第53話
三階建ての聖女合宿棟は小規模な高級宿のような建物だった。ミリアとエドワードが大きな両開きの玄関扉の前で立ち止まると、ドアマンの灰色神官が開けてくれ、中に入るとワインレッド色の絨毯が敷かれた受付ロビーがあった。
エドワードが受付でミリアの到着を告げると、受付係が部屋番号と侍女が先に到着していると伝える。
「其方の部屋は二階の二号室だ。部屋へ入る前にこの施設の案内をする。付いてきなさい」
「あ、はい、ありがとうございます」
ミリアが礼を言い終える前にエドワードは先に歩き出す。ミリアも慌ててその後を付いて歩いた。
――つかみどころのないお人だわ。
それがエドワードに対するミリアの印象だった。そっけないように見えて、親切に館内の案内をしてくれる。しかも歩く歩幅はミリアに合わせてゆっくりだ。高貴な人にありがちな鷹揚な言葉遣いだが、ミリアの嫌いな貴族のような横暴さはない。
ミリアは決して仲良くなりたい訳ではないが、少なくとも数ヶ月は関りを持つことになるのだ。せめて笑顔で挨拶を交わす関係になれたなら――そう思うようになっていた。
受付ロビーには受付以外に待合スペースがある。その待合スペースでは紅茶を啜る一人の聖女が座っていた。彼女はチラリと横目でミリアとエドワードの姿を認めたが、知らん顔をして紅茶を飲み続けた。
「この待合スペースは治癒の予約が入った聖女の、治癒殿へ向かう前の待機場所となる」
「では、先程の聖女はこれから治癒殿へ?」
「いや、今日は彼女の予約が入っていないはずだから、飛び込みの依頼が入った時のために自ら進んであそこで待機しているのだろう」
「なるほど、熱心なお方なのですね」
「ふん、熱心ではなく必死だな。彼女のことはともかく、其方も予約が入るようになった時にはここで私の迎えを待つように」
「はい。かしこまりました」
引っかかる物の言い方が気になるが、深く聞くのも気が引けるのでミリアは黙ってエドワードの後ろを付いて歩いた。
待合スペースを通り抜けて、辿り着いたのはガラス張りの壁に仕切られた空間で、扉もガラス製だ。贅沢にガラスを使用した部屋はとても開放的で、美しい庭園を眺めながら食事ができるカフェレストランだった。そこでは二組の男女が仲睦まじく食事をしていた。
二組とも女性は聖女服、男性は青色の神官服を身に纏っている。おそらく男性は担当神官なのだろう。二組の男女はまるで恋人のように肩を寄せ合って、くすくすと微笑み合ったり食事を食べさせ合ったりしている。ここでもミリアは違和感を覚える。
恋人にしては年齢が離れているように見える。一組の男女の聖女が三十代後半くらいで、担当神官は二十代半ば。もう一組の聖女は四十代くらいで、その相手の担当神官も二十代に見えた。担当神官が独身だったとしても、聖女は独身なのだろうか?
彼女らは本当に恋人同士なのだろうかという疑念が湧き、ミリアはなんとなく見てはいけないものを見てしまった気持ちになり、そっと視線を逸らした。
「このカフェレストランでは聖女ならいつでも利用可能だ。ルームサービスにも対応している。食堂の役割も兼ねているので、ここでの生活ではこのカフェレストランから供される食事を摂ることになる。では次へ行くぞ」
「は、はい」
エドワードには見慣れた風景のようで、表情をピクリとも動かさない。簡単な説明だけして再びガラス製の扉を通り抜けた。
ミリアが次に案内されたのは地下室だった。地下室といえば倉庫や食糧庫をイメージしていたが、ここでは違った。
「このラウンジは夕方五時からの営業となる。当然ながら聖女のための場所であり、ここでは聖女の悩み相談や精神的なフォロー、聖女と担当神官、その他の青色神官も交えてのディスカッションの場として利用している」
「ディスカッション……?」
「建前では、だ」
ここでもミリアはエドワードの言葉に引っかかりを覚える。確かに悩み相談や意見の交わし合いをする場にしては、豪奢で大人の雰囲気の漂う部屋である。
部屋は暗く、落ち着いた暖色系の照明が灯され、豪華な調度品がその光を反射する。扉を入ってすぐのところにカウンターがあり、カウンター内にはワインセラーや洋酒の並ぶ棚、そして磨かれたグラスが整然と並んでいた。部屋を見渡すと、黒い革張りのソファがL字に置かれた区画がいくつもあり、どちらかと言うと談笑しながらお酒を嗜む場所に見える。
「残念ながら其方が私に相談事があると言っても、私は多忙なのでここへ来ることはない。その時は担当の受け持ちのない青色神官がたくさんいるので彼らを頼るといい」
「……はい」
ミリアは悩み相談をあまり親しくもない人にしたことがないので、エドワードにも他の青色神官にも頼る気持ちは全くない。が、もしかして……ということも無きにしも非ずなのでとりあえず肯定の返事をした。
ミリアとエドワードは地下室を出て、階段を上がって地上に戻ると三階へと向かった。そこには大・中・小の三つの会議室と、図書室があるフロアだった。
「ここの小会議室で其方とキャロリーナ嬢には講義を受けてもらうことになる」
「はい、わかりました」
六人掛けの楕円形のテーブルと黒板が置かれた部屋で、エドワードの端的な説明を受けると次の図書室へ向かう。
図書室は書棚が三台置かれているだけのこじんまりとした部屋で、所蔵数もさして多くはなく、棚に並ぶ本も隙間が目立っていた。
「この図書室は主に宗教に関する書籍しか置いていない。暇なときにでも利用するといい」
「はい。機会があれば利用させていただきます」
「最後に其方の部屋へ案内しよう」
二人は最後に二階の宿泊フロアへと階段を降りた。宿泊するのは主に聖女のみで、客人を招くのは自由だということだった。
「其方の部屋は奥から二番目の部屋になる。案内はここで終了だ」
階段を降りたところで、エドワードは廊下の奥を指差して言った。
「ここまで案内していただき、誠にありがとうございました」
ミリアは聖女服の裾を摘まみ、軽く膝を曲げて礼をする。頭を上げるとエドワードが驚いたように目を丸くしていた。
「?」
「あ、いや、すまない。部屋の前まで案内をしていないのに、きちんとしたお礼を言われると思わなかった」
「子供ではないのです。そこに見えている部屋へ行くのに迷子にはなりませんよ。それに案内をしてくださったのですから、お礼は当然です」
おかしな人ね、と思いながらミリアは笑顔で答えた。
「なるほど……ジルベスターが手放さない訳だ……」
何故ここでジルベスタ―の名前が出るのかよくわからないが、少し恥ずかしくなってミリアは思わず頬を染めた。
「もし其方が聖女として悩みや壁にぶつかった時には、私に手紙を書きなさい。多忙な身なので直接相談に乗る時間は割けないが、担当神官としてできる限りのことをしよう」
「ありがとうございます。仮ではございますが、私の担当を請け負って下さり感謝しています。不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」
ミリアは感謝の気持ちを込めて深く膝を折るカテーシーをした。実際に手紙を書くかどうかは別として、相談に乗ってくれようとするその気持ちがうれしい。それに王族と手紙のやり取りができるというのも貴重な経験である。
「ああ、頑張りなさい」
「それでは失礼いたします」
ミリアは再度軽く膝を折ると、振り向いて部屋へと歩き出す。その後ろ姿を見送るエドワードは「このまま変わらずにいて欲しいものだな……」と呟くのだが、その言葉はミリアの耳には届かなかった。




