第48話:聖女の影
教会の中に入り、周りの話に耳を傾ける。
話のほとんどは今度行われる魔法大会のものが多いが、領地の情勢や他愛のないものが入り乱れている。
遠く離れている場所と話す形態やパソコンといったモノが無い以上、旅をしている人間の情報は中々集まらないか。
礼拝堂にある椅子へと座り、女神像を見る。
なんとなく嫌な気分になるが、殺人者と教会なんて相容れるものではないので、そんなものだろう。
「やっぱり凄いね」
「元々国を作れるくらいの勢力だったけど、今では他国でこんな大きな教会を作れるくらいだからね。個人的にはあれだけど」
「あはは……」
適当にアシエテンタ教の祈り方で形だけの祈りを捧げる。
「…………どうやら聖女は王都に向かっているらしい」
「その聖女とはアイテール様ですか?」
「若い世代ならばともかく、我々の様な存在が聖女と呼ぶのはあの方だけですよ」
「そうですか。しかし、何故王都に? 跡地で祈りを捧げていると聞いていたのですが?」
「なんでも神託が降ったらしい」
「それはまた……」
…………偶然聞こえてきた会話だが、何故か背筋に冷たいものが走った。
聖女が王都に来る。俺としてはありがたい事だが、これを偶然と片づけてしまって良いのだろうか?
いや、あいつに限ってそんな事は有り得ない。
それに、あいつの神託が本物って事は、俺が身をもって知っている。
どんな神託か知らないが、俺と関りが無い事を祈る…………いや、祈った所で意味は無いか。
「そろそろ出ようか。日か沈む前には帰らないといけないからね」
「うん。次会うのはいつにするの?」
「魔法大会が終わった後かな。詳細はギルドを通して連絡するよ。無い事を祈るけど、もしも手に負えない問題が起きたら、貴族街にあるレストレンジ家へ連絡を入れて」
「…………どうやって?」
それ位直ぐに分かるもんだと思うが……いや、気にしないでおこう。
「ギルドに郵便サービスがあるから、それを使って。俺宛てに出せば届くと思うから」
「分かったわ」
先程の噂話をしている信徒の横を通り、ギリギリまで話を聞いてから教会を出る。
教会の前でシトリスと別れ、ふと一言伝えておいた方が良い事を思い出したが、既にシトリスの姿は道へと消えてしまっていた。
確率で言えば低いが、聖女が勇者とその娘であるシトリスと、もう一人に会いに行く可能性がある。
勇者の伝え方次第では、シトリスが連れ戻されるなんて事態も起こり得る。
いつ帰ってくるか分からないが、噂が立つ位だから、一ヵ月とか二ヶ月とか先ではなく、もっと近日だ。
シトリスが大会の前から事件に巻き込まれるのは困るので、聖女対策を教えておこうと思ったが……後でシトリスの泊まっている宿屋の部屋に手紙でも置いておこう。
これがシトリス以外の誰かならばそこまで心配しないのだが、シトリスはとにもかくにも騒動を引き寄せる体質だ。
準備をしておいて損はない。
「お帰りなさい。随分と遊んでいた様ね」
「ただいま帰りました。運動を兼ねて少し動いただけです」
屋敷に戻ってくると、祖母様が出迎えてくれた。
その顔は笑顔だが、言葉にほんのりと棘がある。
祖母様は護衛を撒いてまでなにやってるのよと俺を叱り、俺は付いてこられない護衛が悪いと言った。
少し大人げない対応だが、午前中の訓練についてのちょっとした意趣返しである。
「そうなのね。杖は買えたのかしら?」
「はい。安くて丁度良いのがあったので、その場で買いました」
「それは良かったわ。見せて貰っても良いかしら?」
うーむ。見せるのは構わないが、何か細工をされそうで怖そうなんだよな。
剣の細工なら直ぐに気付けるが、魔法的な細工に気付ける自信はあまりない。
だからと言って断った時に理由を尋ねられるのも面倒だし、貸してしまうか。
「良いですよ。これです」
「短杖ね……結構しっかりしているし、見目も悪くないは。けど…………特化型なのね」
「火属性の魔法は使う気が無いからね。水特化でも大丈夫だよ。なんなら、杖が無くてもそれなりに使えるから、問題ないけどね」
将来は分からないが、今の予定ではメインウェポンとして祖母様の杖が手に入る予定である。
「問題ないなら良いけど、よくこんなのが見つかったわね」
「オーダーメイドで作ったのに、売れなかったものらしいよ。おかげで結構安く買えて良かったよ」
「それは良かったわ。けど、ちゃんと杖に魔力を馴染ませておくのよ」
「分かっていますよ」
適当に使うなら良いが、それなりに使うならば自分の魔力を杖に馴染ませておいた方が、性能が上がる。
魔力を馴染ませると、他人が使い難くなったり、売る時に価値が下がったりするが、個人的にはやっておいて損はないと思う。
一応杖に馴染ませた魔力は時間経過で抜けていくので、時間が経てば売値も変わるが、杖なんてのは消耗品だ。
壊れるまで使うのが基本であり、市場で中古が出回る事はあんまりない。
俺は売ろうと思っているけど。
優勝して祖母様の杖が手に入ったらだが、特化型の杖なんて…………あっ、ステラにでもあげるか。
無属性は杖なしでやれば問題ないし、ステラなら上手くやれるだろう。
仮に使わなかったとしても、短杖なら予備として持っていても嵩張らないし、邪魔にはならないだろう。
「夕飯は後一時間位後になるけど、訓練をするなら中庭が使えるわよ」
「汚れたままなのも嫌なので、シャワーを浴びて部屋で休んでいようと思います」
「……そう。時間になったらメイドを向かわせるから、寝ないようにね」
少しだけ残念そうな祖母様だが、午前中にあれだけやっておいてまだ足りないのだろうか?
