11.正体がばれてしまったみたいです
翌日。今日も縫製室に行こうと仕度をしていたところにアルマ様から呼び出しを受けて指導官室に行けば、そこにはアルマ様だけでなくスルジア様もおられた。
そのスルジア様はふんわりと広がる落ち着いた色合いの濃茶のスカートに白のコーテ――ふんわりとした丸襟の広いシャツを着て腰周りはコルセットのようなものでその上から締めるという意匠のそれを着ておられた。腰が程よく締められているおかげでただでさえ立派な胸がより強調されてはいるものの、品良くまとまっている。
その服に、私は覚えがあった。
「エーネ・ルーテの品ですね。特別にあつらえたかのようによくお似合いです」
母様を想像して私が「私」の世界の外国の民族衣装をモチーフにコーテの意匠を考えたそれだけど、母様には少し若々しくなってしまってエーネ・ルーテに置いておいた品。それがスルジア様にはよく似合っている。遠目ではわからないけど、スカートの裾にもコーテの襟首にも、細やかな刺繍が施してあるのよね。
「ほんとぉ、アルーが持ってきたからどんな地味な服かと思ったのだけどぉ、落ち着いた色彩なのにとても華やかでぇ」
嬉しそうにスルジア様はくるりと一回転してみせ、それでスカートの裾とコーテがふわりと揺れる。
あ。
「スルジア様、その衣装の時は長靴が似合うと思いますわ。
スカートと同じ色合いの短いものが最適ですが、それがなければ濃い色で……騎乗の際に使うような少々無骨なそれを合わせても面白いかと」
衣服にばかり視線がいっていて気付くのが遅れたけど、足元は踵の高い華奢な光沢のある靴を履かれていた。
エーネ・ルーテでは靴は取り扱っていないから、そこまで気が回らなかったわ。
「……そぉねぇ」
私の言葉にスルジア様はスカートを摘まんで僅かに持ち上げると、前に足をちょんと上げて自分の足元の確認をされる。
その極上の胸が邪魔でそうしなければ足元が確認出来ないことはわかるわ。でもその仕草がとぉっても、可愛らしいの。胸がきゅんってときめいちゃった。
「この件で貴女に聞きたいことがあって呼びました。
今日、外向きの用事があったのでエーネ・ルーテにわたし自ら赴きました。貴女がエーネ・ルーテでスルジアの普段使いの服を揃えてはどうかと言ったのも頭にありましたから。
それでエーネ・ルーテで、名は告げられないがこの店の得意客である少女が布を求めていると、この店なら手に入るだろうと言っていたと告げたのです」
アルマ様はそこで言葉を区切ると、机の上に置かれていた紙包みを広げた。
中から出てきたのは、先日私がアルマ様にお願いした布。
「するとエーネ・ルーテの店主らは、質問するでなくこの布を出してきたのです。代金は不要だと言って」
リーリィとイーニィってば、布だけで私だって理解出来たの? 確かにふたりは私の素性を話してはないけど知ってはいたようだったから、察しがついてもおかしくはないと思うけど。
「カチュネが貴女を信頼しているようなので不要かと思いましたが、貴女の素性を指導官として把握すべきと会議で決定しました。
聡い貴女のこと、自覚はあると思いますが……貴女の行動は怪しすぎます」
「そうなのよ、ミルー。貴女の行動は貴族の子女としては妙だと判断されたわぁ。
入学早々の会議にかけられるのは、その高慢な態度ゆえに血筋を知り相応の教育を施すべきと判断された子ばかりでぇ、貴女のような例は始めてなのぉ」
えっと、もしかしなくても私、やりすぎてしまったかしら?
誰にはばかることなく同世代の少女たちの胸を堪能できるなんて最高の環境のために、箍がはずれちゃってた自覚も……実はあるの。それが貴族の令嬢らしからぬ行動だってことも。
これからは気をつけなきゃと心に刻んで、制服のスカートを裾を摘まみ片足をひいて腰を落とす。頭を下げての例は君主と神に対する場合だけだから、これが淑女の礼になる。「私」だった頃の癖で思わず頭を下げそうになるのを矯正するのに苦労したのに。
「アルマ様、スルジア様、改めて挨拶させていただきますわ。
オーヴィク家が当主が次女、ミルミラにございます」
ばれてるなら黙っている必要もないと、すんなり名乗る。
それからじっと見つめてくるアルマ様とスルジア様に笑みを浮かべて、小首を傾げる。
「わたしは正真正銘、オーヴィク伯とその妻の娘です。色が違うために家族以外の親族でも一度は疑ってしまうので、信じられないのも無理がないと思いますけど」
「……いえ、色々と謎だったことが理解できました。
オーヴィク家の秘された次女姫、存在は知られていてもその姿を垣間見た者が少ない理由が」
アルマ様はそこで一度言葉を切って、深く息を吐かれる。
「オーヴィクの次女姫は、オーヴィクの血を引くがオーヴィクにあらず。
兄から話は聞いておりましたがここまで違うものだと思いもしませんでした」
「アルマ様は、私のことを?」
「貴女だから言いますが、わたしは〝次のエーダ〟なのですよ。
そういうことなのです。おわかりですね、ミルミラ」
赤銅のエーダ伯の事は父様から聞いたことがあった。最悪の場合を想定して父様と兄様方が話し合っている姿も。
「はい。アルマ様だとは思いませんでしたが、そのことは知っております」
だから頷いた。
