出来れば話すらあまりしたくないが、金と杖のためには仕方ない。
「いえ、聖女様が許可していただけるのでしたら、し失礼させていただこうかと」
「それは良かったです。お茶の用意もしてありますので、どうぞ」
仕方なく部屋へと入り、真ん中に置かれているソファーへと座る。
テーブルの上には湯気が上がっている紅茶が置かれ、紅茶の匂いがほんのりと漂っている。
ついでに茶菓子が置かれているが、それはちょっとだけ思い出の物であり、こいつが俺の正体に気付いているのはほぼ確定だろうと認識した。
シトリスが近くに居るならばともかく、どうして気付けたのが全く分からない。
流石にまだ確信したわけではないだろうが、先程の言葉を信じるならば、聖女は俺を殺す気は無い…………はずだ。
それに、こいつはやるなら言葉より先に手が出る。
ならば、とりあえず会話に応じても大丈夫……だと思いたい。
三十分が三秒で過ぎてくれないだろうか?
「それでは改めて、優勝おめでとうございます。あの勇者の娘を抑えて優勝できるとは誰も覆思っていなかったでしょう」
「ありがとうございます」
「色々と聞きたい事はありますが、早速本題に入りたいかと思います——ケイエス・ポーター」
……ドンピシャで俺の本名を呼ぶ辺り、確信しているんだろうな……どうして?
いや、まだ認めるのは早計だ。
諦めない限り、試合は終わらないのだからな。
「名前が違うようですが?」
「どうやら私がなんのハーフなのか忘れているみたいですねぇ」
いや、ハーフなのは覚えているんだが、流石になんのハーフだったかなんて覚えていない。
確か一度しか教えて貰っていないし、どうやら賢者と同じく正体を誤魔化している的な事を言っていた気がする。
いや、賢者の方は何も言ってなかったけど。
後、最後の語尾を妙にねっとりとさせるのは止めてくれません?
「私は天使族と人間のハーフになります。そして、天使族は種族柄生物の魂を見る事が出来るのです。一般人ならばともかく、あれ程熱い戦いをした方を見間違うと? それと、口調が気持ち悪いので元に戻してください」
ああ、天使族か。確か本にもそんな記載がされていた気がするな。
ただ、そうなるとこの身体は俺が完全に乗っ取っているって事か。
俺自身の考察は一旦置いとくとして、まずは事実確認を行おう。
「あー、違うって言っても信じて貰えないですか?」
「これ以上しらばっくれるのでしたら……分かりますね?」
あっ、これはあかんやつだ。
「ったく、どうしてバレるかねぇ。でっ、何の用だ?」
「久しぶりなので親睦を深めたい……と言うのもありますが、随分と様変わりしましたね」
「生まれが変われば、人なんて外も中も変わるもんだろ? まっ、俺のあったかもしれない可能性とでも思っておけ」
生まれ変わってから意識して直しているが、俺はスラム生まれなだけあり、物凄く口が悪い。
聖女……慣れないし、アイテールで良いか。
「その顔でその口調ですと、思ってよりも違和感がありますね……」
「喧嘩売ってんのか?」
「いえ。しかし、こうして再会できるとは、夢にも思いませんでした」
「俺もだよ。会場でテメーの顔を見た時は、思わず腹が痛んだよ。んで、一体何なんだ? 既に死んだ人間に」
「そうですね…………あなたは、あの戦いをどう思いましたか?」
どう思いましたかと聞かれても、なるべくしてなった結果だろう。
殺された俺が言うのもなんだが、俺はやり過ぎてしまったのだ。
戦争という戦争に参加し、どの勢力にも分け隔てなく加担した。
敵が味方になり味方が敵になる。
あの時代では珍しくない事だが、雑兵ならともかく、俺は戦力としては上の上だった。
敵になるくらいなら、殺した方が後々得になる。
そう考えるのはある意味自然だろう。
俺もその事には気付いていたが、そう簡単に負けるつもりはなかった。
だが…………実質世界対俺では、流石に分が悪かった。
せめてナナホシだけじゃなく、魔剣か聖剣があれば、四英雄は三人か二人に出来たんだがな……。




