第44話:シトリスの妹
とてもタメになる代わりに糞みたいに疲れる訓練と、祖母様からの嫌がらせを受けて、午前の訓練は終わった。
公爵がどの公爵でどの子だかは教えてくれなかったが、まあ大会なんて公共の事業で問題行動を起す事はないだろう。
本戦までは力を隠し、最後だけ全力を出せば、大会中に嫌がらせをされる事はない。
そして仮に何かされるにしても、全て父上に押し付ければ良いのだ。
父上だし、公爵相手にも上手くやってくれるだろう。
そんな訳で、昼飯は外で食べると祖母様に伝え、平民らしい服に着替えてから屋敷を出る。
しっかりと金も持ち、ついでにこっそりと護衛に付いて来ている兵士を撒きながら、まずはギルドを目指す。
王都なだけあり人は多く、更に道も入り組んでいる。
少々空気が悪いのが気になるが、サクっと撒けたのでギルドへ向かう。
こんな王都でも俺の髪の色は目立つのだが、フードを被ってしまえば身長も相まって簡単に隠れる事が出来る。
祖父様の配下だと思われる兵士には悪いが、シトリスの事を知られたくないので、どうか怒られて欲しい。
さて、シトリスだが、現在は二本の剣を持ち、銀髪なので結構目立つ。
身長は低いが、座って待っていてくれれば、直ぐに見つかるだろう。
そんな訳でデカデカと建っているギルドに入り、中にある飲食スペースへ向かう。
ギルドは街によって大きさが変わるが、基本的な並びは変わらない。
なので、特に迷う事はない。
さて、シトリスは…………「嬢ちゃんの勝ちだ! 金貨一枚は嬢ちゃんのものだ!」
ざわついている方を見ると、目立つ銀髪の少女であるシトリスと、同じくらいの少年と腕相撲をしていた。
そして審判の男の言う通り、シトリスが勝ったみたいだ。
前回も騒動を起こしていたが、今回もか……。
近づきながら周りの声を聞く限り、ナンパをされたシトリスが勝負を挑み、負けたら付き合い、勝ったら金貨を一枚貰う賭けをしたみたいだ。
見た目は結構華奢なシトリスだが、俺との訓練によりかなりの筋力を持っている。
剣士にとって筋肉は絶対に切り離せないものであり、体力と同じ位大事な物だ。
なので、同年代に負ける様な事はない。
だが、勝つなら勝つで構わないのだが、流石に金貨一枚は高い。
相手がベテラン冒険者ならばまだしも、装備もへぼいので、まだまだ駆け出しだろう。
悪いのは駆け出しの少年だが、微妙な事をする位ならば、完全に無視するか、闇に葬った方が後々楽だ。
殺す位ならば生かす方が良いって考えの奴も居るが、巡り巡って困る事になる事が多々ある。
「もう話し掛けないで下さい。私には待っている人が居るので」
「男なら負けを認めろよ」
「……ッチ」
負けた少年は逃げる様に席を立ち、俺の横を通り過ぎてギルドの外へ出て行った。
そしてシトリスの視線は逃げて行った少年を追っていたため、途中で俺の方で止まる。
このまま馬鹿正直に俺が待ち人ですなんて言えば、絶対に面倒な事になる。
今日の目的はシトリスがちゃんと王都に来られたかの確認と、訓練をサボっていないかの確認のため、ぶっちゃけこのまま帰ってしまっても問題ない。
後のやり取りはギルドの伝言サービスだけでも事足りるし。
まあ、既に姿を見られている以上、後から追ってくるだろう。
やろうとすればさっきの兵士みたいに撒く事も出来るが、後で文句を言われそうなので、外で待っているとしよう。
シトリスの頭がアッパラパーでもない限り、少し時間を置いてから出てくるはずだろうし。
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「待っていてくれたのね」
「仕方なくね。とりあえず移動しようか。此処に居ても目立つしね」
外で五分程待っていると、シトリスが出て来た。
しっかりと意を汲んでくれたようでなによりだ。
そしてギルドの前から移動し、コーヒーの販売をしている喫茶店に入る。
「今日はシトリスのおごりで?」
「……それ位良いわ。迷惑を掛けたみたいだし」
金貨一枚の収入ってのはかなり大きいので、一回奢る程度は痛手ではないだろう。
コーヒーは紅茶や一部の酒に比べて少し高いが、まだ庶民が買える程度の値段だ。
「見た感じ、しっかりと訓練を続けられている様だね。王都に来るまではどうだった?」
「……色々と大変だったわ。盗賊に襲われるし、魔物が飛び出してきたり」
あーうん。王都まで距離があるとはいえ、普通ならそんな事件に巻き込まれる事はない。
やはりシトリスは、騒動に巻き込まれる星の下に生まれたのだろうか?
