第二二話 ~ メカニック ~
地球連邦側のタウンにある市場通りを、一組の男女が埠頭方面へと歩いている。
女性は上機嫌でステップを踏んで躍るように、くるくると廻りながら男性の前を歩き、対照的に男性は疲れ切った様子でがっくりと肩を落として、女性の後をついていく。
「いやにしけた顔して歩くわね、アイン。アレだけの品が手に入ったんだから喜びなさいな」
あまりにも大きな溜息を吐いて歩く男性、アインの様子にとうとう業を煮やしたのか、コングは上機嫌だった様子から片眉を持ち上げて、頬を膨らませて振り返る。
「いや、あのエンジンにこれだけの材料が手に入ればさ、そりゃ良い機体が作れるだろうさ。でもな」
「なによ」
自分を不機嫌な様子を隠すことなく、器用に人を避けながら後ろ歩きで前を歩くコングに感心しながら、アインはコングの言葉に同意する。
それでもそれとこれとは別と、その手に入れた手段を思い出して再び溜息がこぼれた。
そのあからさまな様子にコングは、ますます頬を膨らませて加速度的に不機嫌になっていく。
「アレ、これから苦労するの俺なんだぜ。デザイン一つ考えるのにどれくらいかかると思ってるんだよ!」
「むぅ」
続くアインの言葉に、さすがに自分の我侭に巻き込んでしまったことを自覚しているコングは、少しは罪悪感めいたものが湧き上がったのか、唸るだけで反論の展開はしなかった。
実際、コングが今回の買い物で立ち寄ったトルーパーのパーツをメインの商品にしながら、素材についても品揃えが豊富な大手のプレイヤー経営店舗でしたことは、承諾なしでアインの知的財産を勝手に売買したようなものだった。
その店舗にてコングが見つけた掘り出し物であったトルーパーのエンジンは、彼女が作成を予定していたエンジンと比べて五〇パーセント増しの出力をマークしており、このエンジンに対しての値段としては破格の値段と言ってもよかった。
しかし完成品と素材と比べた場合、完成品がどんなに破格のセール品とは言っても、素材よりも値段は高い。
アルターにカスパー、ドライの三人にも資金を提供させて資金が増えたとはいえ、かなりカツカツと言っていいほど予算を使う計算で購入計画を立てていたコングは、そのエンジンの前でかなり悩むこととなった。
このエンジンを買えば、予定よりも出力が増すことでより強力な機体を作ることが出来る。
ミスリル鉱がRainの提供で手元にあり、それを使いフレームを作る予定のため、機体強度的にはたとえ出力が上がったとしても問題はない。
しかし、出力に見合った燃費を考えるとプロペラントタンクなども増設したくなるため、その資金も考えると完全に足が出る。
さらに他の部分に使う素材の質を、残りの資金を考え落とすことになれば、とてもバランスの悪い機体となって、はっきり言って扱いづらいピーキーな機体になってしまう。
そこでコングが思いついてしまったことが、アインがここの店主であるプレイヤーと懇意にしているということを元にした、ローンに近いことをする交渉だった。
分割払いを払う相手は、このエンジンを使う機体に乗る悠陽にしてしまえば自分の懐は痛まない。
そう安易に考えてしまったことが、コングの一つ目の失策だった。
「いいじゃない、私も手伝うしさ。期限も結構ながいし」
あははと乾いた笑いを浮かべるコングを、アインはうつむいた顔を上げることなく上目遣いに睨みつける。
悠陽に押し付ける気満々で行ったローンの交渉はコングの名前と、アインが店主と懇意であることが邪魔をした。
コングのレベルと技能の熟練度に加え、アインが行う外装デザインの良さを店主が知っていたことが原因で、これがコングの二つ目の失策となる。
ローンでエンジンを売るのではなく、トルーパーのパーツ作成とトルーパーの外装デザインの提供を、金銭の代わりとすることで大幅な値引きを店主は提案し、これをコングは喜び勇んで呑んだのだが、契約が決まった後で確認したパーツ作成と外装デザインの数に驚くこととなる。
「デザイン考えるのをどうやって手伝うんだよ。絶対リテイクとか出てくるに決まってる」
これが漫画であるなら目の幅涙を流しているような雰囲気で、これ以上もう落とせないくらいに肩を落として、コングの言葉にアインは疲れたように言い返す。
「出来上がったデザインデータのコンバートとか?」
「んなもん、プログラムをクリックするだけだろが。それにそっちも、あの数大丈夫なのかよ」
「うぐ」
