第35話:親とまともなコミュニケーションを取れない兄
「やあジオ」
「どうしたの兄さん?」
シトリスを虐めたり、クラリアの所で勉強したり、ステラで遊んだり。
ちょいと父上に虐められたりしたが、最近ジオを構ってあげていなかったので、シトリスの基礎練を軽く見てから屋敷へと帰って来た。
「調子はどうかと思ってね。最近は妙に父上もやる気を出しているし、母上もダンジョン関係で忙しそうだからさ」
「確かにお父さんは最近凄いよね。もっと前からあれ位やる気があれば良かったのに」
「それは俺も思うけど、あれでも結構頑張っていた訳だし、大目に…………見たくはないよね。うん」
「あはは」
ジオの部屋へとやって来て、様子を見ながら雑談する。
ステラとは違いジオはとても素直であり、こんな俺を嫌わずに出迎えてくれる。
髪は父上と同じく燃えるような赤だが、父上とは違いかおはまだ幼げがあり、優しい顔つきをしている。
どうかあんな父上とは違い、ジオには優しいままでいてもらいたい。
「ステラとは仲良くできているか?」
「兄さんとは違って、僕には優しいよ。この前も兄さんに虐められたって泣いてたよ」
「虐めてはないさ。少し遊んであげただけだよ」
ウォーターボールでキャッチボールした時の事だろうな。
多少熱戦を演じてはやったが、兄として妹に負けるわけにはいかないので、しっかりと勝たせてもらった。
兄に勝る弟は居るかもしれないが、兄に勝る妹など居ないのだよ……うち限定だが。
「あんまりからかうともっと嫌われるよ?」
「なに、一年もすれば出て行くし、時間が経てばステラの反抗期も終わるさ」
「反抗期……じゃないと思うけどなー」
ジオは微妙な苦笑をするが、あれは完全に反抗期、あるいは嫌っている感じだろう。
無視はされないが駄兄ってなんやねん。いや、無視されないだけマシだろうし、なんなら愛着すら持ち始めているが、これでも長男だぞ?
しかし、ジオが元気そうで良かった。
見た限り身体もしっかりと鍛えているし、見える古傷も普通に訓練をした程度のものだ。
家の事を押し付けた分ジオの面倒を見ておかないとは思うが、かと言って構い過ぎるのも駄目だと昔知り合いから教えて貰った。
兄弟とはいえ人間関係は難しい物であり、負い目があるからとやり過ぎてしまえば嫌われるし、かといって何もしないでいれば相手の心にストレスを与える事になってしまう。
特にジオは優しい心の持ち主であり、この塩梅が中々難しい。
優しい人間ってのは大抵周りに自分の事を話す事が出来ず、自分で抱えて自滅するのが相場だからな。
「まだ先だけど、学園の準備は大丈夫か?」
「今の時点で合格点は貰えているよ。ただ、貴族としてはね……」
「男爵のままなら田舎者として疎まれ、子爵になれば成り上がりと貶されそうだねぇ……」
長男として家同士のお付き合いをしたから分かるが、貴族社会とは家柄や爵位が全てだ。
更に言えば王都に近ければ近いだけ偉いなんて風潮もある。
軽く調べた所俺が死んでから新しく貴族になった家は多いのだが、そこで新貴族と旧貴族なんて括りがあったりする。
家柄。つまり古ければ古いだけ良い物なので、新貴族とはその時点で疎まれ、更に言えば新貴族の半分は既に消えてなくなっている。
そしてうちは新貴族という区分に入るので、多少の困難が既に約束されている。
まあジオならばどうにか出来ると思っているけど。
俺ほどではないが、ジオは秀才と呼べるほどには優れている人間だ。
努力を怠らないし、性格もとても良い。
まだ子供だが将来は間違いなくイケメンになるだろうし、使用人達からの人気もある。
ついでに家庭教師からも、俺とは違い将来有望だと太鼓判を押されている。
「そう言えばステラが兄さんと約束をしたとか、逃がさないとか言ってたけど、何かしたの?」
「ちょっとね。知りたいなら教えるけど、どうする?」
内容的に他言無用だが、将来家を継ぐことになるジオには聞く権利がある。
父上や母上に密告されては困るが、その場合のデメリットが分からないほどジオは馬鹿ではない。
手助けはいくらでもしてやるが、甘やかす気は微塵もない。
「うーん。止めとくよ。ステラの事だから、無理難題をお願いしたんでしょ?」
「それはもうね。もしかしたらジオに影響が出るくらいの酷い難題だよ」
「えっ、そこまでなの? ステラにしては……ってことはこの前のあれにも関係していて、ステラの生活を考えるなら……」
長考モードにジオが入ったので、紅茶を飲んでからお菓子を摘まむ。
