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貴族になんかなりたくない!  作者: 斉藤加奈子
第二章

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第52話

 ジルベスターのタンザナイトのような青紫の瞳は、王弟である父親から受け継がれたものである――という話をミリアはジルベスターから聞いていた。実際、母親のロザンナはアイスブルーの瞳の色だったので、必然的に王族の血縁者に青紫の瞳の人が居ることは予想していた。


「私が神官長のエドワード・アドリアスだ」


「――‼」


 ミリアは思わず目を大きく見張ると、慌てて深く膝を折るカテーシーをした。家名に国の名前がそのまま付いているということは、エドワードが王族であることは間違いない。王族や貴族に疎いミリアでも、エドワードが王子であるのだと察した。


「お初にお目にかかります。ミリア・ポーンズと申します」


「楽にしてくれ。神殿では神官よりも聖女の方が立場が上になる」


 そう言われても緊張せずにはいられない。なぜこんな高貴なお方が自分の担当神官に……とミリアが思っていると、それに答えるようにエドワードが言った。


「私は既に他の聖女の担当神官を務めている。そちらが最優先となるため、其方には仮の担当神官として付くことになった。仮ならばロザンナ夫人の要望をある程度汲んだことにもなるだろう。しかし聖女の希望というものも重要視される。もし其方に気に入った神官ができたならいつでも申し出てくれ。すぐにでもその者を付けよう」


「お心遣い、ありがとうございます」


 仮とはいえ、王族が担当神官だというのは気が引けるが、最優先で担当する聖女がいるのなら、エドワードに付いてもらった方が気が楽かもしれないとミリアは思い直した。


「ところで、其方はアントルダム大神殿は初めてか」


「はい、初めてです」


「案内しよう。付いて来なさい」


「よろしくお願いします」


 エドワードが背を向けて歩き出す後ろを、ミリアは付いて歩く。

 ミリアのために案内をしてくれているが、エドワードはどこかそっけない人物だった。口数は少なく、笑顔を一切見せない。目つきが鋭いので冷淡さを感じさせるが、歩く速さをミリアに合わせてくれるあたり、優しい性格なのだろうと思われた。


 歩きながら時々話すエドワードの解説をまとめると、大神殿は四つの建物で構成されていて、一つ目は今しがたミリアが聖得式を受けたばかりの礼拝殿。二つ目は聖女の治癒を求める信者のための治癒殿。三つ目は神殿長をはじめ、枢機卿や神官らが執務を行う執務棟。そして四つ目が聖女が治癒魔法の修練を積むための施設である、聖女合宿棟とあった。


 礼拝殿の案内を終えて、次は治癒殿。今日は聖得式があるので治癒殿が開かれるのが午後からということだった。特別に開場前の治癒殿を案内してもらい、次は執務棟。執務棟は玄関ロビーまで自由に入ることができ、受付に居る灰色神官に要件を伝えれば、会いたい神官に取り次いでもらえるとのことだった。そして最後にエドワードとミリアは、聖女合宿棟へと向かって歩いていた。


 白いアーチ状の屋根の付いた回廊を歩いていると、爽やかな風が吹き抜ける。庭園には緑鮮やかな芝生が敷き詰められ、花壇では百合の花が揺れていた。


 美しい景色とは裏腹に、ミリアの心は落ち着かなかった。ジルベスターの元婚約者である――正確には婚約を正式に結ぶ前だったのだが、聖女のブリジットといつ出くわすのか。それが不安でならなかった。聖女合宿棟へ向かう足がとても重く感じていると、先に歩くエドワードが足を止めた。


「ブリジット嬢は聖女としての活動を休止していてここには来ていない。安心していい」


「どうして、それを……」


 まるでミリアの心情を見透かしているようなエドワードの言葉にミリアは戸惑った。


「其方のことは調べさせてもらった。ジルベスターを籠絡した治癒士とはどれほどの女性か、知っておきたかったからな」


 長身のエドワードから見下げられる視線は冷たく、親戚であるジルベスターを誑し込んだ悪女だと思われているようであった。


「其方は……契約結婚の相手であるジルベスターによって平民に落とされて、離婚したはずだ。それがなぜ、恨んでもいいような相手と再び一緒に居る。復讐が目的か」


 見方によってはジルベスターに身分を剥奪された貴族令嬢に見えることを知り、ミリアは驚く。


「誤解でございます。私が閣下に平民に戻してくださいとお願いしたのです。私たちが一緒に居るのは、お互いの気持ちが通じ合ったからです。感謝こそすれ恨む気持ちなど一切ございません」


「理解し難い。貴族だった父親に拾われてせっかく貴族令嬢となれたのに、自らそれを捨てたと言うのか」


「そうです。私はマイワール卿を父親だと思っていませんし、私を育ててくれた方たちは皆平民です。私は平民の治癒士として誇りをもって生きていたいのです」


 ミリアの表情は真剣だった。決して邪な気持ちでジルベスターの近くに居るのではないと分かって欲しかった。


「そうか、其方は自らの意思でその生き方を選んでいるのだな」


「はい、おっしゃる通りです」


 冷たかったエドワードの表情が少しだけ柔らかくなったような気がした。誤解が解けたようだ思うとミリアは少し安心する。


「――羨ましいものだ」


「え……」


 声が小さくてよく聞き取れなかったが、羨ましいと言われた気がしてミリアはどういう意味なのか聞き直そうとした。しかしそれよりも先にエドワードは再び前を向いて歩き出してしまった。


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