第29話:血反吐を吐く訓練
領地にある四つの街。
一応名前があるが、俺は屋敷がある場所を一番とし、近い順から番号で呼んでいる。
いつも行っているダンジョンがあるのは三番だが、あそこの発展には驚かされた。
あまり他の町に行かないのが悪いのだろうが、特にダンジョンがある三番は他の領地に行く際通る必要もないため、ダンジョンとはそれだけ凄い物なのだと再認識した。
さて、母上が俺に内緒で進めていた新しいダンジョンだが、このダンジョンは二番から少し離れた場所で見つかったらしく、仮運営を既に始めているらしい。
いつものギルドにも依頼が貼り出されているが、最低ランクの俺では受けることが出来ない。
ついでに最近ダンジョンがいつも以上に閑散としているのは、新しいダンジョンの方で人を使っているからだ。
そのため連日ダンジョン内で悲鳴が響いても、誰も聞いていないので怒られることもない。
正直シトリスの訓練は、やり過ぎかなーと思ってたりする。
俺の時とは違い、訓練を止めてもシトリスは死ぬことはないし、まだまだ時間がある。
父上をケチョンケチョンに出来れば俺としては嬉しいが、別に負けても一年後俺が苦労するだけだ。
良心が咎める……ってのとは違うが、女子を相手にこれは駄目だろうと常識が判断したのだ。
仮にステラが、同じ訓練をしてくれと頼んで来たら俺は断る。
ジオなら折れない限りはやっても良いが、ぶっちゃけ普通の人がやるような訓練ではない。
人の精神は生まれと育ち。そして本人の意思によって変わるが、育ちによって変化した精神は個として固まるので、一度変われば更に変わることは中々無い。
なあ勇者……いや、アストラール。あの日泣きながら俺を殺したお前は、娘一人育てられない程情けない男だったのか?
あまりにも情けないようなら、倒すのではなく殺す事になるかもしれないぞ?
「はぁ!」
「足元が空いてるよ」
「うっぐっ……あぁっ!」
俺ではなく、娘であるシトリスがな。
影ノ太刀を始め攻め三種と受け三種の計六種。
痛みに耐え得る強靭な精神。折れずまが……りはするけれど、真っすぐとした心。
そして力に耐え得る身体。
「ま……だぁ!」
「気合を入れたいのは分かるけど、声はなるべく抑えようか」
杖で受け流し、背中を蹴って吹き飛ばす。
大会が剣だけだから剣だけで戦わせているが、大会が終わった後は体術も少し教えてやるとしよう。
本当は魔銃も欲しいのだが、あれは下手な剣や鎧より高く、それなりの物を買うなら金貨百枚は必要となる。
まあ銃に関しては無くても困らないが、折角勇者と戦うなら俺のスタイルで戦わせた方が精神的優位に立てる。
勇者が過去と変わらず真っすぐしていたならば、下手な小細工をしないでやるが、状況次第では俺も手が出るかもしれない。
……あっ。
「よし、一旦休憩にしよう。はい、ポーション」
「あ……りがと……う」
「良い調子だね。ところで、賢者や聖女。それと剣聖が何をしているか知らない?」
ダンジョンでの訓練も良い感じに進み、動きも目を見張る程のものになり始めたが、戦いの勘についてはまだまだだ。
俺が色んな流派を使えればシトリスにもっと経験を積ませることも出来るが、残念ながらそんな器用な事は俺には出来ない。
今の我流に至るまでに色々と学んだが、付け焼き刃でしかなく、ぶっちゃけほとんど忘れてしまっている。
「えっと、剣聖はアナメレク神聖国で騎士団長をしていて、賢者は行方不明。聖女は旅をしているらしいよ」
「因みに勇者は?」
「……お父さんは王国の騎士や冒険者で倒せない魔物が出たら、倒しに出かけているみたい」
……体よく使われていそうだな。
「あー、なんだ、シトリスが逃げ出す前は元気にしていたか?」
