第45話:私のせいじゃないもん
「妹ね……姉妹揃って俺がボコボコにする事になると思わなかったよ。妹の方とは直接って訳じゃないけど…………そう言えば名前って聞いたっけ?」
「リナリア見た目は私と一緒だけど、金髪で赤目よ」
銀髪青目のシトリスとは真逆と言う訳か。
面白い。
「双子なのに真逆とは面白いね。しかし、娘の一人が行方不明なのに、普通に出てくるもんかね? 俺の知る勇者はそこまで薄情じゃない気がするけど?」
「……お父さんは甘いし、お母さんに言い寄られれば、多分逆らえない」
「…………人は変わるものだねぇ」
苦い感情を、苦いコーヒーで流し込む。
本人に会って見ない事にはあまり言えないが、十年と言う年月は俺の知る勇者を変えてしまったらしい。
立場か。妻か。それとも娘か。
勇者は生き残った四人の中で、一番人間らしい人間だ。
聖女は唯我独尊だし、賢者は捻くれたハイエルフで、剣聖は秩序そのものだ。
あの三人が変わるとは思わないが、勇者ならばまだ理解が出来る。
俺がスラムのガキから、戦場で武勇を立てる様になるまでが大体十年だったしな。
あまり人の人生に文句を言いたくはないが、あまりにも不甲斐ないようなら、少し強行手段に出るのも考えないといけないな。
娘とはいえ俺の愛剣を娘に盗まれ、その状況を良しとしているきらいもあるしな。
後でシトリスと戦わせる予定だが、旧友として不甲斐ないならば尻を叩いてやろう。
その前に娘の尻を叩くわけだが。
「ヴィンは昔と変わったの?」
「それに聞いた方が早いと思うけど、かなり変わったね。人間はろくでもないって学んだし、昔みたいに戦いこそが生き甲斐って感じじゃなくなったからね。それに、変わらなければシトリスの面倒なんて見てないよ」
言ってはなんだが、俺はそれなりに手が早い方だった。
因みに手が速いのは下の話ではなく、剣を抜く方である。
これは剣で話せば分かり合えるって意味ではなく、話すのも無駄だし殺してしまおうってやつだ。
今でこそ転生し、異世界の知識や勉強によって手に入れた知識により普通の倫理観を持っているが、スラムに生まれ、弱肉強食世界で育った俺の倫理観は最悪だった。
言ってはなんだが、力こそ正義の世界観だったからな。
犯罪もバレなければ問題無いと思っていたし、何なら犯罪と言う概念を知ったのも結構後だ。
それでもたまに剣とかの面倒を見たりしたことはあったが、今みたいに手取り足取り教えているのは、俺が変わったからだろう。
歳を取ると穏やかになると賢者が言っていたが、おそらくその現象に近いと思う。
「…………そうみたいだね」
「昔はかなり殺伐としていたからね。下手に見過ごしても禍根しか残さないし、依頼主が死ねば金は貰えないしね。ギルド経由の依頼なら大丈夫だけど、個人依頼は特に気を付けた方が良いよ」
まあギルドの依頼だからって信用し過ぎれば裏切られて殺されるし、知り合いだからと聖女から個人依頼を受ければ、国の存亡に関わる事になったりと大変な目に遭うのだがな。
その点剣聖は良かった。
基本的に騙す事は無いし、話も簡潔で分かりやすい。
少々硬いが、命令には絶対に従うので、依頼では不安要素が無くて楽だった。
とりあえず総じて言える事だが、人間ってのは糞だって事だろう。
俺も人の事は言えないけど。
「……結構やらかしているみたいだけど?」
「人間だからね。やられたらやり返すのさ」
またいらん事を伝えているようだが、今度嫌がらせに、刀身に落書きでもしてやろうか?
もしくは錆びない事を良い事に、水か油にでも漬けるか?
