第41話:貴族としての自覚が足りないようだ(からね)
「二人共良い子に育っている様だね。粗暴な君の子供とは思えないよ」
ヴィンレットとジオレインが退室した後、ギネヴァスはワインを飲みながら笑みを浮かべる。
レストレンジ家はカイアネット王国の中でも格式のある家柄ではあるが、古い家にありがちな凝り固まった家ではない。
海運で持ち込まれる知識を扱う上で、柔軟な思想が大事であり、魔法を研究するに当たって古い考えは邪魔となる。
そう考えているのだ。
だからこそ、普通ならば絶縁もあり得る婚約を認めた。
「粗暴と言われましても、これでも頑張っているんですよ?」
「それはそれこれはこれだよ。しかし、ヴィンレット君か……実際どうなんだい?」
「私も気になるわ。あれは才能だけでは片づけられるものではないわ」
ギネヴァスとマリーゴールドは先程お手玉を披露したヴィンレットに強い関心を持っていた。
貴族である以上早熟な子共を見た程度では驚く事ではないが、ヴィンレットの見せたお手玉は驚愕に値するものだった。
「俺がいうのもなんですが、あの子は本物の天才って奴です。剣も魔法も非凡なものですし、既に内政すら出来ています。少々自由な性格をしていますが……」
「マーガレットからも聞いているよ。しかし、調子よく許したものだね。長子が家督を継ぐのが当たり前であり、それだけの才能があるというのに」
「子の背中を押してこそ親ってもんですよ。それに、あいつにはあいつでやりたいこともあるようですからね」
才能もあり、努力も出来る。
通常の貴族の家は身分が全てであり、家を相続させることを命題としている。
だから本人が嫌と言っても、優秀な血を外に出すなんて愚行をしない。
それが本人の意思と反するものだったとしてもだ。
だが、家督を継ぐ事の出来ない次男やそれ以降の事を考えれば、ヴィンレットの選択は決して悪いものではない。
次男のジオレインはヴィンレットとは違い真面目であり、何事もそつなくこなす。
少し気弱ではあるが、剣の腕はヴィンセントも認める位ある。
「そのための試練として魔法大会か。これが他の男爵家なら馬鹿な行為だと笑う所だが、あれを見た後ではな」
「俺はそこまで詳しくないのですが、やはり?」
「発動までの早さ。球体としてのコントロール。腕を動かしながらの維持。どの点も子供のレベルではないそうだろう。マリーよ」
「そうね。魔力量は分からないけど、あれなら首席程度簡単に取れるわ」
マーガレット。正確にはレスレンジ家で代々伝わっている魔法の練習方である魔法によるお手玉だが、これはお手軽でありながら、魔法に必要な全ての基本を練習することが出来る。
門外不出ではないが、この練習法の本質を知るのは限られた人物のみとなっている。
ヴィンレットはこの位ならば問題無いだろうと思っていたが、残念ながらその効果はほとんど無かった。
「ものは相談なのだが……」
「本人に聞いて下さい。もっとも、間違いなく断ると思いますが」
ギネヴァスが言い切る前に、ヴィンセントが言い切る。
ギネヴァスが提案しようとしたのは、ヴィンレットをレストレンジ家の養子として迎え入れる事だった。
既にレストレンジ家には跡取りが居るが、だからと言ってヴィンレットという才能を見逃すにはあまりにも惜しい。
しかし、そんな事を提案すれば、普通の親は激昂するだろう。
だがヴィンレットの性格を理解しているヴィンセントは、苦笑いを浮かべてあしらう。
珍しく敬語を使っていたヴィンレットを、ギネヴァス達はヴィンセントが話すよりも良い子だと思ってしまっているが、その破天荒さをよく知っているので、意味が無いだろうと見抜いている。
「信頼しているようだね」
「あれでも息子ですからね。良かったら魔法の一つでも教授してみてやってください。驚く事になると思いますよ」
「それは良いわね。なら、早速やってみようかしら」
「あー、お手柔らかにお願いしますね?」
ニッコリと笑みを浮かべるマリーゴールドに対して、ひきつった顔でヴィンセントは返す。
マリーゴールドは娘であるマーガレットと同じく水魔法のエキスパートだが、マーガレットが技巧よりとするならばマリーゴールドは力押しを得意としている。
魔力のコントロールの面では同程度の技量だが、マーガレットは点で魔法を放つのを好むが、マリーゴールドは面で放つことを好む。
