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貴族になんかなりたくない!  作者: 斉藤加奈子
第二章

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第50話

 ミリアとジルベスターがブルックナー家へ挨拶に行った翌日、ミリアが自室で寛いでいると一枚のメッセージカードが届けられた。


「ロザンナ様からです」


「ありがとう」


 ミリアがファイから受け取ったカードには、今日の午後一時、中庭のガゼホでお茶をしましょう。解呪の習得についての返事はそのときに聞きますと書かれていた。

 解呪の習得について、ミリアはジルベスターを説得できないままでいた。ミリアとしてはジルベスターの直面している呪いの危険から少しでも彼を守りたいと思っているのに、どうしてかジルベスターは決して首を縦に振らなかった。今までミリアの願いは大抵のことは肯定してくれる彼だったのに、今回だけは反対する。


 ――命に関わるというのに……ジルってばどうしちゃったのかしら……。


 ミリアがファイに手伝ってもらいながら令嬢用のドレスに着替えていると、ジルベスターが迎えにきた。


「ミリア、母さんに呼ばれているのだろう。私も行こう」


「ジルも呼ばれているのね。一緒に行きましょう」


 ジルベスターのエスコートで、二人は中庭のガゼホへと向かう。

一昨日よりも多くのバラが咲き誇る中庭のガゼホでは、すでにロザンナが待っていた。


「お招きいただきありがとうございます、ロザンナ様」


「よく来てくれました。あら、ジルベスターまで来たの」


「ミリアが心配ですから」


「過保護ねぇ、まぁいいわ。二人とも座ってちょうだい」


「失礼します」


 ミリアが席に着くと、ジルベスターは何も言わずに不機嫌そうに隣に座った。

 ロザンナの侍女であるエレノアが、美しい所作で紅茶を淹れる。テーブルの中心にはティースタンドが置かれ、二口くらいのサンドイッチや、プチケーキ、スコーンなどの軽食が用意されていた。ロザンナが紅茶を一口飲むと「どうぞ召し上がって」と言い、ミリアとジルベスターも紅茶を口に含んだ。


「本題に入ります。ミリア、貴女は解呪を習得する気はあるのですか」


「いいえ、ミリアは聖女にはなりません」


 すかさず返事をしたのはミリアではなくジルベスターだった。


「貴方は黙っていなさい」


 ロザンナにぴしゃりと窘められて、ジルベスターは不満げな顔をした。


「――私は、解呪を習得したいです。私のせいで閣下が危険に晒されているのなら、自らの手でその憂いを取り除きたいと望んでいます」


「そう、いい心がけだわ」


「ミリア! 君のせいではない! 大神殿なんか行く必要はない!」


いつも穏やかなジルベスターが語気を強めて言った。なぜ彼が頑なに反対するのかミリアには分からない。


「ジルベスター、貴方、自分に自信がないのね。ミリアが取られると思って」


「そんなことはっ……」


 ――私が取られる?


 どういう意味なのかミリアはジルベスターを見るが、ついと目を逸らされる。するとロザンナが説明してくれた。

 聖女には、彼女らを導き、励まし、心のケアまでしてくれる『担当神官』なるものが専属で付く。担当神官と恋仲になる聖女は多く、結婚まで至るケースも少なくない。ジルベスターはその担当神官にミリアが取られてしまうのではないかと不安で反対していると言うのであった。


「ジル、私を信じて」


「もちろん、ミリアのことは信じている。しかし、担当神官は貴族出身者ばかりだ。奴らが強引な手段に出れば君では対処できない。それが心配なんだ」


 ジルベスターは眉尻を下げて、膝の上に置いていたミリアの手をそっと握った。彼の心配ももっともであるが、ミリアは自分は何もせずにただジルベスターに守られるだけの存在ではいたくはない。


「その点については私が根回しをしておきましょう。安心しなさい、私は大神殿に伝手があります。それに筆頭聖女のレイラ様とは親友ですから、ミリアのことはよく言っておきます」


「しかし――」


「つべこべ言わない! ミリア、ジルベスターを守りたいのなら何としてでも解呪を習得して、堂々と隣に立つ権利を手に入れるのです。さあ、立つのです。聖女になるべく、大神殿へお行きなさいっ‼」


 ロザンナはミリアに向かってビシィッ! と人差し指を突き出した。人に指を差されたことのなかったミリアはその気迫に押され思わずのけ反る。ジルベスターが「指を差すな」と言ってその指先をぺしりと叩き落とした。



 ロザンナとのお茶会の後、ミリアとジルベスターはミリアの部屋で寛いでいた。お茶会はジルベスターとロザンナの親子喧嘩で終始し、喧嘩なのにどこか楽しそうに見えるので、本当は仲の良い親子なんだろうとミリアは思った。

 それにしても、流石ジルベスターの母親である。ジルベスターの方が押され気味でタジタジだった。それを思い出してミリアがクスクス笑っていると、拗ねたようにジルベスターが寄りかかってきた。


「何を笑っている」


「ジルも人の子なんだなって」


「当然だ。魔王の子とでも思っていたか。まあ、あの母親なら魔女の子と言われても納得だがな」


「もう、そんな言い方して……」


 魔王も魔女もおとぎ話に出てくる恐ろしい悪役である。かわいらしい山羊の角を側頭部に生やした魔王のジルベスターと、箒にまたがって自由に空を飛ぶ魔女のロザンナを想像して、ミリアはいっそう笑いが止まらなくなった。そんなミリアの頬にジルベスターはそっと手を添えた。


「ミリア、担当神官は聖女に快く治癒魔法を使ってもらうために、若く見目の良い貴族男性に役割が与えられている。どうか、他の男に心を奪われたりしないでくれ」


「私のこと、信用してないの?」


「しているさ。だが君のことになると、余裕がなくなる私を許して欲しい……」


 そう言ってジルベスターはミリアの唇に自身の唇を重ねた。


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