第42話:伯爵家での朝
いつも以上にふかふかなベッドでの睡眠。
出来ればいつもの様にギリギリまで寝ていたいが、祖父様の家であるので、起こされるまで寝ている訳にもいかない。
「兄さん朝だよ」
なんて思っていたが、フカフカの欲望には勝てず、ジオに起こされるまで寝てしまった。
硬い地面や屋根の上で寝ることに慣れてはいるものの、やはりふかふかなベッドは良いものだ。
流石に馬車にベッドを積載することは出来ないが、せめて布団だけでも高い物を買うか迷う。
質の良い睡眠は食事と同じ位大事な物であり、人生の三分の一を占める大事なものだ。
…………そう言えば魔法大会だが、大会という事は賞金が出るのだろうか?
――目立ちたくないが、金を貰えるなら少しやる気が出てきたな。
ついでに、こういった大会は賭けが行われるのが相場である。
自分に賭けるることは出来ないが、シトリスに金を預け、賭けさせればそれなりに稼ぐことも出来そうだ。
折角手に入れたあぶく銭はシトリスの強化のために使ってしまったし、この機会にまた稼ぐとしよう。
「分かってるよ。それにしても、伯爵家なだけあって、うちよりも良い布団だね」
「だからって寝たままなのは良くないよ」
「分かってる分ってる。直ぐに起きるよ」
頑張って布団から出て、魔法で身体を綺麗にしてから着替える。
もっと時間に余裕があればシャワーを浴びたのだが、ギリギリまで寝ていたので仕方ない。
いや、もしかしたら時間的な余裕はまだあるかもしれないが、朝食の時間とか聞いていないので、いつも通りの時間に起きただけだ。
とりあえず着替えも終わり、少しすると扉をノックする音が聞こえ、昨日と同じサイドテールのメイドが入って来た。
「おはようございます。朝食は三十分後となりますが、問題ありませんでしょうか?」
「大丈夫だよ。父上や祖父様と一緒なのかな?」
「はい。もしも嫌なのでしたら、此処でも大丈夫ですが、如何なさいますか?」
「いや、ちょっと気になっただけさ。一緒で大丈夫だよ」
「承知しました。それではまた三十分後に案内させて頂きます」
メイドにメイドらしい事をされるのは新鮮だな。
さて、三十分か……寝るか。
「兄さん」
「冗談さ」
布団に入ろうとすると、ジオがまるで害虫を見るような目を向けてきたので、出かける準備をして待つ事にした。
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「やあおはよう。良く寝られたかな?」
「はい」
「勿論です」
祖父様にジオと一緒に答え、椅子に座る。
そして直ぐに食事が運ばれてきたので、祖父様の一言で食べ始める。
白パンに、魚のすり身を使ったおかずとスープ。
うん、美味しい。
「食べながら聞いてくれ。俺は今日あいさつ回りに行かなければならない。そこで、ヴィンセントは魔法を、ジオレインは剣を見てくれるそうだ」
「それって祖父様達がってこと?」
「そうだ」
後で本を漁ろうと思っていたが、態々教えてくれるならありがたい限りだ。
自分一人で学ぶよりも、教えてもらった方が効率が良く、時間の節約になる。
だが、あいさつ回りをするならば、ジオも一緒に連れていった方が良いと思うのだが…………まあ父上には父上の考えがあるのだろう。
祖父様の前でなければ煽ってやるのだが、ここは黙って頷いておこう。
俺は出来る息子だからな。
「魔法は私が教えて上げるわ。火も使えるようだけど、水で良いかしら?」
「はい。基本は水を主体にしているので、大丈夫です」
「剣は私が教えよう。王国剣術ではないけれど、いい勉強になると思うよ」
「ありがとうございます」
おそらく祖父様がジオに教えようとしているのは、船上剣術だろう。
あれは狭い空間で戦うための剣術であり、覚えておいて損はない。
単純な剣の駆け引きは勿論の事、技術的に学べる事が多い。
特に一対一を想定するならば、これ程使い勝手の良い剣術はない。
基本的に多対一ばかりの俺ではあまり活かせる場面はないが、使えこなせれば子供が大人に勝つ事も出来るようになるだろう。
「さて、食事も終わったし、ヴィンセントは早く出掛けると良い。孫達は私達に任せてね」
「そうよ。当主なんだから、時間にルーズなのはいけないわ」
「……そうですね」
今にもキレそうな父上だが、これまでがこれまでなので、文句を言われても言い返せないのだろう。
見た感じ仲が悪いわけではなく、大人同士のじゃれ合いって感じだし。