顎に人差し指を当てて、小首をかしげるようにして考えたコングの答えに、溜息を吐いてツッコミを入れるアインの背中は、まるで疲れ切った中年の企業戦士のおっさんのように煤けて見えた。
ついでにコングも自分が引き受けるパーツ作成の数を思い出し、アイン以上に肩を落とすことになった。
「未発表のものを数点解放するかぁ。ツヴァイ用に取っといたやつなんだけどなぁ」
VG研の私設埠頭への入口が見えてきたこともあって、セカンドキャラのためにとっておいた外装デザインを数点放出することを決め、アインは気持ちを切り替える。
そもそも愚痴も勝手に話を纏めてしまったコングへのあてつけというだけで、本気で言っていたわけではない。
「ほんとごめんね。あのエンジン、ほんとに掘り出し物だったからさ。なんせ銘が名人ホンダさんなんだよ」
「はいはい、わかってるよ。コングの目標の人だっけ?」
「そそ、レベルもそうだけど、様々な製造系のスキルに対する熟練度がすごいのよね。さすがにあそこまでの時間、製造にだけ時間を使えないから、きっと無理だろうけどね」
苦笑を浮かべながら天を仰ぐアインに、自分も気持ちを切り替え謝ったコングのエンジン制作者の話から、キャラクターのレベルやスキル熟練度の話へと変わる。
現在のバージョンにおいての強力なパーツ作成に必要なスキル構成から、パーツの作成手順をお互いの意見を交わしあい、次第に次回の大型アップデートにおいてのバランス調整によってどう変わってくるかの予想になっていく。
「次回のアップデートで遠距離狙撃が絶対弱体化でカチャターン祭りだろ。強化は不遇の戦艦の対空機銃くらいか?」
「だろうねぇ。強化パッチはわからないけど、弱体化パッチは確実だろうね」
人差し指だけを突きだして手で拳銃を表現し、こめかみに突きつけて撃つまねをするアインに、コングは同意して頷く。
現在のPvPにおいての遠距離狙撃プレイヤーの集中運用が、防衛戦において無類の強さを発揮している状況のため、拠点争奪戦が若干消極的になってきている問題の解決として、運営は遠距離狙撃の弱体化を決め、来月予定の新マップやタウンの機能強化などの大型アップデートに併せて実施すると発表していた。
その弱体化がどこまでになるのかがパイロットの間では、重要な案件として話題にのぼっており、生産側としても売れ筋のパーツを作成するためにも、その話題をはずすことはできなかった。
「ま、でも今回は関係ないか。作るのは近近仕様だっけ? 高出力のエンジンがあるから高い機動性を持たせて、戦場を縦横に駆け巡る感じか?」
「ん~、私の希望としては機動性よりも運動性をメインに高くしたいかな? 優君、結構操縦うまくなりそうだし」
そして今回作る悠陽のトルーパーの話へとなっていった。
悠陽の希望するトルーパーのコンセプトから、さらに細かい方向付けを考え、より具体的にどのようなトルーパーを作るのかを、私設埠頭に入り工房へ向かう道を歩きながら二人は話し合う。
「となると各部に姿勢制御のスラスターを増やすのと、操縦に対する反応速度を上げるために各部関節等の高性能化に……。うわぁ、面倒そうだなぁ」
「基本的に重要部分のパーツ作成は私がするから、アインは装甲板とかを作成してくれると助かるかな」
「へいへい。あとは数必要なやつかな? レシピをくれれば作れるなら作るよ」
「うん。そこら辺は任せる」
そこから分担作業をどうするかという話へと移り、基本的にレベルとスキル熟練度の高いコングが様々なパーツを作り、造形に一家言持つアインが装甲板を作成する傍ら、外装のデザインを形作りながら細かく数が必要な部品の作成と組み立てを行うこととなった。
「どんなデザインにするかな。近近仕様となると西洋の騎士をモチーフにするか、鎧武者をモチーフにするか」
「その辺は乗る人の意見を聞いてからのほうがよくない?」
「そうだな。潜入クエならそろそろ終わるだろうしな」
銀河大戦ではトルーパーに限らず戦艦も細かな外観のデザインができるほかに、一つ一つのパーツについても、細かく調整もしくは性能の向上をすることができる。
それはレベルとスキルの熟練度によりどこまでできるか変わってくるが、バランスよく調整、性能の向上をしたパーツを作成するコツは、それぞれ作成するプレイヤーのセンスにかかってくる。
ゆえに高性能でバランスのとれたパーツや洗練された外装デザインなどを作り出すプレイヤーは、コングの目指すホンダのように有名になり、その作品は多くのプレイヤーに求められるようになる。
