第二三話 ~ デザイン ~
「アイン、なに飲む?」
共用レストルームに入るとコングは、一直線にバーカウンターに向かいキャビネットからグラスを二つ取りだした。
「アイスカフェオレでおねがい」
「はいはい」
アインの答えを聞いて、コングはカウンター下の冷蔵庫からアイスコーヒーと牛乳、自分用のアイスティーを取り出す。
用意した二つのグラスに氷を入れてから、アインにはアイスコーヒーに牛乳を半々でいれてアイスカフェオレ、自分にはストレートのアイスティーをそれぞれのグラスに注いだ。
「はい、カフェオレ」
「サンクス」
ソファに座り、工房から持ち出した外装デザインのデータをレストルームに置いてある、外装などのデザインだけを作成可能な簡易作成作業用デスクに、読み込ませていたアインにカフェオレの入ったグラスを差し出す。
お礼を言って受け取ったアインは、一旦画面から目を離すとグラスに口をつけると、グラスを置いて脱力したように肩を落とした。
対面に座ったコングは、自分の用意したアイスティーを一口飲んだ後グラスをテーブルの上に置いて、ソファに身を投げ出すようにしているアインに、目でその理由を問う。
「ん? なかなか良いデザインができなくてね。さっきチラッと見たけど、フレームを大型化してたじゃないか。そうするとまたそれなりのデザインじゃないと俺が納得できなくてな」
苦笑いを浮かべて“ボツったのあっち用にすればいいから、まだ楽なんだけどね”と言うアインは、再びグラスを手に取り、アイスカフェオレを口に含む。
「あらら、ごめんね。いろいろつけようと思うとハードポイント増設しないといけないから」
「それは判ってるから大丈夫。アレだけのスラスター用意して、冷却装置もだろ。予想できるよ」
テーブルに置いたグラスを両手で持って、申し訳無さそうに小さくなっているコングに、アインは今度は困ったような表情に笑いを浮かべて、コングの謝罪を受け入れる。
「そういやこの前、理工の奴らが電磁投射砲を作ったらしくてな。試射テストするから見に来るかと誘われたんだが」
「あ、面白そう。いつ?」
アインが雰囲気を変えようと出した話題に、コングはいっそオーバーアクションと言っていいほど、身を乗り出して食いついた。
電磁投射砲の試射テストは、アインの話では野球部の遠征期間を利用して、野球部専用のグラウンドを借りて行うようで、今度の日曜日ということで二人は待ち合わせの場所と時間を話し合う。
「ただいまです。クエスト終了したので戻ってまいりました」
共用レストルームの扉を勢い良く開けて、元気良く阿求亜が一人で入ってくる。
「おかえりなさい。他は?」
「ちょっとドロップについてカスパーさんが吠えてましたから、しばらくしたら来ると思いますよ」
ソファから立ち上がりバーカウンターに向かって、阿求亜のために飲み物を用意しながら尋ねたコングの言葉に、阿求亜は小首を傾げながら状況を思いだしてから、大まかに纏めて笑顔でコングに報告する。
「じゃあ、すぐ来るかな。悠陽にどんな外装が良いか聞きたいから良かった」
「そうね。こっちも勝手にコンセプト決めて作ってるから、その擂り合わせしなきゃ」
阿求亜の答えにソファのアインが仕事が進むと安堵の溜息を吐き、コングも作成しているトルーパーについての意見や要望を、悠陽と話し合わないとと何度も頷きながら、用意したアイスティーを阿求亜に差し出す。
「悠陽さんのトルーパー、どうです?」
コングから受け取ったグラスを両手で捧げ持つようにして、ストローでアイスティーを飲みながら阿求亜は、悠陽たちが来ることに安堵の雰囲気を見せる二人に恐る恐る尋ねる。
その表情は何か問題でもあったのではと、不安に思っていることがありありと浮かび、上目遣いでコングの様子を伺っていることに、コングは思わず相好を崩してしまう。
「あ~もう、阿求亜ちゃんはやっぱり可愛いわ! お姉さん、抱きしめちゃいたいわ」
