第25話:ある日森の中ステラに出会った
シトリスが動けなくなり、宿屋まで運ぶことになった日から一週間後。
とりあえずシトリスも落ち着き、教えた技を磨くようになった。
これでしばらくは静かになるだろう。
思っていたよりもシトリスの身体は丈夫そうなので、あの二つの技をモノにする事が出来た後は、もっと負荷の掛かる技を教えても問題ないだろう。
上手くいけば、三年位で勇者を倒せるようになるかもしれない。
いや、勇者の歳を考えればワンチャンもっと早く倒せるかもな。
まあ先の事はおいといて、今日は休みの日であり、母上に叩き起こされた。
今日もよく晴れているが、家の中でダラダラするわけにもいかず、森の中に作った小屋までやって来た。
ちまちまと鉄を精製していたが、残りも少なくなってきたので、一気に作ってしまう。
魔法で作りだした火で精製するのは中々難しいのだが、魔力コントロールの訓練を沢山していたおかげで、失敗は最初の数回だけで済んだ。
続いて宝石の方だが、カットについては問題なく終わり、後は髪飾りの形が決まり次第カットする段階まで準備が終わっている。
それと、障壁の魔法を刻む予定だったのだが、クラリアから貰った本に少し面白い事が書かれていたため、少し試してみる事にした。
今回の鉄と宝石はダンジョン産のため精霊との相性は良くないが、俺が魔力を当て続ければ多少は緩和する事が出来る。
そして、俺が刻む予定の障壁の魔法は一回切りの予定だったが、精霊を組み合わせる事でもっと融通が利く様になるかもしれないのだ。
精霊は物に宿る事ができ、魔力次第ではちょっとしたお願いを聞いてくれる。
つまり宝石に込めた魔法と、精霊へお願いするために使った魔力により、上手くいけば数回魔導具として使う事が出来て、更にリサイクルも可能となる。
宝石では無くて魔石で作ったりすれば更に色々と出来るが、今回はあくまでもアクセサリーであり、戦いのために作る訳ではない。
とりあえず練習として、余り物の宝石に魔法陣を刻んでみる。
物凄く細かい作業となるため、覚えているとはいえ得意と言うわけでは無い。
ついでに精霊眼を発動し、精霊にお願いしながら刻んでいくので、かなり精神力を使う。
こうやって作った魔導具は一つだけデメリットがあり、精霊眼でどんな物なのか魔法陣を見なくても判断出来てしまうのだ。
使い手が少ないのでデメリットと呼べるほどデメリットではないが、本に書かれていた以上はクラリアも昔やらかした事があったのかもしれない。
少し時間が掛かったものの、試作品を一つ作れたので、使ってみる事にした。
俺が知っている魔法陣の数は多くなく、障壁を含めて五つだけだ。
その中で今回のは、風の弾を飛ばす魔法陣を刻んでみた。
この魔法はかなり使い勝手が良く、昔もかなりお世話になった。
属性的には水の精霊魔法しか使えないが、魔力の供給だけならばその限りではないので、本の通り上手くいけば良いが……。
外に出て、大きな木の前で宝石を構える。
「放て」
始動用のキーワードを唱えると風の弾が木に当たり、木の枝が大きく揺れる。
通常ならば宝石に込められた魔力が抜け落ち、負荷に耐えられなくなった宝石は砕けてしまうのだが、宝石は砕けずに手の中にある。
その代わり、宝石にくっ付いていた精霊はいなくなってしまった。
やる事をやって帰ったって感じだ。
「放て」
もう一度使うと手の中の宝石は砕けてしまった。
安物の宝石で魔法を二回放てると考えれば、コストとしては悪くない。
魔石に刻めば複数回の使用も出来るが魔石の場合は宝石よりも制約が色々とあるので、宝石で済むならその方が良い。
緊急用として、後でいくつか作っておくとしよう。
次は……「こんなところで何をしてるの?」えっ?