「さてと、まずはフレームから作っちゃいますか」
工房にたどり着いた二人は、それぞれ自分専用に作られた作成用のデスクに座る。
メカニックがパーツやトルーパー、戦艦の組み立てを行う場合、この作成作業用デスクが必要になる。
私設埠頭に工房を作れば、自動的に登録メカニックの数だけ一番初期型の作成作業用のデスクが出現する。
それを各自メカニックがそれぞれ資金を投入して、より高度な作業が出来るように、より品質の良いものが作れるように作成作業用デスクを改造していく。
私設埠頭がない、もしくは工房が無い場合でも市庁舎でタウンにある工房をレンタルすることで、作成作業用デスクを持つことはできるが、こちらは私設埠頭の工房にある作成作業用デスクと違い改造することはできず、レンタルするときにデスクのレベルをプレイヤーが決定する。
メカニックの各パーツやトルーパー、戦艦の作成手順は、基本的に作成するものをデスクの作成物表から選び決定する。
次に作成物に必要な素材カードを用意して、作成作業デスクのカードスロットに挿し込む。
作成作業用デスクの製作実行ボタンを押せば、自動的にパーツやトルーパー、戦艦が作成される。
レベルやスキル熟練度が上がることで作成可能パーツが増えるだけでなく、作成実行の前にそのパーツやトルーパー、戦艦をある程度自由にカスタマイズする作業を組み込むようにできるようになるのである。
コングは宣言通り、作成作業用デスクに表示された作成可能リストからトルーパー用のフレームをまず選ぶ。
フレーム作成に必要な数のミスリル鉱のカードを、作成作業用デスクのカードスロットに挿し込み、さらにコングは用意していた特殊樹脂カードを、フレーム作成の必要素材にかかれていないにも関わらずカードスロットに挿し込んだ。
「まずは肉抜きと補強ッと」
作成作業デスクに表示されたトルーパーのフレームパーツの概要を弄るべく、コングはカスタマイズ画面を起動させる。
フレームの各部を拡大表示させ、強度の必要が無い部分を削りフレームの肉抜きをするのと平行して、より負荷がかかるであろう部分を削った素材を用いて補強していく。
さらに削って穴の空いた部分に、本来必要でなかった特殊樹脂カードを使い穴を埋めることで、肉抜き部分の強度も重量を軽減しながら、減り過ぎないように補強していった。
「次はっと。背骨の作成」
基本トルーパーは外部装甲を骨格として、フレームや内部構造を支える外骨格構造であるのだが、それでは装甲が破損した場合に、その構造が加速度的に崩壊していくことが往々にして存在する。
そのため多くのトルーパー作成者は、トルーパーの内部でトルーパー自体を支えられるようにフレームに内骨格の機能も持たせることで、基本は装甲で支える外骨格構造ではあるがフレームでも支えることで、一部の装甲が壊れたことで急速に崩壊するようにトルーパーが自壊するのを防いでいる。
コングはこの内骨格作成に長けており、外骨格に頼ることなく内骨格だけでトルーパーを支えることも可能ではあるが、それでは高い運動性を持たせた場合、フレームの歪みを抑えることがまだ難しいので、今回は外骨格も利用することで高い運動性を発揮することで発生するGに対して高い耐性を持たせる。
「あとはハードポイント増設のために若干の大型化と……。近近仕様とは矛盾しそうだけど、まっいいか」
大型化することで被弾面積は大きくなり、より速く大きく動かなくては攻撃を避けることが出来なくなることに加え、大型化は機体そのものの重量を増やし、エンジンの出力が通常のままであれば、それは機動性、運動性にかなりの悪影響を与える。
以上のことから大型化することは相手の懐に入り込む、後ろに回りこむなどの運動性が大事である近接格闘戦において不利なことは明らかである。
しかし大型化はけっして近接格闘戦に不向きであるとは言えない。
エンジンの出力に余裕があるのであれば、通常よりも多くの姿勢制御スラスターを機体各所に増設することで運動性を確保し、そのスラスターを支えるための推進剤が入るプロペラントタンクも、大型化することで生まれた余剰機体スペースに、より多く積むことが出来る。
さらに重量移動による姿勢制御法を用いるならば、より重量があったほうがその効果は高い。
よって大型化が近接格闘戦仕様機を作るうえで、一概に悪手であるとは言えない。
もっとも大型化した機体で近接格闘戦をすることは、より素早く相手の攻撃や動きに対して反応をしなければいけなくなるため、パイロットにかかる負担は増えることは言うまでもない。
