静寂
「達也くん……やめて……っ!」
郁美は俺の服の裾を力いっぱい握りしめ、震える声で懇願する。そして俺を下がらせようとするように前に出ようとした。
「せ、関谷くん……ごめんなさい……っ! 私のことも、殴っていいから……! だから……これ以上……桜ちゃんを……傷つけないで……!」
ポロポロと大粒の涙をこぼしながら、身を挺して二人を止めようとする郁美。その悲痛な叫びと涙ながらの言葉が、張り詰めた店内の空気に響き渡った。
「……」
痛いほどの静寂が、再び店全体を支配する。
周りの客や店員たちが息を呑んでこちらを凝視している視線が、痛いほど刺さっていた。流石にこの衆人環視の中で、これ以上大事にするのはまずいと悟ったのか、関谷の握りしめた拳が微かに震え、やがて力なく落ちた。
「……チッ」
苦々しい顔で派手に舌打ちをかますと、関谷は倒れかかっていた椅子を引き戻し、乱暴に腰を下ろした。
その姿を見届けてから、俺も郁美の肩を優しく叩いて落ち着かせ、ゆっくりと二人で席に戻った。桜はまだショックと罪悪感で身を縮こまらせ、涙を浮かべたまま小さくなっている。
自分の席に深く腰掛け、俺は改めて郁美を横目で見つめた。あの温厚で大人しい郁美が、まさか関谷を真っ向から引っ叩くなんて、夢にも思わず、一瞬、呆気に取られた。
だが、冷静になって考えてみれば——もしあの時、郁美が手を挙げていなかったら、関谷のあの暴言を聞いた瞬間にキレて彼を殴り飛ばしていたのは、間違いなく俺の方だった。
郁美のあの咄嗟の行動は、桜の尊厳を守るためであると同時に、俺が頭に血を上らせて決定的な事態を迎えるのを、身を挺して止めてくれたのかもしれなかった。胸の奥で荒れ狂っていた怒りの波が、郁美の残した温もりによって、少しずつ静まり返っていくのを感じていた。
郁美がそっと差し出したティッシュで口元を拭い、桜はなんとか息を整えたようだった。だが、先ほどのショックのダメージは深く、その表情は蒼白なまま固く沈み込んでいる。申し訳なさと恥ずかしさで桜は顔を上げようとしなかった。
店内にはまだ気まずい沈黙の残り香が漂っている。これ以上、関谷に身勝手な振る舞いをさせまいと、郁美が震える声で素早くフォローを入れた。
「と、とりあえずさ! 各々で、自分の食べられる量をマイペースに食べていった方が、い、いいよね……?」
「……」
それは、関谷が再び桜へ無理強いをしないための、郁美なりの精一杯の防波堤であり、これ以上決定的な衝突を起こさないための布石だった。