壊れた宝石を弄くりながら考え事をしていると、居るはずのない人物の声が聞こえた。
おかしいな……この場所は屋敷から結構離れているし、足跡等の痕跡を残さないようにしている。
「や、やあステラ。こんなところで奇遇だね」
「もう一度言うわ。こんなところで、何をしているのかしら?」
我が妹であるステラ。
ジオが来たのならまだ分かるが、ステラがどうやって来られたのかわからない。
屋敷では基本本を読んでいるし、訓練はするものの街にはほとんど出掛けない出不精だ。
せめて小屋を作る前だったなら言い訳のしようもあったが…………この様子では、さっきのも見られているかもな……。
とりあえず手の中にある宝石をステラに見えないように地面へと落とし、靴で踏んで証拠隠滅をする。
「魔法の練習をしてるだけさ。此処に居るのは、あまり人に見られたくないからさ」
「ふーん。私は駄兄が風属性を使えるなんて初めて知ったんだけど?」
「魔導具だよ。街で安く売ってたから、どんなものか試そうと思ってね」
やはり見られていたか……言い訳については信じてくれていそうだが……。
「それより、こんな森の奥までどうやって? 母上が心配するよ?」
「駄兄と違ってちゃんと出かけるって言ってあるわ。――そこの小屋、入っても良いかしら?」
聞かれるとは思っていたが、それだけは困る。
鉄や宝石の原石を見られるのは問題無いのだが、誰も来ないと思ってクラリアから貰った本と、研究用に書いた大量の紙が小屋の中には散乱している。
終わったら毎回片づけて防犯もしっかりとしているのだが、今は何もしていない。
「まあ待てって。態々こんな所まで来たって事は、俺に何か用がるんだろう?」
「――入っても良いかしら?」
「落ち着いてくれマイシスター。何が望みなんだい? 俺に出来る事なら叶えてあげよう」
歩き出そうとするステラに近づき、進ませないためにブロックする。
ステラが右に避ければ俺も右に。左に避ければ左に。
こんな時に分身が出来たり、命令を聞いてくれるシトリスが居れば片付けも出来るのだが、今は俺の身体一つしかない。
ステラが見て理解できない可能性もあるが、下手な事をするより隠し通した方が絶対だ。
「……余程見られたくないようね」
「ステラが父上に下着を見られたくないように、俺にも見られたくないものがあるんだよ」
「……」
ちょっ! 痛い! 痛いから無言で脛を蹴るのは止めて欲しい。
母上もだけど、うちの女性陣は直ぐに手だったり足が出るので大変だ……。
「ふぅ……私の命令を聞くなら、今日の事は見なかった事にしてあげるわ」
「いてて……命令ね。さっきも言ったけど、俺が出来る範囲の事で頼むよ」
「私を首席で入学出来るようにしなさい」
「それは無理かなぁ」
その一言を発した瞬間、ステラの右ストレートが腹にめり込んできた。
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ステラには、二人の兄が居る。
優しくも真面目で、少し頼りないジオレインと、不真面目な癖に魔法も剣も上手く、親からも頼りにされているヴィンレット。
昔は真面目だったと言われているが、ステラの物心がついた頃には、既に今のような感じだった。
いつからか駄兄と呼ぶようになったのだが、その駄兄が最近屋敷はおろか街にもほとんど姿を現さないようになった。
ヴィンレットが思っている通りステラはほとんど屋敷から出ないが、屋敷の外の情報は常に気にしている。
無視をしても良かったが、もしかしたらヴィンレットの弱みを握れると思ったステラは行動を開始した。
ヴィンレットがいない日には二パターンあると突き止めたが、片方は方角からして隣街まで行っているので、ダンジョンに潜っているのだと考えられた。
そしてもう一つのパターンは、森の中へ入って行くパターンだ。
幸い魔法の訓練が駄兄のおかげで想定よりも良い成績が出せ、時間が余っていたステラは森の捜索を行い始めた。
駄兄の癖に痕跡らしい痕跡を残さなかったせいで、かなり苦労したステラだが、数週間の努力の末ようやく見つける事が出来た。
それも、途轍もないタイミングで。
(風の魔法……いえ、魔導具かしら? それに、あの小屋は……)
そよ風ではない、どう見ても風属性の魔法の使用。
ぽつんとある起きな木造の小屋。
真新しい事から、最近作ったものだと考えられる。
どうして? なんのために? こんな場所に?
気になる点は沢山あるが、ステラは悪い笑みを浮かべ、ゆっくりと歩き出す。
好きか嫌いなら、ステラはヴィンレットの事が嫌いだ。
けれど、その無駄に高い能力を買っている。
怠けているように見せている理由もなんとなく察しているし、嫌いは嫌いでもそれはただのツンであり、憎しみとか一切ない。
そこまでの感情の持ち方を知らないというのもあるが、ステラはこの状況を好機と捉えている。
まずはこんなとこに理由を聞き、何を言われても曲げないで聞き続ける。
それを欲しい言葉を聞くまで続けた。
「まあ待てって。態々こんな所まで来たって事は、俺に何か用がるんだろう?」
「――入っても良いかしら?」
「落ち着いてくれマイシスター。何が望みなんだい? 俺に出来る事なら叶えてあげよう」
――来た。優しい駄兄ならばその言葉を必ず吐く。
思わずにやけそうになるのを、ステラは堪えた。
しかしここで終わりにしては、まるで自分が兄にお願いをしたいだけの妹と思われてしまう。
「……余程見られたくないようね」
更に詰める。別に願いなんてどうでも良いと思わせるために……。
「ステラが父上に下着を見られたくないように、俺にも見られたくないものがあるんだよ」
全ての感情が顔から失せたステラは、とりあえず駄兄の脛を何度も蹴った。
結構本気で蹴っているのだが、ダメージはあまり無いように見え、そのせいでステラは腹を立てる。
「ふぅ……私の命令を聞くなら、今日の事は見なかった事にしてあげるわ」
「いてて……命令ね。さっきも言ったけど、俺が出来る範囲の事で頼むよ」
多少イラつきが無くなった辺りで本題へと入る事にした。
このお願いという名の命令を使わず、自分の力のみで出来れば良いのだが、ステラは自分が天才でも秀才でも無いと分かっている。
だからと言って努力をしないわけではないが、使える手は全て使おうと思っている。
まだ五歳なのだからこれからだろうと周りは思うような悩みだが、貴族にとって本格的に学習を始めるその五歳から八歳までの間が重要になる。
そして、そんなステラのお願いだが――。
「私を首席で入学出来るようにしなさい」
「それは無理かなぁ」
全く悩む素振りすら見せず即答する駄兄を、ステラは再び蹴りだした。