そんなわけで朝食が終わり次第父上は出掛けてしまい、俺は祖母様に。ジオは祖父様と一緒に行動を開始した。
「そう言えばヴィンレットは杖を持っているのかしら?」
食堂を出て、歩いている途中に祖母様が聞いてきた。
「後で街に出掛けて適当のを買う予定です。正直無くても困らないのですが、最低限の見栄は必要かと思いまして」
「あら、しっかりしているのね。良かったら私のお古をあげるけど、どうかしら?」
祖母様のお古か……金銭面で考えればありがたい申し出だが――――これは罠だ。
確かに俺は祖母様の孫であり血縁関係にあるので、物を貰ったとしても、立場上は問題無い。
しかし、貴族としてみれば全くの別なのだ。
父上の話と実家に来た手紙から鑑みるに、母上は形式上レストレンジ家とは完全に縁を切っている。
功績を立てて下賜されたならばともかく、タダで貰った場合、俺はレストレンジ家の紐付き。
そうみられてしまうのだ。
柔らかい言葉で言えば関係者となるが、物が物のため、もっと深いものとなる。
仮に俺が祖母様から杖を貰い、父上の前に姿を現しでもうすれば、父上は失神するかもしれない。
そんな訳で、残念ながら貰う事は出来ないんだ。
これがお古ではないならば、物次第では貰っても良いかもしれないが、祖母様も俺を試すために申し出たのだろう。
貴族とは総じて狡いものであり、言葉の裏のやり取りを好む。
騙し騙されが常であり、俺が見破れるかみたいのだろう。
しかもこれは、中々込んでいるとみて良い。
なにせ、単純に要らないと答えてはいけないのだからな。
これが貴族として面倒なところだが、格上の申し出を意味もなく無下にすることは出来ないのだ。
不敬と捉えられ、そのまま首チョンパなんてこともあり得る。
「ありがたい申し出ですが、身の丈にあった杖を使おうと思っているので、お気持ちだけ頂戴します。その代わりですが、練習の際はお借りしても良いですか?」
「あらあら、そうなのね。でも、本当に良いのかしら? 今なら良い杖がタダで手に入るのよ?」
「はい。なんなら杖無しでも問題ないですが、流石にそれだと家に迷惑が掛かりますからね」
雰囲気は柔らかいが、祖母様は間違いなく曲者の類だろう。
ただ優しいだけの祖母様からあんな母上が、生まれる訳が無いし。
「思ってたよりしっかりとしているのね。安心したわ」
「母上の教育の賜物です。世間を渡るには、知識は必要ですからね」
「あらあら。本当に欲しくなっちゃうわね。杖は……ああ、あそこだったわね」
屋敷の裏庭までやってきて、祖母様が手を振るうと、一本の杖が飛んできて祖母様の手に収まる。
かなり高そうだな……売ればいくらになるやら……。
杖を手にした祖母様は、杖の先端から水の触手を屋敷へと飛ばし、一本の杖を引っ張ってきた。
今の魔法は中級のウォーターウィップの様に見えたが…………おそらく生み出した水を操っただけの様にも見えた。
しかも魔力には全く淀みは無く、あまりにもスムーズであった。
流石だな……。
「これが、昔私が使っていた杖よ。魔力を流して貰ってみても良いかしら?」
「分かりました」
受け取った杖は俺の身の丈と同じ位の長さの長杖であり、二種類の木が捻じれながら先端へと向かい、その先端にはひし形の宝石が埋め込まれている。
結構な量の傷があるが、大切に使われていたのが良く分かる。
いらないと断ったが、欲しくなってきたな……。
とりあえず言われた通りに魔力を流すと、練習用の杖とは違い、魔力がすんなりと馴染んでいく。
乾いた砂に水を注いでいるみたいだ。
ほんのちょこっと精霊との親和性もみて見るが、悪くないものだ。
どうやら天然物の素材で作られているみたいだな。
「どう?」
「凄いですね。あまり杖を使ってこなかったけど、この杖が凄いのは良く分かります」
「それは良かったわ。この杖は私が自分で素材を探して作った物なの。見た目はあまり良くないけど、性能は私のこれとあまり変わらないわ」
祖母様が持っているのは、きらびやかであり、正に貴族が持っていそうな杖だ。
実戦で使えそうな程度には洗練されているが、俺の方の杖は大きな宝石こそ使われているが、無骨なデザインとなっている。
「個人的には好きなデザインですけどね。棒術にも使えますし、魔法を纏わせて使うことも出来そうですし」
重すぎず、軽すぎず。そして握りやすく、重心が安定している。
「なるべく実用性を重視しましたからね。それじゃあ、練習を始めましょうか」
「分かりました」
さてと、頑張るとしますか。