「えっ? あっ? ちょっ。コ、コングさん、こぼれるこぼれる」
バーカウンターから身を乗り出して、阿求亜の頭を強引にその豊かな胸に抱きしめるコングに、阿求亜は若干混乱しながら抵抗を試みるも、彼女の力の前には無駄な抵抗でしかなかった。
精々できることは、グラスに入ったアイスティーを零さないように口を右手で押さえることくらいだが、それもコングに身体を揺さぶられるたびに、右手とグラスの口の隙間から時々零れている。
「阿求亜ちゃん、トルーパーは順調に出来てるよ。ただ悠陽の意見を反映させてあげたいってだけだよ」
アインは、バーカウンターで繰り広げられていることを見ないように視線を外して、自分のアイスカフェオレを一口飲んで阿求亜に答える。
「アインさん~、見ない振りしてないで助けてください~」
「ごめん、無理」
コングに抱きつかれ泣きが入ってきた阿求亜は、ソファで寛ぎこちらを見てみぬ振りをしているアインに助けを求めるけれど、阿求亜を抱きしめたまま、ジロリと鋭い視線で睨みつけるコングを視界に入れた瞬間、即答でアインはその懇願を断った。
「アインさ~ん~。……コングさんもいいかげんにしてください!」
しばらく抱きつかれ頭をコングに撫でられるまま、アインに対して助けを求める視線を向けていた阿求亜であったが、我慢も限界に達したのか強引にコングの拘束から逃れると鋭い語気で一喝した。
抵抗を諦めたと油断していたコングは、するりと阿求亜が自分の拘束から抜けたことで、バーカウンターにつんのめるのを防ぐために両手で支える。
「もう、恥ずかしがらなくてもいいじゃない」
「そういう問題じゃありません」
「え~」
「コングさん」
両手を腰に当て、ジッと睨む阿求亜の様子にコングは、乾いた笑いを浮かべながら誤魔化そうとふざけて、阿求亜の柔らかそうな膨らませた頬を指でつつくも、その手を払い落とされ淡々とした口調でたしなめられる。
それでも尚、不満そうにするコングの名を阿求亜が呼び、冷たく冷めた瞳で睨んだところでコングが引き下がり、阿求亜にしぶしぶながら謝る。
「もう悪ふざけもほどほどにしてくださいよ、コングさん」
「あはは、ごめんね、阿求亜ちゃん」
矛を収め、溜息と共に言う阿求亜に、コングは乾いた笑いを再び浮かべて、両手を合わせてもう一度謝った。
それを受けて“仕方ないですね”と溜息を吐いて阿求亜が笑顔を見せる。
「そういえば他の面子は遅いな。カスパーあたりが暴れてるのか?」
コングが謝り阿求亜が受け入れるといういつもの着地点についたことで、アインは内心安堵の溜息をもらしつつ、クエストが終わってから時間が経ったにも関わらず、現れない他のメンバーについての話題を出して空気を入れ替える。
「そういえばそうですね。どうしたんだろ?」
アインの言葉に阿求亜は壁に掛けられた時計を見て、小首を傾げて同意する。
その言葉とほぼ同時にレストルームの扉が開き、アルターが中に入ってきた。
「ただいま。おっ、コングにアインもいたのか」
「あら、お帰りなさい。ほんと噂をすると影が差すのね」
「ん? どういうことだ?」
「こっちのこと」
挨拶に答えたコングの言葉に反応してアルターは問い返すが、コングは“気にするな”と曖昧な笑顔を浮かべて首を横に振って、アルターの飲み物を用意する。
「優君は?」
「もう来るんじゃないか? ほぼ一緒にこっちに戻ったしな」
飲み物を受け取りながらコングの質問にアルターが答える。
出された飲み物を一口飲んで扉に目を向ければ、扉の向こうからバタバタと通路を走る足音が聞こえてきた。
その足音に同じく気がついたコングに“ほらな”というように、アインは目配せをする。
「ただいまです」
駆け足の勢いのまま扉を開けて、レストルームに悠陽が入ってくる。
「おかえりなさい、悠陽さん」
阿求亜がまず悠陽の挨拶に答え、アルター、アイン、コングもそれに続く。
