第30話:親子のコミュニケーション
シトリスを鍛えるも日々にもようやく終わりが見え始めたが、俺にはまだやらなくてはいけないことがある。
ステラやジオへのプレゼントを作ったり、父上というか母上の手伝いで内政や書類仕事をしたり。
件の新しいダンジョンの情報を集めたり、大会でシトリスに使わせる武器や、グランシャリオに巻く布を作ったり。
ダラダラとは程遠い日々を送っているが、未来にすることになるかもしれない苦労よりは小さいので、今だけはと自分に言い聞かせる。
まあこれでシトリスと父上の戦いが決勝になったり、そもそも父上がシトリスに勝ってしまえば、無駄な苦労になるのだが、その時はシトリスに八つ当たりをすることになるだろう。
既にシトリスは一人でロックシューターの五層を越えられる実力もあるので、出稼ぎに行かせるのもありだろう。
「珍しいな。ヴィンレットが訓練をしてくれなんて言ってくるとはな」
「たまにはね親子のコミュニケーションも必要と思いまして。一緒に王都にまで行くわけですし」
色々とやることはあるが、今日は父上の実力を見ておくことにした。
シトリスの最終調整をするには、実際の父上の戦い方を身をもって知っておくのが一番良い。
全力を出すなんて事は無いだろうが、癖の一つでも見つける事が出来れば戦いが有利になる。
父上が使うのは一般的な王国剣術だが、その練度は非常に高い。
俺が身体能力だけで勝てないのがその証拠だ。
これでも過去の経験を元に、シトリス程度ならグランシャリオを持っていても完封出来る位強いが、力任せでは勝てないとあの時は判断した。
技を使えば勝てるかもしれないが、受けてから返す剣である王国剣術は少々厄介なのと、もしかしたら過去の俺を知っている可能性があるので、使う事は出来ない。
勇者の娘であるシトリスなら言い訳も出来るし、勝つには必ず俺の技は必要となる。
そもそも子供が正面から大人と戦う事が間違いなのだが、ステラに森での事を知られてしまった俺が悪い。
「それじゃまずは互いに型稽古といこう。一から十まで順番にな」
「王国剣術は苦手なんだけど」
「あれで苦手なら、新米騎士は形無しだ。ほれ、早く構えろ」
いつも通り少しだけやる気が無さそうにしながら構え、型通りの剣を振るう。
ずっと苦手と父上に言っているのだが、何故か信じてくれないんだよな……。
確かに強さで言えばこの歳で領の兵士達とそこまで変わらないが、昔の勘で無理矢理合わせているだけだ。
俺は武術の達人でも剣術の達人だったわけでもなく、野生の勘で戦っていた獣に近い。
記憶にあるような、生まれ変わって直ぐに無双とはいかないのだ。
人並み以上の訓練はしているが、魔法は母上以下だし、剣もまだ身体が出来上がっていないため、父上より下だ。
そんなわけで、まずは言われた通りにひーこら言いながら王国剣術の型の練習をする。
「良い感じだな! 旅になんて出ないで、騎士団に入ったらどうだ?」
「俺に向いてないの分かってるでしょ? 団体行動なんて無理だよっと!」
軽く会話を続けながら、互いの剣を振るう速度が上がっていく。
そして今度は逆にゆっくりになっていく。
頭と身体に覚え込ませるための訓練だが、これが中々大変なのだ。
王国剣術を覚えるだけならば良いのだろうが、既に覚える気はなく、我流を身体に馴染ませようとしているせいで、ついつい変な動きをしてしまいそうになるのだ。
「準備運動はこの位で良いだろう。まずは好きに攻めて来て良いぞ」
「その前に少し休憩しない? 見ての通り疲れたんですけど?」
「疲れている時こそ頑張るんだ。だが、水はしっかり取っておくように」
汗だくになり、父上から渡された水を一気に飲む。
俺もシトリスにやらせているので分かっているが、それはそれとして休憩をしたい。
無理なのは分かっているけど。
さて、問題はここからだ。
なるべく本来の俺としての戦いを見せないようにしながら、父上の本気を引き出さなければならない。
それでいて俺はそこまで強くないと印象付けておきたいが……まあやれるだけやってみよう。
「はぁ。それじゃあ行きますね」
「おう、どこからでも来て良いぞ」
木剣を握り締め、軽く息を止める。
身体の力を抜き、軽く肘と膝を曲げ、父上の目を見つめる。
そして一気に息を吐きながら身体に力を入れ、地面を踏み出す。
「良い一撃だ。だが、そこからどうする? 前の様に隙は晒さないぞ?」
「残念ながら今回は何も持って無いよ」
旅へ出るために戦った時よりも威圧感は無いが、身に纏っている空気はとても鋭い。
本人の言う通り、僅かな隙すら晒す事は無いだろう。
なので、普通に正攻法で戦うしかない。
1
振り下ろされる剣を受け止めながら、ヴィンセントは考え事をしていた。
マーガレットがヴィンレットを魔法の天才と思う様に、ヴィンセントもヴィンレットは剣の天才だと思っている。
やる気を出さなかったり、苦手だと言う割に剣に迷いやブレはない。
痛みで目を閉じることもなければ、僅かな隙も逃さない鋭さを持っている。
仮に魔法が使えなかったとしても、ヴィンレットならば大成しただろうと考える。
そして剣や魔法だけではなく、頭の出来もマーガレット譲りの聡明さがあり、内政の手伝いすらやってのけている。
