第一二話 ~ 顔合わせ ~
昼食を終え優が銀河大戦にログインして悠陽となり、残っているチュートリアルの破棄を操縦技術訓練担当教官に申し入れてタウンに入ったときにはすでに時刻は一時半になろうとしていた。
「思いのほか時間かかったなぁ。ま、姉貴に“囁き”でも送っておくかね」
悠陽はタウンの入口たるステーションと言われる駅舎のような建物の入口の階段を下りながら、システムメニューを呼び出す。
浮かび上がった白いパネルからチャット機能を呼び出し、瞳のキャラクター名である“Rain”を白いパネルの相手先を指定する書き込み欄に入力すると、悠陽の耳に呼び出し中を示す音楽が鳴る。
銀河大戦のチャット機能は現実の携帯電話のような機能になっており、前時代のVRになる前のネットワークゲームで行われていたチャット機能のうち、話したい相手と一対一で話す機能であった“囁き”機能から銀河大戦ではチャット機能を“囁き”と呼んでいる。
「優? どうしたんだい、“囁き”なんか送ってきたりして」
Rainが“囁き”に応じたため呼び出し音楽が切れ、悠陽の耳に直接Rainの声が聞こえた。
「ちょっとクエ破棄に手間取ってさ。今タウンに着いたから時間に遅れるんで“囁き”送った」
「あ、そうなのかい? 了解したよ。こっちも若干一名遅れてるから気にせずに来な」
悠陽の“囁き”に最初は訝しげな色を声に浮かべていたRainの声が、悠陽の言葉に納得したように明るいものとなった。
「……ねぇ、ひとつ聞いていい?」
「ん? いったいなんだってんだい? 答えられることだったら構わないよ」
Rainが“囁き”に出てから徐々に困惑の色を表情に浮かべていた悠陽は、その原因たるRainに意を決したように質問の許可を取ってみると、蓮っ葉な調子で明るくRainは快諾する。
「その口調……なに?」
「ん? ただの女傭兵隊長のRPよ、RP。折角の役割を演じるゲームをやってるんだからそれなりの遊び方しないと面白くないじゃない」
普段と違った蓮っ葉な口調を普段の口調に戻して、Rainは悠陽の疑問に答える。
様々な設定を自分で作り、その役割を演じて楽しむことはRPGという遊び、role-役割を playing-演じる game-遊びの原点として机を囲んでサイコロを振って遊んでいた時代を過ぎ、ネットワーク上でコンピュータがゲームマスターの役割を行うようになってからも数多くの人間が行っていた。
それがVRゲームになったと現在でも代わらず、Rainのように別人を演じるような遊び方はそれが一般的常識というわけではないが、それなりの人数がここで様々な設定を作成して自分なりの演技で役割を演じている。前時代のネットワークゲームでもいた性別を逆転したキャラクターで遊ぶ人間、所謂ネカマ、ネナベも少なからず存在している。
「まぁそういうわけだから、違和感があっても気にするんじゃないよ、いいね」
「了解。まぁとりあえずそんなわけなので遅れるね」
「あいよ。ゆっくり来な」
そう締めくくり悠陽とRainは“囁き”を切る。
システムメニューのチャット機能を悠陽は閉じ、今度はマップ機能を呼び出す。
目の前に白いパネルがもう一枚現れ、その中に悠陽がいる地点を中心に現在いるマップであるタウンの大まかな地図が表示される。
タブレットを操るように指を使い、地図の表示されているパネルを操り表示倍率を変えるとより詳細なタウンの地図がパネルに表示され、悠陽がいる現在地点の中央ステーション前という文字が読めるようになった。
その倍率で宇宙港を場所を表示して、第四五埠頭を探す。
「うは。結構面倒な位置にありやんの」
見つけた第四五埠頭は宇宙港の入口からかなり離れ入り組んだ先にあるため、少々自分が方向音痴であると自覚がある悠陽には一人で向かうことができるか不安が胸のうちに広がっていく。
「まぁいいや。現地で案内してくれそうな人探すかな」
そう言って悠陽が地図上で宇宙港の入口部分をダブルクリックするように二回連続で軽く叩くと、“宇宙港入り口へ移動しますか”と書かれた新たなパネルが出現する。
迷うことなく悠陽がそのパネルの“Yes”と書かれた部分をクリックすると悠陽の足元が光り、転移移動特有の浮遊感と不快感に襲われる。
一瞬の暗転の後、周囲の光景は先ほどまでいた華やかな雰囲気の中央ステーション前から、質実剛健な実利主義のような灰色のコンクリートの地面に綺麗に区画整理された灰色のビルの立ち並ぶ宇宙港区画の入口に立っていた。
「さてと、第四五埠頭まで誰か案内してくれそうな人はっと」