なんの変哲のないクッキーだが、仄かな甘味とバターの香りが素晴らしい。
田舎の領地だが、食は豊かであり、砂糖や塩。
バター等の乳製品や酒の流通路はしっかりと整っている。
父上は食の大切さを十分に理解しており、ただ栄養を取るだけの食事ではなく、活力を得るための食事を摂れるように頑張った。
うちは貴族らしい食事をしてはいないが、味の点で言えばかなり上だと思っている。
そもそも俺の舌が貧乏舌であり、比べられる程の料理を食べている訳ではないので、あくまでもただの感想ってやつだがな。
旅や遺跡に潜る時はなるべく焚火を炊いて温かい物を食べる様にしていたが、戦争。それも戦場ではそんなことは出来ず、一種のレーション的な物を無理矢理水で飲み込むような食事を幾度と無くしてきた。
実力がついてからはどこだろうと関係なく焚火で料理を作り、コーヒーを飲んだりなんかもしていたが、今となってはどちらも懐かしい思い出だ。
「えっ、もしかして学園について? そうなると……」
「一つヒントをあげるよ。格差」
「……本当にステラから頼まれたの? いくら兄さんでも無理じゃない?」
どうやらジオは、ほぼ正確にステラのお願い事を看破したみたいだ。
戦闘能力は並の上位だが、頭の出来は上の上なのがジオだ。
俺からの情報なんてこの一言だけなのに、俺がこれから背負うかもしれない苦労まで辿り着いたのだ。
「父上次第だけど、子爵の肩書があれば、多分どうにか出来ちゃうんだよね。最終的には実力勝負になるけど、実力勝負に持っていけるだけの影響力は作れるよ」
「流石兄さんだね。でも、無理をしちゃ駄目だよ? 僕じゃあ何も出来ないけど、ステラに注意するくらいなら出来るからさ」
うんうん。ジオは優しいねぇ……。
けど、既に勇者の娘や過去の愛剣。推定賢者の弟子とかと会っているから、これ以上の苦労は早々ないだろう。
影響力についてもシトリスに親をぶっ飛ばしてもらい、軽くうちと仲良しですよーアピールすれば下手な事はされない。
強いて言えば不正をされたらどうしようもないので、学園内側に伝手が欲しいが、それはまた後で考えるとしよう。
「まずは父上次第だけどね。けど、正直父上があそこまで強いとは思っていなかったから、ほぼ確定だろうねぇ」
「えっ、兄さんは父上が昔何をしていたのか知らないの!?」
「まあね。最近は聞き込みをしたおかげで、ようやく父上が二つ名持ちだったって知ったよ」
「えぇ……」
最初から父上があんなに強いって知っていれば、ステラのお願いを聞かなかったが、今となってはどうしようもない。
そしてジオは父上の事を知っていたか……。
こうなってくると、俺のとった行動がどれだけ無謀だったのか良く分かってくるな。
多分だが、父上は俺もジオと同じく知っていると思っていて、一撃を当てるなんて課題を課したのだろう。
普通ならば無謀だが、俺は父上が騎士だった事位しか知らないし、自分で推し量った結果、勝てると踏んで戦いを挑んだ。
その結果予定通り勝った訳だが、多分母上と父上は勝てるとは思っていなかったと思う。
向こうとしたら驚きだろうが、あくまでもルール上での勝敗であり、単純な戦いではこの前ボコボコにされた。
父上は強かったよ……。
「ほら、俺ってどちらかと言えば母上と一緒にいることの方が多いじゃない? ついでに言えば剣よりも魔法の方が好きだし」
「じゃあお母さんが過去にしていたことは知ってる?」
「知らないね」
ガックリと方を落とすジオだが、親とまともなコミュニケーションを取れない兄でごめんな。
旅に出る気だったし、親の過去なんてそんなに気にしていなかったから仕方ない。
復讐を考えていた時は我武者羅だったし、真理に気付いてからは基本家にいない父上の代わりに仕事をするか、森に籠っていた。
ついでに暇を見ては寝ていたので、同然の如くコミュニケーション不足となっている。
俺としても俺なんて異物に付き合うくらいなら、ジオやステラと仲良くして欲しかったので、気にしていなかった。
その結果がこれだがな!
「兄さん……」
「親の事なんて知らなくても、生きてはいけるさ。その代わり、貴族の繋がりについての知識は母上と同等くらいにはあるよ」
「兄さんが僕のためを思ってくれているのは嬉しいけど、あんまり無茶しないでよ?」
「なら父上を止めてくれ。それで問題は全て解決するから」
「あはは」
笑ってないで何か言い返してくれないかね?
それではまるで父上が我儘な子供みたいじゃないか。
いや、その通りなんだけどね?