「俺の事はおいといて、念のためシトリスの方は変装と偽名を作っておいてね。剣については仕方ないけど、勇者が当日会場に行かないように、こっちで頑張ってみるよ」
「大丈夫なの?」
「やりようは幾らでもあるしね。父上を使っても良いし、俺が闇討ちしても良いだろうし。ちょっとしたゲリラ戦なら俺の方が有利だからね」
スラム暮らしで得た特技だが、弱者としての戦い方も慣れている。
まあそんな事をしなくても軽く過去の事を掘り返せば、俺を無視できなくなる。
無論勇者が剣術大会の会場に行く場合の方法のため、何も行動を起さなかったら問題ない。
「そう言えば、勇者の名前って変わってない? 一応婿入りでしょ?」
「変わってないよ」
ならアストラール・バンデスデルのままか。
そして娘であるシトリスは、シトリス・バンデスデルとなる。
昔の俺の名前とは違い、何とも強そうな名前だ。
名前は何度か変えようと思うことがあったが、名前よりも二つ名であるロストワーカーが広まったため、俺の名前を知るのはほとんどいない。
ギルドには本名で登録したが、ギルドカードを出しても名前ではなくロストワーカーで呼ばれていたし。
俺の昔の名前はケイエス・ポーター。
スラムで生きる際に、縄張りのリーダーから貰ったのかケイエスという名前であり、姓であるポーターは、俺が最初物運びを何度もしていたから付けられたものだ。
名前なんてそこまで頓着していなかったが、今となってはもう少し良い名前はなかったのだろうかと考えてしまう。
ケイエスはKSの事であり、ちょっとしたスラングである。
ポーターはスラングというよりはただの蔑称だ。
どちらも見下す意味の名となるので、本当に酷い。
まあスラムのガキの名前でまともなのは少ないので、なんなら名前があるだけマシなのかもしれない。
一号二号とか呼ばれている奴らも居たし。
「なら探すのもなんとかなりそうだ。俺の方からはこれ位だけど、シトリスの方からは何かある?」
「もしもだけど、私が勝てなかったらどうするの?」
「これまでシトリスに使ったお金は借金って事にして、後で返してもらう位かな。ついでに勇者の娘としての肩書も使わせることになると思う」
どう転ぶかは分からないが、名を上げる必要がある場合、シトリスを使うのが一番効率が良い。
最初から切るのではなく、ここぞというタイミングで使えば、相手に印象を残す事が出来るし、良い意味でのネームバリューがある。
俺としては学園に圧力さえ掛けられればそれで良いので、ステラが入学するまではシトリスをメインで動かすのも考えの一つとしてある。
ほぼ間違いなく上手くいかないので、本当の意味で考えの一つでしかないのだが。
シトリスだし。
「金額って……」
「金貨五枚。利子は気分次第だね」
「えぇ……」
「ほぼ世界最強だった男の訓練を受けられたんだし、安いものでしょ? それに、強くなれば金なんてすぐ稼げるさ」
高難易度ダンジョンやドラゴンといった魔物。
賞金首になっている元騎士や冒険者とか、金になるものは幾らでもある。
なので、強くさえなれば金なんてどうにでもなる…………やり過ぎると後が大変だけど。
「それはそうだけど、金貨五枚かー」
「今でも力量のあった場所に行けば、一ヶ月あれば稼げる位だけどね」
「えっ」
俺の中の物差しでシトリスを計った場合、二級傭兵程度の力があると見ている。
この二級傭兵とは戦争で戦っても、逃げに徹すれば生き残るクラスだ。
因みに一級は俺と戦えるクラス。剣聖や賢者とかだ。
弱い弱いとシトリスには言っているが、先程の腕相撲の通り、それなりの力を身に付けている。
今ならオークだけではなく、トロールやミノタウロスと言った中型の魔物も倒せるだろう。
グランシャリオがあればだがな。
あれがないと攻撃力に不安がある。
「それと、分かっていると思うけど、これ以上騒動を起こさないようにね」
「…………私のせいじゃないもん」
「もんじゃない」
俺みたいにフードを被ったり、せめて帽子をかぶるだけでも、人の印象はガラリと代わる。
ギルドに居る冒険者や傭兵なんてのは、女と見れば声を掛けるのが大半だ。
グランシャリオならそこら辺の事を教えていると思うのだが…………剣に常識を解いても無意味か。
これまでの感覚的に、いい性格をしているみたいだし。
「客観的に見て、シトリスの容姿は目を引くから、どうにかした方が良いよ。俺だっていつもフードを被ってるでしょ?」
「それは……うん」
微妙な反応だが、俺としては騒動さえ起こさなければ良いので、これ以上強く言わなくても良いだろう。
シトリスの家庭事情は面倒だし、最終的に勇者と戦わせれば、それなりに解消すると思うし。
そう言えば勇者は金髪だったから、シトリスの髪は母親譲りなのだろうか?
「とりあえず、騒動さえ起こさなければなんでも構わないよ。全部が全部シトリスが悪いってわけじゃないけど、基本的に男って馬鹿が多いからねぇ」
「……気を付けます」
「分かってくれたようで何よりだ」
基本的に男ってのは欲望に忠実だ。
俺も痛い目を見るまでは色々とやらかして来たので、良く分かる。
ついでに欲で動く醜い連中もスラムやギルドで見てきた。
今はそれだけ変わったか知らないが、基本的に力こそ正義なのだ。
「それじゃあ俺は少し買いたいものがあるから行くけど、シトリスはどうする?」
「買い物って、何を買うの?」
「大会で使う杖だよ。正直無くても良いんだけど、最低限見栄を良くしておかないと、何を言われるか分からないからね」
「一緒に着いてって良い?」
「構わないよ。ああ、外に出るなら、このローブを使って」
着ていたローブを、シトリスへと渡す。
シトリスを目立たなくするためだが、これにはもう一つ理由がある。
その理由は後程分かるだろう。