「家では元気にしていたわ。私は……見ていただけだけど」
「不便な家族だねぇ。まっ、俺としてはどうでも良いけど、俺を殺したんだからしっかりと幸せを掴んで欲しいもんだが……まっ、お前が此処に居る時点で無理か」
「……あんな家に居る意味はないわ」
この訓練に耐えられるなら実家でも虐めに耐えられたと思うのだが、まあ心の問題か。
「ヴィンはもしもお父さんと会ったらどうするの?」
「少し話したけど、恨みも無いしシトリス次第だね。けど、あまりにも不甲斐ない様ならお灸を据える事になるかもね」
「……私はお父さんに勝てる?」
「俺の記憶の勇者は無理だけど、場合によっては来年には勝てるかもね」
「この訓練をずっと続ければってこと?」
少し引き気味に答えるシトリスだが、ここまで酷いのはこれっきりの予定だ。
あまりにも非効率だし、余裕があるならもっと身体を痛めないようにやった方が効率が良い。
俺は別にサディストではないので、シトリスを痛めつけても楽しいよりも罪悪感が勝つ。
奴隷みたいな人は欲しいけど、別に奴隷が欲しい訳じゃないからね。
「やるのは野原でやったような感じの訓練だよ。実戦なんてのはもっと時間をかけて学ぶもんさ。そして歳を取れば経験や力は鈍るもんだ。ましてや娘を相手にあの勇者が本気を出すなんて事はまずない。だから勝算はあるってこと」
「ヴィンは勝てる?」
「五分五分かな。二年あれば百回戦って百回勝てるけど、一年だと武器次第だね」
魔剣や聖剣相手に数打ち品の剣では折られて終わりであり、鎧を着られてしまえば剣を通すのも難しい。
最低限拮抗できる武器があれば、多分勝つ事が出来る。
そして二年あればおそらく精霊との契約もしているので、戦いの幅が広がり、メインを剣にしない分問題なく勝てると予測している。
ただ、他の三人には多分勝てないんだよなぁー。
剣聖は勇者と違い落ちぶれている可能性は無いし、賢者は歳による弱体は無い。
聖女は今の俺とは相性が悪いため、一年二年では越えられない壁がある。
越える必要は無いし出来れば戦いたくも無いが、シトリスと出会ったことで嫌な予感するのだ。
グランシャリオに話す機能があると分かっていれば、こんなドジは踏まなかったのに……。
「ふーん。武器ってこれじゃダメなの?」
「武器の貸し借りは基本的にご法度だ。それに、他人の武器に頼るのは人としてダメだろ? 元は俺のだけど」
「……グランシャリオは構わないって言ってるよ?」
「俺が構うんだよ。元気になったなら続きをやるぞ。三本ポーションを渡すから、自分のタイミングで飲め。三本終わったら訓練は終わりだ」
「どうして私に?」
「実際に戦う時は俺が渡せないし、回復するタイミングは自分で覚えておいた方が良い。即効性があるとはいえ、怪我次第ではポーションでは時間が掛かるし、そもそも使わせてもらえない可能性もある。そのための練習だ」
ポーションは有能だが決して万能ではない。千切れた腕は戻らないし、骨折すればどんなポーションでも治るのに時間が必要となる。
どれだけ小さな怪我に抑え、そして万全な状態を維持できるかが戦いでは重要だ。
怪我をしてから治すのではなく、怪我をしそうな段階で治しておく。
全てをシトリスに語る気は無いが、どうせもう気付いているだろう。
万全な状態でなんとか戦える相手に、不利になってから回復しようでは遅いって事にな。
「それじゃあまた掛かって来な。覚悟が出来たなら……」
「はぁ!」
「遅いよ」
「まだまだ!」
言い切る前に突っ込んできたが、動きの予測さえ出来ればカウンターも簡単に出来る。
木の杖ではまともに受ける事は出来ないので受け流してからの蹴りだが、最近は中々吹き飛んでくれないので大変だ。
