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ロストワーカー~騙された傭兵はヒモ生活を夢に見る~  作者: ココア


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第56話:魔杖ヘカントケイル

 聖女に驚き、リナリアを観察している内に開会式は終わり、お待ちかねのトーナメント表の発表となる。


 この表によっては観客席は阿鼻叫喚となるだろうが…………はてさて。


「それではトーナメント表の発表になります」


 会場の壁に掛けられていた大きな布が外され、トーナメント表が露になる。


 リナリアは……一番最初か。


 観客の熱気を下げないようにするには、最初が一番か。


 そして俺は一番最後なので、リナリアに当たるとすれば一番最後となる。


 予想した通りなので驚く事は無いが、リナリアの対戦相手がほんの少しだけ気篝だ。


 まさかジェミニになるとは思わなかった。


 成績を残したいジェミニにとって、最悪の相手だろう。


 シトリスが言っていたが、才能の面で言えば勇者の娘と呼ばれるだけあり、あのヤバイ祖母様が一応訓練をつけていた位だ。


 俺よりは下かもしれないが、ジェミニより上なのも確かだろう。


 何よりも武器の性能差を覆すのは不可能だ。


 ジェミニの持っている杖が魔力プラス五とするならば、リナリアのヘカントケイルは魔力プラス二十はある。


 ついでに追加能力も満載だ。


 まあ武器については思う事もあるが、とやかく言うつもりは全く無い。


 それを手に入れられるだけの、財力ないし権力も武器なのだ。


 それを用意出来なかったジェミニが弱いだけなのだ。


 さて、対戦内容だが、対戦ごとにクジ引きで決まる。


 また、このまま此処に残って対戦を見るのも、控室に戻るのも選手の自由だ。


 ただ試合の内容次第では、流れ弾に注意する必要があるがな。


 観客席と会場の間は結界が張られているので問題ないが、会場内では普通に魔法が飛ぶ。


 来賓も観客席にある特別席へ移動するので、会場内に居れば危険が伴う。


 なので、俺は控室へ籠る事にした。


 戦術的観点で言えば、クジの内容を知るために対戦を見ていた方が良いのかもしれないが、聖女の目が怖いので会場から逃げたかったのだ。


 一応控え室にある小窓から会場が少し見えるので、完全に情報を得られなく分けでもない。


 また、周りから見れば聖女の顔の向きは自然な感じだろうが、目だけはずっと俺の方を追っているのだ。


 考えを纏めるのも合わせ、聖女の目が無い所に引っ込むのは自然な流れだろう。


 携帯電話とかがあれば、シトリスに確認を取れるが、生憎そこまで便利な物は無い。


 似ている物で通信水晶と呼ばれるものは有るが、携帯電話ほどの便利性はない。


 落ち着くために一眠りといきたいが、対戦はそう長いものでもないので、四試合目だとしても一時間も経たずに始まる。


 あの聖女の様子では何かを仕掛けてきそうだし、少し聖女の事を思い出しておくとするか。


 今は聖女と呼ばれているアイテールとの出会いは、酒場で売られた喧嘩を買い、相手を倒した後の事だった。


 俺の喧嘩は賭け事として扱われ、当時まだ無名であった俺のオッズは高かったらしい。


 そして賭けに勝ったホクホク顔のアイテールが、俺に話し掛けてきたのが出会いだった。


 その時はただのシスターであり、賭けに勝ったからと飯を奢って貰ってから別れた。


 それからしばらくして護衛の指名依頼を貰い、腐れ縁として俺が死ぬまで続いた。


 そこに至るまで色々とあったが、出会った当時から見た目はあまり変わっていないのと、手が色々な意味で早い女性であった。


 聖職者なだけあり、基本的に優しいのだが、とにかく手が出るのだ。


 殺しはしないが、中には男の玉を潰されたり、骨を折ったりなんて事も平然とする。


 そして回復魔法も得意なため、終わった後はしっかりと治し、ついでにお布施を要求する。


 聖職者というよりは詐欺師みたいな奴だが、人格者でもあった。


 そう言えば、極稀に街を歩いてたりすると、まるで俺の場所が分かっていたかのように接触してくる事があったな。

 

 もしかしてだが、何かしら個人を特定する魔法を持っているのか?


 いや、それならば俺が俺だと知られる事は無いはずだ。


 今の俺はヴィンレットであり、全てが変わっている。


 グランシャリオみたいなチート野郎……武器でもなければ、前世を知る方法は無いはずだ。


 ………………分からん。単純に俺が力を隠している事を知られただけか?