少し前、エーダ伯が倒れられた。まだ年若く、これからだというエーダ伯が倒れたことに父様はとても驚いていた。辺境伯は無理だったけど、エーダ伯を除いた五彩伯がわが家に集まって相談していたことは覚えている。内々にだけど、人が大勢出入りするから大人しくしているようにと言われたし。
そこでの結論が、まだ御子がいなかったエーダ伯の後継に最も近い妹君を婚家の籍から抜きエーダに戻しておくべきだと。後継がいないでごたつくことだけは避けたいというのが、五彩伯と陛下の総意。
全てが内々に進められていたはずが情報が漏れその対応に追われていた矢先、エーダ伯の奥方様の懐妊が確認されたのだそう。最初は心労で体調を崩されているだけだと思われていたんだけど、実は懐妊だったと。
それで事態は余計ややこしくなったのだけど、今はその御子が産まれるのを待っている状況。その子が〝赤銅のエーダ〟の特徴を色濃く持っていればその子を次の伯爵として体制を整えるし、そうでなければ妹君――アルマ様が爵位を継いで婿を取るという形になる。
辺境伯と五彩伯の場合は、その血だけでは後継になれない複雑な事情がある。知っているのは一部の人だけだけれど。
「アルマ様のような素敵な方がなぜ〝出戻り〟などと呼ばれているのか不思議でしたが、かのような事情がおありでしたのですね。
ところで、なぜアルマ様が貴族舎で指導官を? ご実家に詰めておられなくて宜しいのですか?」
「もとよりわたしはここで指導員をしていましたから、家の大事とはいえ急に辞することも出来なかったということもあります。
辞する前に兄が復調したというのもありますし、義姉の懐妊がわかったというのもあります。それ以上に、ここは安全ですから」
安全の言葉の裏に隠されたそれに気付いて、私は内心でため息をついた。
建国から短くない時が過ぎて、新しく力を伸ばしてきたような貴族にとっては古くから続き未だに中央で力を持つ五彩伯らは目の上のたんこぶ。蹴落とす機会を虎視眈々と狙っているのが現状。
そこに当主が倒れ一度は嫁いだ妹が戻ってきて爵位を継ぐなんてことになれば、機を得たとばかりに大騒ぎは避けられない。
「お察ししますわ」
「本当よねぇ。こういう話を聞いちゃうとぉ、そういった権力闘争に全く関係ない家に生まれたことが素晴らしいことに思えるものねぇ」
アルマ様と私のやりとりを黙って聞いてらしたスルジア様が、話が終わったのを見計らって話に加わってきた。
こういう言い方をするということは、スルジア様の家は権力闘争に関係のない家ということなのよね?
……スルジア様の髪や瞳の色はこの国の一般的なそれだから、家の推測は付きそうにないわ。
「それでミルー、話は戻るのだけどぉ、貴女の家についてはわかったのだけど肝心エーネ・ルーテと懇意にしている理由はわからなかったのよぉ。
構わなければなのだけどぉ、事情を話してはもらえないかしらぁ」
思わず見つめてしまった私にスルジア様は微笑みかけて、愛らしく小首を傾げてそう問われた。
事情を話す……ことは問題ないわね。カチュネには当分は知られたくないけれど、スルジア様とアルマ様なら問題はないもの。
顔色を伺うようにアルマ様を見ると、誰にも事情を話さないと約束するように頷いてくれた。
「別段、深刻な理由などないのです。
ただ家に居ては出来ないことを、素性を隠してしていただけのこと。布を選び意匠に手を加えることは出来ても、布を作り意匠を考えて一から己の手で作ることは無理ですから。
スルジア様、そちらの縫製はいかがです?」
「え、ええ。とても丁寧で針目も揃っているし素敵だと思うわ」
「ありがとうございます。
アルマ様、エーネ・ルーテでは意匠と縫製は誰がやったと伺いました?」
「……ミナ、と。
店主はとても腕がよく、彼女を指名して依頼する者も少なくないと。ただ、本人は表に出ることを嫌がるため、それを断るしかないのだと」
指名してくれる人がいるだなんて、はじめて聞いたわ。リーリィとイーニィのことだから私に通すまでもなく断ってくれていたのだとは思うけど。
なぜそんな質問を。そんな視線を向けてくるアルマ様に微笑みを返すと、私の意図に気付いたのか、僅かな驚きを浮かべた。
「そういうことですか。貴女のご家族なら理解をしてくれそうですね。
貴女の兄上たちは市井の者と変らぬ服を着て街に溶け込んでいたとも聞きますし、姉上は婚約の一件でも明らかです」
兄様たちの話は、むしろ私が説明して欲しいくらいだわ。
正直に白状しちゃうと、姉様のことは詳しく知っていても兄様たちのことは興味なかったから聞き流しちゃったんだもの。
だから曖昧に微笑むことで話の先を促す。
「今更かも知れませんが、忠告しておきましょう。あまり度の外れたことをしないよう、気をつけなさい。オーヴィクの娘であることもそうですが、貴女がルチアヤの妹であると知られることのほうが騒ぎとなるでしょう。
……あまり騒がしいのは本意ではないのでしょう?」
「ありがとうございます、アルマさま。今後気をつけます」
再びスカートを摘まんで、淑女の礼をとる。すると微笑んだアルマさま、スルジアさまと目があった。
「布は後ほど縫製室に届けておきます」
「どんなものが出来るのか、楽しみに待ってるわ」
笑んで告げられた言葉に私も笑みを返して、退室の言葉を告げると指導官室を後にした。