第55話:たった一つの失言が、何百もの悪意を引き寄せる
「……ええ、昨日振りね」
間が空いたものの、とりあえず挨拶は返してくれた。
控え室は、飲み物や軽食が用意されており、長時間居ても苦にならないようになっている。
広さはかなりあり、二人では持て余す程だが、貴族側はもっと広いのだろう。
後は時間まで待つだけなので、置いてあるソファーに座る。
中々フカフカだが、祖父様の家にあるやつよりは微妙だな。
さて、一眠り……「ねえ」……出来なさそうだな。
「何かな? 一応対戦相手になるかも知れない相手に」
「昨日教えて貰った練習方法だけど、あなたはいくつで出来るの?」
「残念なから教えられないね。帰ってから練習してみた?」
「ええ」
ふむふむ。ならば納得だな。
昨日ジェミニの前で、軽く三つでお手玉したが、初心者では到底同じことは出来ない。
属性が変わったとしても、それは同じことだ。
どれだけの数でお手玉を出来るかを知ることが出来れば、それだけで力量を知ることが出来る。
お手玉だけが全てではないが、目安としては十分だ。
まあ断っておいてなんだが、別に見せたところで全く問題ないんだけどな。
「やることは簡単だけど、それでいてとても難しい……私ではボロボロの状態で二つが限界だったわ」
「そう簡単に出来たら訓練にならないからね。この訓練はどこでも出来て、数を増やせば魔力を増やす訓練にも応用出来る優れものだよ」
「それは分かっているわ。この方法を教えてくれた事に関しては、本当に感謝してるわ」
なにやら刺を含む言い方だが、練習したからこそ、俺との差を思い知ったのだろう。
今は片手間に出来る程度まで慣れたが、最初の頃は物凄い集中をしなければ、正確なお手玉は出来なかった。
「それにしては、何か気になることがある様に見えるけど?」
おっと、シトリスを相手にする感じで、少し煽るような言葉が出てしまったな。
「……あなた、本当に平民なの?」
「見ての通りとしか言えないかな。けど、俺みたいなのが貴族に見える?」
「見えないわね」
それはもう綺麗に真顔でバッサリと断言されてしまった。
そうだね。俺もそう思うけど、これでも貴族なんだ。
ここでジェミニにそっちはどうなのかと聞き返しても良いが、確固たる証拠が無い状況で難癖を着けるのはよろしくない。
貴族の少女ともなれば、基本的な花よ蝶よと育てられ、指を見れば平民か貴族なのか判別することが出来る。
しかし、ジェミニの指はしっかりと訓練か土いじりをしてきた指だ。
筆とティーカップだけしか持ち上げられず、傲慢を振り撒く貴族のものではない。
生きるためか、訓練のためか分からないが、ジェミニが口先だけではないのは確かだろう。
「でしょ? 将来的には貴族を目指したいとは思っているけど、そのためにはお金とコネが必要になるからね。そのために大会に参加したってわけ。そっちは?」
「ただの力試しよ。学園に入学をする時に実績があれば、それだけで過ごしやすくなるはずだわ」
世間一般的な理由だが、ここで一言も平民だとも貴族だとも言わない所が
貴族らしい。
たった一つの失言が、何百もの悪意を引き寄せるなんて事もあるのだからな。
人とは奇妙なモノで、感情と理性が別の行動を齎す。
そしてその天秤は人によって重さが変わり、理性でしか動けない人間が居れば、感情でしか動けない人間もいる。
なので、コミュニケーションとはとても大事にしなければならない。
「努力家ってやつか。もしも貴族の友達が出来たら、俺に教えてね」
「あなたが立派な商人になっていたら考えるわ。まあ、逆に私からお願いする事もあるかもしれないけど」
「この奇縁に免じて、格安であげるよ。一応ギルドに登録しているから、俺当てに依頼を出せば届くよ」
「覚えておくわ」
ジェミニが俺当てに手紙を出せば、その時に俺が貴族だとバレるだろうが、その時はジェミニも俺に貴族だと知られることになる。
中々愉快な状況になるだろう。
「ところで、折角色々と用意されているけど、食べないの?」
「その言葉だけど、そのまま返しても?」