およそ一回りほど大きくなったフレームの動作確認を、作成作業用デスクに備え付けられているプログラムで行い、一応破綻なく動く様子をモニターで確認したコングは、作成実行ボタンを押した。
実行ボタンを押してしまえば作成にかかる時間はほぼ一瞬で、作成作業用デスクのカードスロットから、コングが調整した作成データを基に完成したフレームアイテムカードが出てくる。
「とりあえずフレーム完成っと。次々作らないと時間がかかってしょうがないわね」
出来上がったフレームアイテムカードを無くさないように、自分のアイテムボックスたるインベントリにしまい、ゲームであるから凝るはずもない首と肩をまわして、椅子の上で腕を上に伸ばす。
「コング。スラスターって嵐姫式二〇一を一〇個に、D-GL式を二〇個だったよな?」
「そそ。できた?」
「おう。次は?」
トルーパー作成者によっては、自分が作ったパーツの造型データをネットで公開している。
中にはそのデータを有料で販売しているプレイヤーも居るが、今回は無料公開しているデータを落としておいたもの使用している。
そのデータを作成作業用デスクに読み込ませ、調整画面をスキップしてスラスターを量産していたアインが、その作業を終えたことをコングに伝え、次の作業の指示を求める。
「次はプロペラントタンクを大型のD-GL式二型を四つに、LAT式冷却装置を一〇個お願い」
「了解。作成データはっと」
指示を受けたアインは、作成作業用デスクに読み込ませておいた作成データを呼び出し、作成するものの指示をデスクに書き込んでいく。
作成作業用デスクは、ある程度の数の作成予定を書き込むことが出来る。
作成データと数量をデスクに書き込み、材料となるアイテムカードを差し込めば、デスクの方が自動的に作成してくれるため、消耗品を作成しながら他の作業を行うことができる。
アインはこの機能を使い、数を生産しなくてはならないパーツアイテムを自動的に作成作業用デスクの自動作成に任せ、自分は悠陽のトルーパーの外装デザインに一応商人プレイヤーに渡す外装デザインを考える。
「さてと私はアクチュエーターを作っちゃいましょうかね」
関節の駆動装置であるアクチュエーターは、もちろん関節の数だけ種類がある。
基本的にこの部分は、軸受部分などを通常のものから超伝導型磁気軸受や反発型磁気軸受などの磁気浮上を利用したものへと変更することで、軸を摩擦無く正確かつ滑らかに回転させ、関節各部の動作開始から終了までの反応速度を上げることを、基本改造として多くのプレイヤーがアクチュエーターに施している。
アクチュエーター部分の基本改造以外の改造データを公開しているプレイヤーも居ることは居るけれども、その性能は基本改造を施したものと比べて、ノーマルのものから基本改造を施したものと比べたほどの性能差は無い。
誤差範囲に収まってしまう改造のため、コストパフォーマンスも含めて考えると、わざわざ改造を施す必要性を感じるプレイヤーは少なく、ほとんどのプレイヤーはアクチュエーターの改造を基本改造に留めている。
今回もその多くと同様で基本改造のみに留めるが、コングはより低コストで作成可能な反発型磁気軸受ではなく、高コストではあるがより性能の高い超伝導型磁気軸受を採用したものを作成することを決める。
アクチュエーターは数を作る必要があるため、コングもアイン同様、作成作業用デスクの自動作成機能を利用しようと必要個数と作成データを入力していく。
「アイン。一息いれようと思うんだけど、レストルーム行かない?」
「おう。根詰めすぎてもいけないしな。一息いれよう」
作成作業用デスクに作成データを入力し、必要素材アイテムカードをスロットに差し込んだコングは大きく伸びをして立ち上がる。
それにあわせてアインも、デザインを書き留めていた作成作業用デスクの機能であるメモ帳を、書き込んだデータを保存してから閉じて立ち上がった。
「やっぱり使う人間の意見を聞いてみないと、本決まりって言えるデザインできんわ」
前屈から大きく上に伸び上がったアインは、脱力しながら愚痴をこぼす。
どうにもこれだと自分で思えるデザインが思い浮かばなかったようで、若干難しい顔をしている。
「ま、紅茶でも飲んでゆっくりしましょ。一回リセットすればいい案浮かぶわよ」
コングはアインの背中を軽く叩いて退出を促し、二人で共用レストルームへ向かうのだった。




