【133】鶏の骨と十八歳
ベルントは四時より早く来ていた。
わたしが厨房の天幕をくぐると、火床の前にしゃがんだ背中があった。まだ空は黒い。火床の前だけ、薪の乾いた匂いがしていた。
「もう来てるの」
「眠れなかった」
振り返らないまま、彼は細い枝を指先で押し込んだ。底に細い枝、上に太い薪。空気の通る隙間を潰さない。ハンスさんの手元を思い出す組み方だった。
「誰に教わった」
「実家。父が炭焼きで」
「そっか」
火打ち石を渡すと、ベルントは膝の上で角度を直し、二回打った。火種がほぐした木屑に噛みつく。早い。
大鍋を吊るし、水を張る。今日は四百人分。鶏骨を入れると、水面で白い骨がかちりと鳴った。浮いた灰汁を掬いながら、火を細く保つ。
ベルントは鍋の脇に立ち、両手を体の横で握っていた。勝手に手は出さない。目だけが鍋とわたしの匙を追う。
「鶏骨、一本触って」
「触るのか」
「うん。熱いからすぐ離す」
彼は鍋の縁に身を寄せ、湯気に顔をしかめながら骨をつまんだ。
「熱い」
「離して。重さ、分かった?」
「……骨だ」
「軽い? 重い?」
ベルントは指先を息で冷まし、別の骨を短く握った。眉間に皺が寄る。
「軽い。中が、すかすかする」
「中の髄が抜けてる。出汁にはあんまり働かない」
「役立たずってことか」
「そこまで言わない。でも今日はこれしかない。だから煮る時間で拾う」
ベルントは唇を結んでうなずいた。分かったふりではない。分からないと投げた顔でもない。熱の残った指を握り込み、鍋の音を聞いている。
わたしは説明をそこで止めた。手に残った熱や、鼻にまとわりつく匂いのほうが先に残る。舌が塩気を拾ってから、足りない言葉を足せばいい。
* * *
昼前、フリードリヒ将軍が炊き出し場に現れた。
灰色の髭が先に目に入った。背は高いのに肉がなく、目だけが刃物みたいに動く。殿下より年上で、顔立ちは似ていない。殿下が母親似なら、この人は父親の骨格を受け継いだのだろう。
「リーゼ・ヴァイスフェルト」
「はい」
「ベルント・カウフマン一等兵を貸している」
「お借りしています」
「奴は私の指揮下で足を負傷した。貴官の炊き出しが回復を早めた、と衛生兵が言っている」
「炊き出しの効果かどうかは、分かりません」
「分からん、でいい」
将軍は鍋の中を一瞥した。身を屈めない。匂いも嗅がない。
「貴官のエッセンスとやらを、私は信じない」
「はい」
「だが、貴官の食事は兵に効いている。事実はそれだけだ」
それだけ言うと、将軍は踵を返した。挨拶も、礼もない。靴音だけが天幕の外へ離れていった。
ベルントが鍋の向こうからわたしを見ていた。
「リーゼさん」
「うん」
「うちの将軍、あれ、機嫌よかった」
「あれで?」
「うん。普段はもっと怖い。今日は刺さなかった」
「刺すの」
「目で」
わたしは返事の代わりに灰汁を掬った。
ベルントが手を伸ばし、匙の柄を受け取る。
「俺、やる」
骨を握った時とは違い、彼の指は匙の先まで気を配っていた。
* * *
夕方、北の丘からまた音が聞こえた。
今日は短い。一時間ほどで止んだ。
戻ってきた椀は、配った数とほぼ同じ。差は三枚。三人。
ラルフが棚の前で椀を数えていた。濡れた親指で縁を拭き、一枚ずつ重ねる。
「今日は、いい日だ」
いい日。
三人しか戻ってこなかった日を、ラルフはそう呼んだ。言い直さなかった。わたしも直せなかった。
わたしは湯に手を入れ、椀の内側を布でこすった。脂が布巾に移り、指の節がふやけて白くなる。
棚に置くと、椀の縁が隣に当たって、かた、と鳴った。
わたしは返事をせず、次の椀を湯に沈めた。