それとも、孫と遊び足りないって感じか?
元気なのは良いが、年相応に落ち着いてほしい。
祖母様から逃げるようにして、部屋へと向かう。
散らかしたわけではないが、部屋は綺麗に整えられており、使ったバスタオルとかも新しくなっている。
貴族としてはこれくらいはスタンダードなのだろうが、やはり慣れないな。
何かやましいものを隠していたりするわけではないが、探られている感じがするので、母上の教育方針は俺に合っている。
「あっ、兄さんも戻ってきたんだ」
「やあ、ジオは父上と訓練を?」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、丁度ジオが戻ってきた。
見るからに疲れているので、俺とは違い午後も訓練をしていたのだろう。
「うん。最後の方はお父さん達が戦うのを見ているだけだったけど、余波で吹き飛ばされちゃって」
「あー、孫の前でカッコつけたいのと、息子の前でカッコつけたいからってやりすぎた感じ?」
「うん。凄かったけど、ちょっとね……」
ジオが言葉を濁すくらいだし、結構な惨状になっていそいそうだな。
土魔法で地面を直す事は出来るだろうが、人を吹き飛ばす程の威力か…………今頃一緒に祖母様に怒られていそうだな。
「父上クラスになると、下手な魔法よりも威力があるだろうからね。シャワーでも浴びてきたら?」
「そうするよ。もうすぐ夕飯って言ってたしね……あれ? 兄さん杖を買ってきたの?」
浴室に向かおうとしたジオだが、俺が机の上に置いといた杖を見て足を止める。
「杖無しでも良いけど、流石に貴族としての見栄が悪いからね」
「それはそうだけど、杖が無くても勝てたりするの?」
「祖母様は杖がなくても、今回の優勝候補には勝てるって言ってたね」
「流石兄さんと言った方が良いのか、少し迷うね……」
先程と同じ苦笑いを浮かべ、ジオはシャワーを浴びに行った。
さて、あまり時間はないが…………ジオが出てくるまで、杖を使った精霊魔法の練習でもしておくか。
親和性はそこそこなので、多分問題なく発動してくれるはずだ。
「水よ。円となりて」
精霊眼を発動し、しっかりと精霊が集まっているのを確認してから、水の輪っかを作り出す。
あまり変化はないが、若干……少しだけ……多少だが、発動が楽になった感覚がある。
異世界で言うならば、なんとかのタネを一個食べたくらいの差だ。
大きくはないが、一応理解出来る程度の誤差だろう。
輪っかを真ん中で捻じり、そこから二つに分割してもらう。
それを繰り返し、徐々に輪っかのサイズは小さくなっていき、最後に魔力へと還元して処理をする。
大会では多分使う事はないが、精霊魔法と通常の魔法を上手く複合させて使えば、上級から最上級の下位位は威力が出せるかもな。
「ふぅ、さっぱりした。落ち着いたからなのか、身体中が痛いよ……」
「明日は軽くだけにして、ゆっくりと休んだ方が良いかもね。まだまだ先は長いんだし」
シャワーから戻ってきたジオは、身体を労わる様に歩き、空いている椅子へと座った。
ポーションを使えば直ぐに良くなるが、それだと筋肉を鍛える事が出来ないので、自然に治るのを待つしかない。
うちの領地とは違い、ここでは祖父様だけではなく、様々な人と訓練が出来る。
将来的にジオの糧となるだろう。
そして軽くジオと雑談をしていると、例のサイドテールのメイドが部屋にやって来た。