それぞれにまた悠陽も言葉を返しながらバーカウンターに向かい、足音が聞こえてから用意を始めていたコングから飲み物を受け取って、それを一息に飲み干した。
「アルターさん、先に行かないでくださいよ。まだどこに何があるか判ってないんですから」
「あぁ、すまん。そういえば入ったばかりだったよな」
私設埠頭に戻ってアルターの姿がないことで、散々この中を走り回った様子の悠陽の抗議に、アルターはばつの悪そうな表情を浮かべて悠陽に謝る。
「ま、とりあえずはたどり着いたんだからいいじゃない。それにこの中をいろいろみれたでしょ?」
そこそこ大きな身体を申し訳無さそうに小さくしているアルターの様子に笑いを堪えながら、コングが悠陽との間に入って仲裁に入ったが、その笑いをこらえた言葉にはなんら本気で仲裁しようという気持ちが入っていない。
そのあまりにもな仲裁に、当人である悠陽とアルターは同時顔を見合わせ、そのあまりのタイミングに思わず噴出してしまった。
「悠陽。そっちの話が終わったなら、こっちに来てこれを見てくれないか?」
なんとか笑いの発作を治め、改めてアルターの謝罪を受け入れた悠陽がコングから飲み物のおかわりを貰っているところに、ソファからアインが簡易作成作業用デスクのモニターをバーカウンターへ向けて声をかけた。
そのモニターにはアインの作ったトルーパー外装デザインが正面、背面、横面の三面を一つとして数点映し出されていた。
「鎧武者っぽいのにフルプレート、なんかアニメに出てきそうなデザインってところだな」
「どんな外装が悠陽の好みかな? と適当に選んでみた」
そのモニターを悠陽と一緒に覗き込んだアルターの言葉にアインは頷く。
直線をメインにすることで、ゲーム上では有効かどうかわからないが放熱性を上げたデザインや、装甲に丸みや傾斜を用いることで、砲弾の運動エネルギーを分散させ逸らして弾くように考えられたデザインなど、アインがデザインしたものに加え、アニメや漫画などに登場した二足歩行機動兵器を真似たものなどを、簡易作成作業用デスクを操作して次々とアインは悠陽に見せていく。
「まぁこん中から選べってわけじゃないんだけどな。方向性が知りたいってところなんだ」
真剣な表情で次々にモニターに映るデザイン案を見つめる悠陽に、アインはこのデザインを見せる意図を話す。
実際、この中のデザインを選んでもらったほうが楽ではあるのだが、トルーパーを組み上げる際に、そのままデザインを有効にしてしまうと、関節の稼働域が計算より小さくなってしまったり、スラスターが取り付けられなかったりと様々な面で不都合が出てきてしまう。
そのため結局は一からデザインするのと、あまり変わらないときがよくある。
だからアインはこの中から方向性を決めてもらい、悠陽用にある程度一からデザインを書き起こすつもりではいた。
「基本的に曲線を多用したタイプよりは、直線を多く使ったシャープな感じのデザインが好きですね」
そう言って悠陽は、好みのデザインを表示されたデザイン案の中から数点選んでいった。
「ならこんなのはどうだい?」
その悠陽の選ぶ傾向からアインはストックの中から一枚のデザインを選んで悠陽に見せる。
長烏帽子兜を被ったような鎧武者を髣髴させるデザインでありながら、曲線を使わず直線を多用した大きく張り出した肩部装甲、細身でありながら均整の取れた胴体、若干胴体と比べて太く感じるが、しっかりと大地を踏みしめる力強い脚部、その全体像は一言で言えばSF映画に出てくるような強化外骨格をまとった鬼にも見える。
「ドライさん、このデザインって使ってもいいんですか?」
「ん? かまわないぞ」
このデザインを気に入ったようで使用許可を求めてきた悠陽に、アインは即答で快諾する。
「おい、アイン。あれ、姐御に目つきが嫌ってリテイクくらったやつじゃ?」
