昨日のこと
「それは……ごめん……。昨日の事で、少し鬱憤が溜まってて……つい、強引になっちまったんだ……」
さっきまでの刺々しさが嘘のように、関谷の声はしぼんでいた。視線は俺の顔から外れ、足元のカーペットの模様あたりをさまよっている。叱られた子供が言い訳を探しているような、どこか居心地の悪そうな態度だった。
「昨日の事……?」
思わず聞き返していた。
昨日の夜、関谷と桜の間で何かあったのだろうか。そう考えたところで、パンケーキ屋での光景が頭をよぎる。桜に迫りながら、関谷は確かに言っていた。昨日だって俺のお願い断ったじゃん、と。あの時は桜を追い詰める口実の一つにしか聞こえなかったが、「昨日の事」と「鬱憤」という言葉が並ぶと、まるで別の意味を帯びて響いてくる。
昨日、二人の間にいったい何があった? 桜は何を断った?
胸の中に浮かんだ疑問を整理するより先に、関谷が動いた。
「あ、いや! それはいいんだ……別に、大したことじゃない……!」
ハッとしたように目を見開き、慌てて視線を泳がせる。口を滑らせたと言わんばかりに、自分の言葉を自分で遮った。両手を中途半端に持ち上げて何かを振り払うような仕草まで添えて、強引に話を打ち切ろうとする。
胸の奥で、嫌な違和感がじわりと疼く。さっきまで感じていた苛立ちとは、少し種類の違うものだった。怒りというより、冷たい水が背中を伝っていくような、得体の知れない薄気味悪さに近い。
こちらを見つめ直す関谷の瞳が、ふと目に留まる。必死さの奥に、ぎらりとした光が宿っていた。桜を想う気持ちというには、あまりに重く、粘ついている。狂気すら感じさせる強い執着が、そこにはあるように見えた。
「と、とにかく……! 俺は桜ちゃんをどうしても手放したくない! それだけは本当だから……!」
必死に俺に言い聞かせるような口調だった。いや、俺にというより、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえる。そうしなければ、何かが崩れてしまうとでも言いたげに。
「手放したくないって……お前ら、一応付き合ってるんだろ?」
その言葉に引っかかりを覚えて、俺は思ったままを口にした。手放したくない、という言い方は、すでに手の中にあるものに使う言葉ではない気がしたのだ。
「一応ってなんだよ! ちゃんと付き合ってるよ!」
関谷は激昂し、喰ってかかるように俺の顔を睨みつけてきた。
売店の前に伸びた列がざわめく。前に並んでいた客が、チラリとこちらを振り返った。ポップコーンの甘じょっぱい匂いと、キャラメルが焦げる香ばしい匂いが漂うロビーで、俺たちのやり取りだけが、そこから浮いている。壁際のモニターではクリスマス公開の新作映画の予告が流れ、周りには楽しげに肩を寄せ合うカップルが何組もいた。