転移した瞬間、キョロキョロと宇宙港の入口で周囲を見渡せば、忙しく右から左へと走り抜ける男性にそれを追うなにやらいろいろと抱えた女性に、何かの建物の入口で仲間同士だろう数人が固まって話し合っていたり、机の上になにやら様々な絵柄のカードを並べて声を張り上げて客を呼ぶ商人、ゆっくりと散策するように歩く男女などかなりの数のプレイヤーがいることが見て取れる。
「ボクぅ、キョロキョロしてどうしたのかな? 迷子?」
悠陽の様子で彼を初心者と思ったのだろう、黄色の長い髪を赤い大きなリボンでポニーテールにした背の高いしなやかな猫を思わせる雰囲気を持った女性プレイヤーが声をかけてきた。
若干背は低めなことを気にしていた悠陽は、女性の子供扱いした物言いに少々ムッとしながら彼女の方へと向きを変える。
「すみません。これでももうすぐ高校にいく年齢なんですが」
「あらそうなの? ごめんね、ボク」
女性に一応自分が子供でないと主張するように現実の年齢を仄めかすも、女性はチシャ猫のような笑みをその整った顔に浮かべ、言葉の上では謝るもその悠陽への扱いを変えるつもりがないようだった。
そんな女性の態度に悠陽はムッとした態度をさらに強めるが、女性は気にした様子もなくニコニコと笑っている。
「で、ボクは迷子なのかな? お姉さんが連れてってあげようか?」
さらに悠陽に聞いてくる女性を半ば無視するように、他に暇そうな人がいないか探してみるものの悠陽の話を聞いてくれそうなプレイヤーはなかなか見つからない。
「ん~。折角聞いてあげてるのに、無視はひどいんじゃないかなぁ、ボク?」
あからさまに無視を決め込む悠陽にとうとう痺れを切らしたのか、女性はプクーッと頬を膨らませて悠陽の顔を両手で包むように持つと、強引にその顔を自分に向けさせる。
その両手に籠められた力はかなり強く、メリメリと骨がきしむような音が聞こえそうだ。
無理やり顔を向かせられた悠陽が見た彼女の顔は、プクーッと膨らませていた頬を元に戻し、笑顔であったがその瞳に一切の笑みはなかった。
「さぁ、お姉さんが聞いてあげようじゃない。言いなさい」
その言葉は優しい響きを持って悠陽の耳に聞こえてきたが、その甘い優しさが彼女の瞳の冷たさを際立たせ、彼女に逆らうことの危うさを悠陽に知らせる。
彼も伊達に姉がいる身ではない。
こうなった女性に逆らう恐ろしさを身をもって知っているため、彼女に逆らうという選択肢はこの時点で消滅していた。
「第四五埠頭に行きたいのですが、迷いそうだったので案内してくれる人を探していました」
最大限の礼儀を示しながら彼女に自分の境遇を簡潔に悠陽は説明する。
「あら、ならお姉さんと一緒に行きましょ。私もそこに行くつもりだったから」
彼女はそう言うなり悠陽の手をとり、ズンズンと宇宙港を迷いなく早足で歩いていく。
「えっあっととと。すみません、ありがとうございます」
急に引っ張られるような形になったため、悠陽は若干つんのめるようになりながら彼女について歩き出した。
「気にしない気にしない。……ふむ。やっぱりねぇ」
礼を言う悠陽に手をひらひらとさせてその礼を軽く流しながら、彼女は横目で悠陽を品定めするように見つめた後、ニヤニヤとした笑いを湛える。
そんな彼女をいぶかしみながらも悠陽は、彼女の後について歩く。
「ほらあそこが第四五埠頭の入口よ」
五分少々女性は悠陽を見ながらニヤニヤと笑い、悠陽はそんな彼女の態度に居た堪れない居心地の悪さを感じながら歩いたところで、正面に二人の男女が佇んでいる別マップへの入口を女性が指差し、目的地に着いたことを悠陽に教える。
「ありがとうございます。えぇと……そういえば案内してもらっていたのに自己紹介してませんでしたね」
「そうね。お互いに名乗ってはいなかったわね、優君」
お礼を言った悠陽に対する女性が自分の名前、しかも本名のほうを知っていることに悠陽は口をあけて驚く。
「えと、どうして俺の名前を?」
チシャ猫のような意地の悪い笑みを浮かべる女性がなぜ本名を知っているのかたずねるが、彼女はウィンクを一つして笑みを深くするだけで答えようとしなかった。
「優! そんなとこに突っ立てないでこっちに来なって。それにコングも一緒にいるならこっちに来な!」
そんな二人のやり取りを第四五埠頭に立っていた男女が気がついたのだろう、手を振りながら声を張り上げ悠陽たちの所へとやってくる。
その二人は優の姉、瞳の姿そのままのアバターRainとその姉の彼氏である飯島拓人そっくりの背が高く線の細い男性キャラクターということできっと彼のアバター“Taku”だろう。