さっきもギルドで巻き込まれてたし。
「元気そうなら良かったよ。人生何があるか分からないし、その程度で済んで良かった」
「む、良くないわよ。そっちはどうだったの?」
頬を膨らませて怒るシトリスだが、その結果として金貨一枚の収入を得ているのだから、そこなで怒る事ではないだろう。
「旅は平和なものだったよ。どこかの誰かが霧掃してくれたみたいだからね」
「…………ねぇ」
「正直なところ、そんな事が起こるなんて俺でも想像できないよ。悪いのは俺じゃないからね」
訓練のためにシトリスには走って王都まで行ってもらったが、本当に訓練のためであり、これに関して他意は全くない。
これまでのあれこれで俺が疑われるのは分かるが、俺はそこまで有能ではない。
「本当に?」
「本当だよ。それに、道中は楽だったけど、その代わり王都に来てから酷い目に遭ったよ……」
「何かあったの?」
「剣術大会の前に、魔法大会があるんだけど、それに出る様に脅されたんだよね。ついでに、糞強い祖母にゲロを吐きそうになるまで虐められたよ」
途中で諦めてしまえれば良かったのだが、負けるのは性に合わない。
二度目があれば逃げる気だが、どんなことでも戦うならば勝ちを目指す。
流石にデメリットの方が大きいなら別だが、それが男ってもんだ。
「ふーん。大会に出るんだ」
「剣術と違って子供限定の、お遊びみたいなものだけどね。伝説の杖を持った奴でも来ない限り、俺が負ける事は無いよ」
まあ今回の大会は威力よりもコントロール力の方が重要そうなので、どれだけ立派な杖を持っていても、本人の技量が高くなければ意味がない。
岩の破壊についても合成魔法が使える俺の方が有利であり、上級魔法の中でも上位のモノを使える奴が現れない限り、負ける事はないだろう。
岩の大きさや材質にもよるが、水の魔法で岩を壊すのは中々面倒だ。
切断するにしても風の方が有利だし、単純に壊すのも火や土の方が有利だ。
一定のラインを越えると水魔法は他の属性を圧倒するが、そのラインまでは強い属性とは言えない。
だが、俺の場合は火属性も使えるだけではなく、合成魔法も最低限実用ラインまで上げたので、負ける道理はない。
「それってどんなに強い子が出て来ても?」
「入学前の子供の中でならね。流石に宮廷魔法使いやSランク冒険者が出てくれば別だけど、たかが十年程度しか生きていない子供に、俺が負けると思う?」
「思わない」
真顔で言うシトリスだが、つまりそう言うこった。
祖母様の言っていた優勝候補については少しだけ気になるが……ふむ。
「だろう? それと知ってたらで良いんだけど、公爵家の子供で、数年以内に入学予定の奴って知ってる?」
「……」
「シトリス?」
何故かシトリスは動揺し、パクパクと口を開くものの、声を出せないでいた。
驚いて声をあげるよりはマシだが、理由が全く分からない。
…………いや、そう言えば勇者も名目上は公爵家だったな。
なんかシトリスが話していた様な気がするのだが、あまり覚えていないんだよな。
ステラや俺の事で色々とあったし。
「――妹」
「妹?」
「妹が入学する予定だったはず。それ以外だと、今年と来年は最低でもいなかったはず……だから……」
なるほどなるほど。俺が倒す予定の公爵家の子供とは、勇者の娘ってわけか。
勇者に殺された腹いせに、その子供を倒すという流れになってしまってなっているが、偶然とは面白いものだ。
確か双子の妹で、母共々シトリスを邪険にしているんだったかな?
シトリスの年齢が確か十二歳だったから、上限ギリギリでの入学となる。
入学の遅さについては、おそらくこの魔法大会で箔をつけて入学する気だったのだろう。
確か去年は王子が入学していたし、ずらした結果今年となった。
八歳の段階で入学すればと思うが、勇者の家庭事情ってやつだろう。




