第31話:父上の二つ名
「……どうしたの?」
「どうしたと思う?」
父上にボッコボコのケチョンケチョンにされた次の日。
人生の儚さと空しさと絶望を味わいながらギルドでジュースを飲んでいると、何も知らないシトリスがノコノコとやってきた。
我が親ながらあそこまでとは思わなかった。
歳を考えれば俺が現役だった頃に同じく現役だったはずなので、名前が広まっていてもおかしくないのだが、聞いたことがない。
父上から言葉通りならかなりの功績があるはずだ。
俺みたいに二つ名や異名の方が知られていたパターンだとは思うが、カイアネット王国で有名で尚且つ剣関係だと、"勇者""剣鬼""剛腕""塵灰""鬼灯"あたりか?
勇者はあれなので候補から外れるが、この内のどれかだろう。
ついでに騎士だった事から鑑みるに、おそらく剛腕の可能性が高い。
父上はどちらかと言えば細マッチョだが、あの剣の攻撃は剛腕の二つ名が相応しい威力だった。
しかも地味に木剣が壊れないように強化していた。
父上の力を見たかったのは本当だが、木剣とは言え当たりどころ次第では死んでもおかしくなかった。
まあしっかりと母上に告げ口してお灸を据えてもらったので溜飲は下がったが、結果として父上に勝つのは相当厳しいという結果だけが残った。
「……まったく分からない」
「だろうね。とりあえず座りなよ。少し話しておくことがあるから」
不思議そうにしているシトリスを座らせ、ジュースのお代わりを頼む。
朝はジュースよりコーヒーを飲みたいが、そんな上品なものはないので、ジュースで妥協するしかない。
「さて、王国の剣関係の異名持ちがどれだけいるか知ってる?」
「大体は知ってるわ」
「じゃあ十年位前で知ってるのをあげてみて」
「……私のお父さんも含めて?」
「うん」
「勇者。剣鬼。厄災。塵灰。剛腕。雷光。だったかな?」
俺が知らないのも混じっているが、俺の持っている情報も自分で集めたわけじゃなかったし、仕方ない。
「その剛腕がどんな奴だったか知ってる?」
「確か第二騎士団の団長で、ある時を機に引退したらしいわ。確か貴族になったと聞いたけど、詳しくは知らない」
「そうか……」
「……えっ? あれ? もしかして……」
俺の様子や自分で話した情報。そしてこの領地の成り立ち。
それらからシトリスは真実に気付いたのだろう。
俺も半信半疑だったのだが、シトリスの話で確信に変わった。
あまりにも情報が揃っているし、これで人違いなんて落ちはないだろう。
「喜べシトリス。親と戦う前に良い前座が手に入ったぞ」
「む、無理よ!」
「ああ、俺もそう思う」
「なんでよ!」
身体が出来ていないとはいえ、今の俺では本気を出さなければ勝てない相手だ。
技を使わない場合はだがな。
俺が作っといてなんだが、ロストワーカーだった俺が作った技は初見殺しと一対多に特化している。
更に殺し合いではなく試合ならギリギリワンチャンあると…………良いな~。
「昨日戦ったけど、本当に予想外だったよ。知ってれば戦わせようなんて思わない位にはね」
最初から分かっていれば、俺もさっさと諦めて名声を上げる方向に舵を切ったが、既にシトリスを散々虐め、更にポーションの出費も無視できない位になっている。
おまけにギリギリだがシトリスにも勝ちの目があると分かってしまったので、天秤が微妙に退くよりも進む方に傾いている。
「……そんなに?」
「多少手を抜いたとはいえ、俺がボコボコにされる位には強いね。あんなに強いなら独立しないで、どっかに婿入りした方が良い人生を送れただろうに……何かそこら辺の事情って知ってる?」
「えっと、噂程度だけど、結婚のためらしい位しか」
父上が二つ名持ち出し、おそらく母上も二つ名持ちであり、ついでに言えば母上は根っからの貴族なのだろう。
俺としては伸び伸びと暮らせているのでありがたいが、裏事情が色々とありそうだ。
それと父上が完全な成り上がりなのに、他の領地から攻撃をされない理由や、先日のロックシューターであんな金額を渡そうとして来たのも理解出来た。