「あっ」

「どうやら負けたみたいだね」


 うんうん唸っていると、落ち込んだジェミニが戻ってきた。


 やはり勝てなかったのだろう。


 選手についてだが、負けたとしても大会が終わるまでは帰ることが出来なかったりする。


 安全を考慮してが一番の理由だろうが、負けた後も勝った選手と同じ場所で待たせられるのは、中々酷い。


 それでも賭けに負けた馬鹿が、自棄糞で選手を殺しに来るなんて事もあるので、命を守るためなら仕方ない。


 貴族はそんなことないだろうが、平民位と考える馬鹿はどこにでも居るし。


「…………分かってたけど、強かったわ」

「相手はあの勇者の娘だし、杖も魔杖だからね。下手すれば大人だって勝てない可能性がある」

「――ッ!」


 驚きの表情を浮かべ、ジェミニは僅かに後ずさる。


 俺が離した内容はただの平民ならば知り得ない情報であり、だからと言って貴族の全員が知っている情報ではない。


 一応事前情報として、勇者の娘が出る事は大きく報じられていたが、見た目を知っているのは貴族位だ。


 だが、会場に出れば観客席からの声であれが勇者の娘だとはすぐ分かるが、杖についてはそう分かるものではない。


 魔杖ヘカントケイルは現存する魔杖の中ではあまり有名ではなく、また能力は魔杖と呼ぶに相応しくはあるが、ランクは高くない。


 それでも子供が持つにはあまりにもチートなのだが、あれを持っていたとしても俺が負ける事は無い。


 対戦の内容にもよるが、いざとなれば精霊魔法という裏技もある。


 いかにリナリアの装備品が優れていても、俺はレベルを上げて物理で殴るので問題ないのだ。


「あの杖が何なのか知ってるの?」

「偶然だけどね。多分だけど、会場に居る一割位は知っているかもね。まあ、武器以前に担い手の問題もあるけど」

「……そう……ね。あの子は肩書にまけない強さを持っていたわ。もしも同じ条件だったとしても、多分勝てなかった……」

「貴族と平民じゃ環境からして違うからね。とりあえずお疲れ様」

「……」


 おっと、少々失言をしたせいか、ジェミニが強く手を握ってしまったな。


 ここで声を荒げず、自分の中で耐えられるのは好感が持てる。


 内容は見ていないが、ジェミニなりに頑張ったのだろう…………が、そうだな。少し恩を売っておくか。


 ジェミニがどう育つか分からないが、種は蒔かなければ芽吹かず、水をやらなければ木にならない。


 水に関しては雨が降れば俺が手を出さなくても大丈夫だが、全てを自然に委ねては枯れる可能性もある。


「――あなたは勝てるの? 予選での成績は負けていたけど」

「勝てるね。平民が勝つのは問題があるかもしれないけど、わけあって優勝しないといけないからね」

「…………あなた本当に平民なのよね?」

「俺が貴族なら、こっちの控室には来ないよ。間違いなくここよりも豪華だろうしね」


 俺の前世は平民なので、一応嘘ではないし、明言はしていないのでどう捉えられて問題ない。


 まあ、貴族側の控室に行きたいってのは嘘だけど。


 俺に貴族の煌びやかな装飾品や調度品は合わない。


 貴族としては最低限の見栄も必要なのだろうが、俺的には機能美を追及している物の方が好ましい。


 まあ杖に関しては能力を追求していくと、どうしてとゴテゴテしてしまう。


 なんなら剣だって同じだ。


 グランシャリオも魔力を流して星を光らせると、それはもうすんごく光る。


「まあ勝算はちゃんとあるから、とりあえず一回戦を見といてよ」

「そこまで言うなら、しっかりと見届けて上げるわ。そのかわり、負けたらその顔を殴るからね」


 そこは叩くとか頭に拳骨だと思うのだが、流石に顔にグーパンは少女だからと許せるものではない。


「ヴィンレット選手。時間なのでお願いします」

「おっと、呼ばれたみたいだし行ってくるとするよ」

「私も見に行くわ」


 さてさて、予選とは違い下手に手を抜いて微妙な点数を狙う必要はない。


 かといってやり過ぎても駄目だが、ジェミニに勝つと言った手前、そこそこ頑張るとしよう。


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