「コンセプトは同じ近近だから、微調整しやすいんだよ。それに実に厨二心をくすぐるデザインだしな、このまま眠らせておくのは俺がいやだ」
アインから使用許可が下りたことで、ニコニコと笑顔でモニターのデザインを見つめる悠陽を少々複雑な表情で見つめるアルターが、アインにデザインの出所についてツッコミをいれるけれど、アインのほうはそのようなことはどこ吹く風と、飄々とした様子で自分が楽を出来ると喜ぶ。
さらに自分の我侭も理由に加えるあたり、悠陽の好みがわかった段階で意図的に隠しておいたこのデザインの使用を決めたようだ。
「さいですか。まぁ厨二心をくすぐるってのはわからないでもないけどな。でもよ、ブレードアンテナとかついても良くね?」
「まぁエース用って感じでいいかもしれないけど、俺はどちらかというと量産前提ってデザインの方が好きなんだがな」
アインの開き直った様子に呆れるアルターではあったが、デザインについての意見については同意だったようで、いかに男の子好きするようなデザインになるか、アインと熱く語り始める。
そんな二人を阿求亜がバーカウンターのストゥールに腰掛けて、両手で大事そうにアイスティーの入ったグラスを持ちストローで中身を飲みながら、呆れた表情を浮かべて見つめていた。
「優君、ちょっといいかな?」
二人の世界に入ってしまった男二人に軽く苦笑を浮かべて、呆れてその二人を見る阿求亜にバーカウンターの中を任せるとコングは、自分のトルーパーの外装デザインからそれを動かす自分を想像しているだろう悠陽に声をかける。
「優君のトルーパーについてなんだけど」
そう言ってコングは悠陽のトルーパーについて大まかに決めていたコンセプトから、コング自身がそれに合わせて決めたトルーパーの大型化や、高運動性などの細かい仕様を説明していく。
利点、欠点、注意点など今まで作ってきたトルーパーから考えられることを、操縦方法から戦闘方法にいたるまで細かく、コングは悠陽にアドバイスを与える。
「というわけで、ちょっとパイロットに負担がかかるかもしれないけどいいかな?」
最後に両手を合わせて、トルーパーの仕様上パイロットの技量がかなり必要になってしまったことを許してくれるように、上目遣いに悠陽を見つめてお願いした。
「……えぇと。それは俺だとうまく動かせないってことですか?」
「ん~。慣れればそんなことは無いと思うけど、より素早く、より大きく動かないといけないから、反応速度が速くないときついかなと」
「なるほど。それなら頑張ってみますよ。最初は戦果を期待されると困りますけどね」
コングに簡単に確認をとった悠陽は、成果はどこまで出るか判らないと注釈をつけつつも、笑顔で了承した。
「優君、ありがと! よぉし、お姉さん、頑張っちゃうかな!」
コングは悠陽の頬に軽く触れる程度に唇を当てると、笑顔で腕まくりしてガッツポーズをとった。
その突然のコングの口づけに、一瞬悠陽は呆気に取られ、何をされたか理解すると唇の当たった頬を手で押さえて顔を赤くしてしまう。
「あらぁ、優君。顔、赤くしちゃってどうしたのかなぁ?」
目ざとく悠陽の様子に気がついたコングが赤くなった頬を指摘すると、悠陽の頬は余計に赤くなっていく。
その初心な様子にコングは、優しく微笑みながらも悠陽をおもちゃにして遊ぶのをやめず、大げさに反応する悠陽の様子を楽しんだ。
「皆いるか?」
コングのからかいにいいかげんに悠陽の我慢が限界に達する前に、レストルームの扉が開いてTakuを先頭にベイトとカスパーが入ってくる。
「いや姐御がまだ、市庁舎から戻ってきてないですね」
アルターがTakuに答え、何があったのかを後ろに続くベイトに目で説明を求めた。
「将軍のとこを中心に数師団合同で、エルフの資源惑星を落とすことになった」
アルターに促されたベイトの言葉に、レストルームの緩んだ空気は一変して引き締まったものに変わるのだった。