正直もう少し俺まで情報が降りて来てもおかしくないと思うのだが、中々どうして上手くいかないものだな……。
他領へ行った時に、もう少し真面目に領主との話し合いに参加しておけば良かったな。
「なるほどね。弱点とかは聞いてる?」
「全く隙が無いらしいけどあったの?」
「無かったから聞いてるんだよ」
奇をてらった事は一切せす、基礎を固めた剣。
横槍を入れたり大勢を相手にするならばまだしも、一対一ではこれ程厄介なものは無い。
唯一の弱点は、剣の特性上見てから反応するため、反応できない位速く剣を振れば良いのだが、残念ながら父上にはあまり効果が無い。
似たような事を俺がすでにしてしまったせいもあるのだろうが、下手に隙を突こうとすると痛い目を見ることになる。
剣士あるあるの身体が勝手に反応するって奴だ。
俺も変に殺気を当てられると身体が反応してしまうので、理解出来るのだが、まさか寸止めせずそのまま吹き飛ばされるとは思わなかった。
お代わりで来たジュースを一気に半分程飲み、背もたれに寄りかかる。
「……どうにかなるの?」
「一応ギリギリだけど勝ちの目はあるよ。結局はシトリス次第だけどね」
「本当に?」
「そうでなかったら先に止めるように言ってるさ。無理に近いけどね。愚痴はこの辺にして、真面目な話をしようか」
シトリスの身体はポーションで治したとはいえ、これ以上はポーションの副作用の件もあるので、過渡の訓練は出来ない。
技術的な面は一区切りとし、ここからは基礎訓練に当てた方がシトリスのためとなる。
どんな技術も土台がしっかりとしていなければ、まともに扱うことは出来ない。
なので残りの一週間と、王都に行くまでの間にシトリスには基礎となる身体を鍛えてもらう必要がある。
「そんなわけで今日からやることと、王都についてまでの事を纏めておいたから読んで」
「うん」
内容が内容なのと、俺は父上と王都に行く関係でシトリスとは一緒に行くことは出来ない。
言葉で説明するよりも、紙として残しておいた方が良いと判断した。
軽く纏める予定だったが、結局A4用紙で三枚使う事になったし。
ほぼ間違いなく過去の俺は粗暴者と思われているが、これでも書類仕事は嫌いではない。
計画を立てたり、マニュアルを作ったり。
今では異世界の知識もあり、多少の勉強で内政の手伝いを出来る程度にはなっている。
スラム出身で学が無いと言われるのが嫌で色々と学んだが、運が良い事にそれなりの才能があったようだ。
「体力や筋肉は一朝一夕でどうにかなるものじゃないけど、やるだけはやっておいてね。それと、食べ物についてもこの一週間と大会までは十分注意する事。追加の資金は今回だけこっちから貸すから、後で返してね。後、代えの剣も用意しておくから王都へ行く時に忘れないでね」
「…………」
「……なに?」
軽く説明をしていると、シトリスはジッと俺の顔を見つめたまま無言を貫く。
「お母さんみたい」
「せめておじさんにしてくれ」
おじさんやおじいちゃんならまだ受け入れられるが、お母さんは止めて欲しい。
少々世話を焼き過ぎている気もしなくはないが、伝え忘れたミスがあるよりは百倍マシだ。
知っているだろうや分かっているだろうとかは間違いなく失敗の元となる。
「とりあえずこれが資金ね。今日からはダンジョンには行かず、その紙の通りによろしく」
「ヴィンはどうするの?」
「金策とちょっとやりたいことがあるから、やる気が戻り次第ダンジョンに行ってくるよ」
このままずっとダラダラとしていたいが、臨時収入のほとんどを使ってしまったので、金を稼がなければならない。
…………いや、臨時収入が無くなっただけなので、そこまで金策に走る必要はないのだが、折角なので少し試してみたいことがある。
「分かったわ」
「よし……ああ、一応夕方のいつもの時間にはギルドに戻るから、その時に感想を聞かせてね。それじゃあ行ってらっしゃい」
「うん」
シトリスを見送り、残っていたジュースを飲んでから立ち上がる。
既に依頼は受けてあるので、重い身体を引きずってダンジョンへと向かう。
人生とは儘ならないものだな。