Rainは悠陽の隣にいた女性の名前を呼び、悠陽とともにこちらに来るようにと指示を出している。
「コング?」
「そ、私のアバターネームね」
コングという隣の女性だけでなく女性に対してつけることになるとは思えない名前に誰だろうと、キョロキョロとあたりを見渡す悠陽に、隣の女性はチシャ猫の笑みを湛えたまま自分を指差した。
「ようこそ優君。我がVRゲーム研究会へ」
コングはチシャ猫の笑みを浮かべ、芝居がかった大仰なお辞儀とともに悠陽へ歓迎の言葉を言った。
「こちらこそよろしくお願いします」
「はいはい。自己紹介はすでに終わってそうだね」
コングのお辞儀に釣られてお辞儀を悠陽が仕返したところでRainとTakuの二人が、悠陽たちのところにたどり着いた。
「やっ、優君。ごめんね、こいつがわがまま言って」
Takuが柔らかな笑みを浮かべながら、Rainを小突きながら悠陽に強引に話を進めたことを詫びた。そのTakuの言葉と態度にRainが文句を言っているが悠陽もTakuもそれを無視して話を続ける。
「ま、いつものことですから」
「たしかに」
終始にこやかに会話を続け、自分を無視する男性陣をRainはジト目で見つめ腕を胸の前で組む。
コングはコングでその三人のやり取りをニヤニヤと観察するだけにとどめた。
「さて、とりあえず優君の市庁舎クエストと師団登録をすませちゃおうか」
むくれていたRainと我関せずと観察するだけだったコングも交えてしばらく四人で、Rainをネタにした悠陽とTakuの話題を主にした世間話をした後、Takuがそう提案する。
「そうね。さっさとすませちゃいましょ。優君がどんな適正持ちなのか気になるところだし」
「コングが気にしてるのは優のトルーパーをどうするかだろ?」
「やぁねぇ、そんな真実はっきり言わないでよ」
Takuの提案に即座に賛成するコングの言葉にRainのツッコミが入るが、コングはあっけらかんと笑いながらそのツッコミを肯定して、“さてどんな改造をしようかしら”と呟きながら市庁舎へ向けさっさと一人で歩き、ブツブツとなにやら口に出しながら改造プランの構築に余念がないようだった。
「あはは。相変わらず唯我独尊だな、コングは」
溜息とともに肩をすくめてコングを追いかけていくRainの後ろ姿を見ながら、Takuは声をあげて笑う。
「そうそう、忘れていたよ。この第四五埠頭がうちの師団用の埠頭になるから覚えておいて。あそこの入口から入ると四つの係留所があって、四隻の戦艦が泊まってる。メインで活動してるのはその中のオレのスレイプニルになるかな。あとのは師団員サブだったりいろいろだから」
悠陽が歩き出そうとしたところで、うっかりしていたとTakuが何故ここに集合したのかという説明をと、後ろの第四五埠頭の入口を親指で指差し話す。
銀河大戦の埠頭は私設埠頭と公共埠頭に分かれ、私設埠頭は師団を開設すると同時に作られる。
師団員の経験値を師団経験値として納付することで師団レベルを上げることができ、その上がったレベルで様々な師団特典を強化していく。
その特典の中に埠頭強化という項目があり、最初は停留所が一つしかない埠頭を停留所を複数にしたり、修理用のドッグの性能を上げたりとできる。
埠頭に停留所が四つにするには、それなりに他の部分に強化するポイントを上げなくてはそこまでの数にすることができないため、VRゲーム研究会はかなり師団のレベルを上げていると言える。
「位置マークしておきます。方向音痴なんで」
自分が方向音痴であることを自覚している悠陽は、銀河大戦の機能の一つであるタウンの中であれば、位置をマークしたところにどんなところからでも地図パネルをクリックすることで転移することが出来る、転移位置としてマーキングを即座にシステムメニューから操作する。
「賢明だね。実は移動が面倒なんでオレもここに位置マークしてるんだ」
Takuも理由が違えど位置マークをしていることに、悠陽は方向音痴でたどり着けないということを誤魔化す言い訳をTakuの言葉に見つけたためホッと胸をなでおろす。
「二人とも、なに油売ってるんだいっ! さっさと来な、ほらっ!」
かなり先に進んだところからRainの二人を呼ぶ大きな声が聞こえてくるのを、悠陽とTakuは顔を見合わせてから二人同時に噴出すように笑い出す。
「ありゃ、さっきの話題で結構いらついてますね」
「そうだね、なにかご機嫌伺いをしとかないとまずいかな」
再度Rainからお叱りのような大声での呼び声が聞こえてきたので、二人は慌ててRainとコングの後を追って駆け出した。




