第51話
ミリアは大神殿の礼拝堂に立つのは初めてだった。生まれも育ちも王都であるが、大神殿は特別な日しか平民に開放していなかったので、今まで行く機会がなかった。
正式名称はアントルダム大神殿。目眩がしそうなほど高いドーム状の天井に、高窓からはステンドグラスを通して色彩豊かな光が降り注ぐ。その光を浴びて厳かな雰囲気で佇むのは、片手で杖を持ち、頭からフードを被った男神の石像だった。
今日からミリアは聖女になるために、この大神殿で泊まり込みの講習を受けることになった。ジルベスターは最後まで渋っていたが、こればかりは信じて待ってもらうしかないので、ミリアはひたすら宥めて屋敷を出てきたのだった。
期間はとりあえず三カ月。解呪の習得は難易度が高いらしく、その三カ月で習得できる可能性は極めて低い。もしかすると無駄な努力で終わる可能性さえあった。何せ現在の聖女たちの中で、解呪を習得できているのは筆頭聖女たった一人なのである。もしミリアが習得できなければ、期間を置いて再度挑戦するしかない。
ミリアは急遽マリーゴールド診療所へ手紙を出し、休暇の延長のお願いをした。聖女になって解呪を習得することになった旨と、その期間の代理の治癒士の延長のお願い、それとこうなってしまった簡単な経緯と、相談もせずに決めてしまったことの詫びを認めた。
ジルベスターにお願いして使いを出してもらったのだが、返事を待つことなくここへ来てしまった。
その聖女になる第一歩として最初に受ける儀式――聖得式にミリアは出席していた。
神像の手前右側には、細緻な刺繍の施された豪奢な神官服を着た高齢の神官が並ぶ。彼らは神殿長や枢機卿と言われる宗教的に偉い役職に就く者たちであった。
偉い役職の人たちが並ぶ列の反対側には、青い神官服を着た若い神官らが並んでいる。彼らの先頭にはひと際豪奢な青い神官服を纏った黒髪の神官が居た。その黒髪の神官を含め、青服の神官らはどの人も若く見目麗しい。この場には聖女がほとんど来ていないのだが、たった一人だけ、穏やかな笑みを湛えた年嵩の聖女が神殿長の後ろで参列していた。
そして他にもう一人、ミリアの隣には彼女と同じく聖女になる、白地に金糸の刺繡が施されたお揃いの聖女服を身に纏った十七、八歳くらいの女性が並ぶ。ふわふわとしたくせ毛の金髪を大きなリボンでツインテールにし、瞳の色は琥珀。その顔はあどけなさを残しつつも、貴族の女性特有の気位の高さを滲ませていた。
因みにミリアが纏っている聖女服はロザンナが手配してくれたものだ。ロザンナが後見人となり、ファイを侍女として付けてくれて、衣装や宿泊の準備などヴェルサス家の恥とならないようにと貴族の令嬢と遜色のない支度をしてくれた。
「キャロリーナ・レイビット、そしてミリア・ポーンズ。汝らは神から与えられた治癒の力を存分に発揮し、病に苦しむ者に救いの手を差し伸べることを誓うか」
儀式を取り仕切る、黒髪の神官が言った。
「「はい、誓います」」
「二人とも、神に祈りを」
ミリアと、隣に並ぶキャロリーナ・レイビットと呼ばれた若い女性は、床に両膝をついて両手を組む。そして目を閉じて祈りを捧げた。二人とも、その姿は清らかな聖女そのものだった。
祈りを終え、姿勢を正すと灰色服の下級神官が「こちらをお付けください」と、ブローチを乗せたトレイをミリアとキャロリーナの前に差し出した。それは金製で、小さな葉を四枚付けた小枝の形をしていた。
二人はそれを手に取ると、ピンを外し胸元に取り付ける。
「それは聖女の証である。其方たちが聖女として治癒の技術を磨き、外傷・内部疾患・解毒・解呪の四種の治癒魔法をひとつずつ習得するたびに、そのブローチに宝石の花を追加する。一つでも多くの花を咲かせるよう、精進したまえ」
黒髪の神官が言うのと同時に神殿長の後ろに立つ年嵩の聖女の胸元を見ると、赤・青・緑・黄と四つの宝石の花が咲いていた。
――あのお方が、筆頭聖女のレイラ様……?