その事を身をもって知っているヴィンセントは、息子の無事を祈る事しか出来ないのだ。
「なら私はジオレインの方を見るとしよう。次はいつ会えるか分からないし、何より将来は一貴族としても付き合う事になるのだからね」
「夕飯の前に謝ったじゃないですか」
「それはそれさ。それよりも、君の方は大丈夫なのかね?」
「剣の腕については全盛期より落ちましたが、息子のおかげで勘は取り戻せています」
貴族になってからというもの、ヴィンセントは衰えないための運動はしていたものの、騎士団にいた頃のような訓練を全くしていなかった。
その結果ヴィンレットの不意打ちに反応できなかったのだが、それ以降はしっかりと訓練をし、更に負けた腹いせにヴィンレットを訓練をつけることで勘を取り戻した。
歳による衰えはあるものの、それ以外は全盛期に近い位仕上がっている。
なので、ヴィンレットは自分で自分の首を締めたようなものなのだ。
「それなら良かった。これで言い訳をしようものなら――分かっているね?」
「はい。覚悟は出来ています。なると決めた以上は、必ずなります」
男爵から子爵。
たった一つでも陞爵するのは難しいものであり、上げようとして上げられるものではない。
親から受け継いだならともかく、一代で上げられた例はほとんどない。
何よりも爵位や領地は限られたものであり、奪い合いなのだ。
ヴィンセントは相応の実績はあるが、派閥に属すことはなく、義理の親であるレストレンジ家の後ろ楯も得ていない。
先程ギネヴァスが養子が欲しいと言ったが、養子を寄越せば面倒を見るという裏の意があったが、ヴィンセントは分かっていて蹴っている。
実績と己が持つ力。
それだけで子爵になろうとしている。
一度失敗すればかなりの痛手となり、再び陞爵の機会を得るのは難しくなる。
「覚悟が出来ているなら、これ以上は何も言うまい。話は変わるが、ジオレインの婚約はどうする予定かね?」
「…………」
「ああ、そう言えばあまり付き合いがないんだったね。しかし、貴族と結婚は切っても切れないものだ。早い内に手を打っておいた方が良いと私は思うよ」
家を次世代へ繋ぐからば、結婚は必ず必要であり、義務と言っても良い。
無論ヴィンセントもどうしようかと悩んでいるのだが、いけしゃあしゃあと煽ってくるギネヴァスに対する苛立ちを抑えるために、ワインを飲み干す。
親の目を抜いて見ても、ジオレインは爽やか系のイケメンであり、ヴィンレットに劣るものの文武両道だ。
性格もヴィンレットとは比較にならない位良く、出来る事ならば自由恋愛で結婚をして欲しい。
男爵ならば最悪平民を嫁にしたとしても問題ないが、子爵になれば血筋も大事にしなければならなくなる。
まだ時間があるとはいえ、どうにかしなければならない問題だ。
「考えてはいますが、学園に入学してから考えようかと。あまり家の事情を押し付けたくないので」
「そうか。昔ほど血筋や伝統だと押し付ける気はないが、この世界を進んで選んだ以上は、責務を果たす義務がある。まあ元団長であった君ならば理解しているだろうが、どうか娘を悲しませる結果を選ばない事を祈っているよ」
将来を考えるならば、早い内に婚姻を結び、家同士の繋がりを太くした方が良い。
学園に入学してからでも遅くはないが、遅くないだけで最良という訳ではない。
「これでもしっかりとやっているつもりなんですがね……」
「実績で言えば、十年前後で栄えさせたのは確かに誇れるものだ。暗殺や諜報の類も跳ね除けている点も素晴らしい。だが、些か娘と子供に頼り過ぎていないかね?」
「な、なんの事でしょうか?」
冷や汗が流れそうになるのを我慢しながら、ヴィンセントは視線を逸らす。
実績だけで言えばギネヴァスの言う通り素晴らしいが、その陰にはマーガレットとヴィンレットの献身がある事を、手紙で既に知っているのだ。
「白を切るのは構わないけど、王都に居る間、みっちりと再教育をしてあげよう。君にはまだまだ貴族としての自覚が足りないようだからね」
「は、ははは……」
「ふふふ、楽しく過ごす事が出来そうだわ」
ガクガクとヴィンセントが震える中、ギネヴァスとマリーゴールドはこれまでの鬱憤を晴らすかのように笑うのだった。