吹き飛ばされてくれなかったので、二撃目をしゃがんで避けてから足を払い、空中に浮いている状態でもう一度蹴ると、壁まで吹き飛ぶ。
しかししっかりと足で衝撃を吸収し、壁を蹴って突っ込んでくる……が、途中で一度軌道が変わり、真上から剣が降って来た。
戦いとは基本的に線上でのやり取りとなる。
自分と相手を一本の線で結び、読み合いをする。
人は空を飛べないし、魔法だって余程の使い手でなければ範囲系の魔法は使えない。
戦場なら全方位に注意が必要だが、一対一なら注意する範囲を狭め、正確に反応した方が戦いやすい。
何が言いたいかって言うと、人は前や後ろからの攻撃より、真上からの攻撃に弱いのだ。
だからこそ教えた技。山絶ち。
足の裏で魔力を爆発させて大きくジャンプし、全力で振り下ろす技。
危険度は高いが、足の裏で魔力を爆破させる技術は他でも使えるので、なんとか使えるように教えた。
これを出されると避けるしかないのだが、そのまま少し避ける程度では地面の破片が飛んで来てとても危ない。
ここは洞窟タイプのダンジョンのため地面は硬い。
だがグランシャリオは地面を砕き、周りに破片を吹き飛ばす位には硬い。
なので水の魔法で作った膜を使って破片を受け止め、追撃してくるシトリスを木の杖で上手く逸らす。
そしてまた蹴り上げる。
蹴りばかりしているが、本当にこれしか迎撃の方法がない。
ある意味縛りプレイをしているわけだが、おかげさまで足での戦い方が分かって来た。
役に立つ事は無いだろうが、記憶にあるちょっとした技位なら再現できるかもしれない。
「身体全体を使って攻撃をしてきな。少しでも疎かにすれば剣は鈍り、隙を生むことになる。殺意は乗せなくても良いけど、意味も無く剣を振るなよ」
俺が話している内にシトリスはポーションを飲み、体勢を整えてから影の太刀を使ってきた。
俺の避けるモーションをしっかりと追い、それから逃げ道を防ぐようにしているので中々上手い攻撃だ。
当たれば死ぬだろうが、上半身を思いっきり反らし、剣を避けながらシトリスを蹴り上げる……には威力が足りず、蹴って距離を離す。
自分で教えた受けの技だが、使われると厄介だな。
影の舞の次に教えた流し。衝撃を地面へと流す技だが、使われると吹き飛ばしたり距離を取るのが難しくなる。
結構タイミングはシビアなのだが、シトリスの気質に合っていたのか、影の舞よりも使いこなしている。
今は受けるだけで精いっぱいだが、その内流しからのカウンターも出来るようになるだろう。
距離を取っている間にシトリスは二本目も飲み、追撃を仕掛けてくる。
選択としては悪くないが、実戦の厳しさを再び教えてやるとしよう。
シトリスの剣をギリギリで避けながら隙を待ち、その間に少しずつダメージを与えていく。
怯む事もなく攻めてくるが、もうそろそろ最後のポーションをどう使うか悩み始めているだろう。
俺が渡したポーションは全て腰のポーチに差してあり、服で隠してはいるが既に二本使っているので正確な位置を把握している。
なので……。
「隙あり」
「あっ!」
三本目のポーションを杖で割り、ついでに蹴って壁まで吹き飛ばす。
身体へのダメージは既に戦闘を行うには大きすぎるが、回復はもう出来ない。
まだいけるがもう終わりに変わった。
「三本あるからまだいける。考えとしては普通だが、回復手段を奪われる可能性を常に忘れないように。自前で回復できない以上、たった一撃で窮地に立たされるからね」
「……分かりました」
しょぼーんと落ち込むシトリスだが、分かれば次には改善してくる。
弟子として見れば有能だが…………まあ良いか。
血反吐