ロザンナの親友であり、解呪を習得したという聖女レイラ・グランデ。ミリアの目指すべき人である。難易度が高いといっても不可能ではないのだと、ミリアは絶対に解呪を習得して見せるとこぶしに力を込めた。
それから神殿長やその他の偉い人の祝辞が述べられる。どの偉い人もでっぷりとしたお腹と弛んだ二重顎の持ち主で、贅沢な食生活を送っているのだと思われた。そしてとにかく話が長い。ミリアが欠伸を必死でかみ殺す隣で、キャロリーナは小さく漏らしていた。
「続いて、其方たちの導き手となる担当神官の選定を始める。まずはキャロリーナ・レイビット、希望する神官を指名しなさい」
「はい、私はマリウス・コストナーを指名します」
「マリウス・コストナー、前へ」
「はい」
青服の神官の列から、一人の男性が前へ出る。淡い茶色の髪に優しげな垂れ目は緑青色。目元の黒子が印象的な美形だった。マリウスはキャロリーナの前へ歩み寄ると、跪き彼女の手を取って指先へ唇を落とした。
「約束通り指名してくれてありがとう、キャロリーナ嬢」
「私だけに尽くしなさいよ、マリウス」
「もちろんだよ。僕を選んだことを後悔させないさ」
二人は既に見知った仲のようで、指名することは予め決まっていたらしい。
――困ったわ。私にはそんなお相手は居ないし、目の前に並ぶ神官方は名前さえ知らないのに……いっそのこと担当神官は要らないと言おうかしら。
ミリアがそう思って青服の神官らに目を向けると、彼らはミリアに手を振ったり、ウインクを飛ばしたりと思わずたじろぐようなアピールをしてきた。
――な、何⁈ あの軽薄な人たちはっ⁈
「ミリア・ポーンズ、其方は後見人であるヴェルサス家のロザンナ夫人から担当神官を付けぬよう申し出がされている。しかし担当神官とは治癒を希望する信者と、治癒魔法の使い手である聖女を繋ぐ重要な役割を担っているため、付けぬ訳にはいかない。よって、仮の担当神官として私が付く。希望があれば後日、ここに居る神官たちの中から正式な担当神官を選ぶことも可能であるが、とりあえずは私で我慢して欲しい。それで異存はないだろうか」
担当神官は要らないという要望は通らないらしい。キラキラとした笑顔でアピールを続ける神官らからそっと視線を外し、異存があるなどと言えるはずもなかった。
「……はい。ございません」
ミリアの内心は異存だらけだ。仮とは言え、この人は明らかに他の神官より高位で、見た目の美しさも際立っている。ジルベスターの機嫌が悪くなりそうな相手だった。そして何よりもそこはかとなく漂う高貴な雰囲気。例えて言うならば初めて会った時のジルベスターと似ていると感じさせられた。
――嫌な予感がするわ……。
「以上で聖得式を閉幕する。一同礼拝」
閉幕を告げる言葉で、その場に居る全員が神像に向かって祈りを捧げる。ミリアが再び顔を上げた時には、キャロリーナはマリウスのエスコートで扉の方へ向かって歩き出していた。神殿長や神官らも背を向けて退場しようとしている。黒髪の神官だけが、佇むミリアの元へ向かって歩いてきた。ミリアは目の前で立ち止まるスラリと長身の神官を見上げて思わず息を吞んだ。その男の瞳の色は、ミリアの愛する人と同じタンザナイトの輝きをしていた。