軽食や飲み物。果ては甘味ものまで揃っているが、元冒険者として食べるわけにはいかない。
誰が用意したか分からない食べもなんて、毒と変わらないのだからな。
昔ならスラム生活が長かったのと、知り合いに毒へ耐性の作り方を教えて貰ったので、即死毒以外なら大抵どうにかなったが、今の身体で毒は文字通り毒となる。
なので、どれだけ美味しそうなものであったとしても、食べる気はない。
仮にだが、魔法ではなく剣術の方ならまだ食っても良かったが、もしも毒が神経や魔力に干渉する物だった場合、流石の俺とて優勝出来るか分からなくなる。
「お腹が空いてないだけ……って言っても信じ無さそうね」
「そっちから聞いてきたわけだけど、俺の場合は親に知らない人の物は食べるなって言われているだけだよ」
「良い親ね。その教えはこれからも守った方が良いわ」
またもや明確な理由を話すことなく、はぐらかされる。
あまりにもあからさまだが、ここは大人として分かってないふりをしておこう。
下に見られている方が、基本的に都合が良いからな。
そんな会話をしていると、扉が開かれて人が入ってきた。
「時間となりましたので、会場への移動をしますので着いてきて下さい」
入ってきたのは大会の係員であり、言われた通りにジェミニと一緒に後に着いていく。
会場へと続く通路を歩いている時点で観客たちの声が聞こえ、見なくても満員御礼となっているのだろうと予想が出来る。
暗い通路を抜け、会場に出ると大きな舞台が見え、少し離れた入り口から残りの六人がやってくるのが見えた。
俺やジェミニとは違い、服装からして違うな。
俺はだぼったいローブで、ジェミニはケープを纏っているが、後はどこにでも居そうな平民って感じだ。
まあジェミニの顔は整っているので、近くで見れば貴族だと疑われそうだがな。
しかし、全員持っている杖は長杖か。
ジェミニが持っているものよりも煌びやかだが、その分性能も高いのだろう。
大会の目的を思えば長杖が一番なのかも知れないが、これでは悪目立ちしてしまう。
いっそのこと、適当な木材を杖っぽくして持ってくれば良かったか?
「皆様お待たせしました。これより、第五十三回レイアシス魔法大会本戦を開始します。まずは……」
司会が開幕の宣言をし、数人の来賓が挨拶をする。
全員が全員名の知れた貴族であり………………なんで聖女が居るんですかね?
しかも間違いなく俺の方を見ている。
シトリスが情報を漏らしたとは考えられないし、かと言って過去の俺と今の俺を関連付けられる要素は一つとしてない。
仮に魔法大会を見に来ていたとしても、俺の成績は良ではあっても優ではない。
決して目を付けられるような状況ではないはずだ。
それにしても、あれから十年以上経っているというのに、全く姿が変わらないな。
聞いたような記憶はあるのだが、一体なんのハーフだったかさっぱり思い出せない。
まあ聖女については向こうからの接触がない限り、無視を決め込むとしよう。
聖女と言う肩書はかなり大きなものであり、選手のほとんども尊敬の眼差しを向けている。
司会か来賓の紹介として聖女の軽い紹介と逸話を話すが、その制御は癒す事よりも殴る事の得意な事を知っているのは、この場に何人いるのだろうか?
隠しているのかは知らないが、もしも知っていればこれだけの尊敬を集める事はないだろう。
しかし、居ると思われた勇者が居ないのは少し驚いたな。
娘が出るという事で、ただの客として参加しているのだろうか?
流石に探す気はないが…………あれがシトリスの妹――リナリアか。
パッと見は清楚なお嬢様に見えなくもないが、気が強そうだな。
服装は落ち着いた色合いのドレスローブであり、見た目的にはそこまで目立っていないものの、持っている杖は俺でも知っている業物――魔杖だ。
その名は魔杖ヘカントケイル。
性能を詳しく知っているわけではないが、複数の魔法を使うのに長けていると聞いたことがある。
十を少しばかり越えた小娘が使うには、あまりにも勿体ない杖としか思えない。
それだけの才能があるのならばともかく、あの第三予選で満点をとれないようでは、まだまだ尻の青いガキだ。