長男らしく家を継いで欲しいと思うが、本人の言う通り、ヴィンレットに貴族や騎士は向いていないと分かっている。
子育てとはやはり上手くいかないものだなと珍しく親らしいことを思うが、基本的に子育てを頑張っているのはヴィンセントではなくマーガレットだ。
なんならステラとヴィンレットは、ヴィンセントの事を駄目な大人だと思っている。
「少し戦い方を変えますよー」
「お前の好きなように来い!」
王国剣術で戦っていたヴィンレットは姿勢を低くし、ヴィンセントの足を狙うような攻撃を増やし始めた。
前回と同じく身長差を活かした戦い方だが、今回は王国剣術を混ぜることで攻めの気が強く出ていた。
正統派の戦い方ではないが、それを咎める気はヴィンセントには無い。
どの様な戦い方であれ、強ければ良いというのがヴィンセントの考えた。
貴族兼騎士としては駄目な考えだが、幾多の戦争を乗り越えて来たヴィンセントからすれば、一つの戦い方に括るのは愚行だと思っている。
今も尚世界では戦争や紛争が起きているが、今から十年前は今の比ではない位荒れていた。
しかしロストワーカーの死を契機に、休戦や不可侵条約を結ぶ国々が増え、平和へと舵を切り始めた。
その波に乗ってヴィンセントは貴族として独立したのだが……。
(上手い……これでまだ八歳なのだから、恐ろしいものだ)
次第に受けるだけではなく、反撃を増やし始めた事により、木剣のぶつかる音が増え始める。
カイアネット王国で他の貴族から見たヴィンセントの評価はあまり高くない。
いや、正確には優秀過ぎるために目の上のたん瘤として扱われている。
貴族とは限られたパイを奪い合う関係上、同じ爵位でも上下関係が出来てしまう。
そして派閥を組む事で剣ではなくペンで戦うのだが、十年近く経つというのにヴィンセントはどこの派閥にも属していなかった。
それでありながら男爵としては異例な早さで領地を発展させ、本人の実力も高いため、下手にちょっかいを掛ける事も出来ない。
そのため他の領地から間者が送られてきたりしているのだが、ヴィンセントは夜な夜な酒場を回り、自分はダメ領主だと知らしめることでいなし続けていた。
(子供相手……というよりはヴィンレットならば俺も少しは本気を出しても良さそうだな。ステラのためにも、すこしは勘を取り戻さないとな)
「少し休憩にしようか」
「えっ、休んで良いの?」
「ああ。その代わり、次からは俺も少し本気を出す。ステラの事を思うなら、なるべく食い付いて来てくれよ」
「へー。父上の本気か」
予定通り本気を見る事が出来そうだとヴィンレットは笑うが、ヴィンセントの纏う雰囲気が過去に戦ってきた強者と同じものに変わり始めた事により、ヤバいと感じ始めていた。
それは幾多の戦いを潜り抜けて来た者だけが纏える鋭さであり、ヴィンレットはヴィンセントがそこまでの強者だとは思っていなかった。
衰えてはいるのかもしれないが、これではシトリスが勝つのはかなり難しいと思わざる得なかった。
なんならシトリスを勝たせる労力よりも、学園に伝手を作る方が楽なのではと考えてしまう位には、ヴィンセントは強いと感じた。
「あー、もしかして父上って結構戦争に出てたりするんですか?」
「爵位を貰う程度には出ていたさ。まあ親の武勇伝なんて聞いても面白くないだろう?」
「ジオは喜びそうだけどね。んじゃ、出来れば痛くしないでよね」
「お前次第さ――行くぞ」
殺意とも戦意とも取れる気迫に、ヴィンレットは怖気づく事無く苦笑いを浮かべて迎え撃つ。
力で押し負けてしまう以上、正面から受けることは出来ず、受け流すにしてもヴィンセントの剣は受け流すには真っ直ぐ過ぎた。
体格で負けている以上避けるしかないのだが、ヴィンセントの剣は木剣とは思えない程の音を出し、ギリギリで避けようとすると風で切り傷が出来る程だった。
茶化す事も忘れてヴィンレットは勝ち方を模索するが、愚直すぎるが故に隙らしい隙は無く、攻撃をしても反応が早く直ぐに反撃をされてしまう。
本気を出せばまともに戦えるが、力をセーブしている今は耐える事で精一杯であり、打開策が見つからない。
更に基本は王国剣術だが、細かい動きはこれまでヴィンレットが学んできた者とは違い、とても滑らかであった。
(これ……無理じゃね? 剣聖程じゃないけど、まず勝てる奴はいないだろう? ……とりあえず適当に負けておくか)
動きをしっかりと覚えたヴィンレットは、薙ぎ払いをガードして吹き飛ばされる。
上手く受け身を取りながら地面へと倒れ込み、降参するために両手を上げた。
「無理無理。父上強過ぎません?」
「言っただろ? 爵位を貰う位には戦ってたってな」
倒れているヴィンレットに手を差し伸べながら、ヴィンセントは笑う。
ヴィンレットもといロストワーカーにはあまり貴族や国の仕組みの知識は無いのでピンとこないのだが、爵位を貰うには並大抵の努力では足りない。
しかも継ぐのではなく成り上ったとなれば、国王にも名が知られる程の功績が必要なのだ。
想定外の強さにヴィンレットは計画を練り直す事に決め、ヴィンセントに引き起こされる。
時間はあまり残っていないが、やれるだけやろうと考えるのだった。




