ビンタ
「カハッ……! ぐ、ふっ……ゲホッ……!」
「え、おい……!? 桜ちゃん……!?」
関谷が慌ててフォークを引っ込め、狼狽した声を上げるのと同時だった。桜は口元を押さえていた手の手首を震わせ、苦し紛れに手元の紙ナプキンへと、口の中に残っていたパンケーキを吐き出してしまった。
激しく咳き込み、涙と生クリームで顔をぐしゃぐしゃにしながら、荒い息を吐き出す桜。
「桜ちゃん! 大丈夫!?」
それを目にした瞬間、隣にいた郁美がすぐさま立ち上がって、迷いなくテーブルの脇にあったティッシュ箱から勢いよく紙を抜き取ると、身を乗り出して、小さく震える桜の口元へとすぐさま持っていった。
「げぇ……きったねぇな!」
苦しむ桜に寄り添うどころか、関谷は顔を盛大にひきつらせ、汚物でも見るような不快感を隠そうともせずに吐き捨てた。そして、嫌そうにサッと顔を背けた。自分が無理やり喉奥へ突っ込んだことが原因であるにもかかわらず。
その瞬間だった。
——パァンッ!!
鋭く乾いた破裂音が、店内のBGMすら吹き飛ばす勢いで盛大に響き渡った。
「え……?」
一瞬、その場の空気が激しく振動し、世界中の時間がピタリと止まったように感じられた。それまでざわついていた店内は静まり返り、何事かと周囲の客や店員たちが一斉にこちらへ刺すような視線を向けてくる。
あまりにも突発的で激しい音に、俺の思考は完全にフリーズしていた。
テーブルの向こうで、関谷が首を大きく横に大きく傾けた姿勢のまま固まっている。そして信じられないものを見たかのように目を丸くしていた。
関谷の目の前には、右手を振り抜いた姿勢のまま、全身を激しく怒りで震わせている郁美の姿があった。
俺の頭が、あの乾いた衝撃音の正体を「郁美が関谷の頬を引っ叩いた音」だと正しく理解するまでに、およそ2秒ほどの時間を要した。
「……あ?」
右頬を若干、赤く腫らした関谷が、低い地声のままゆっくりと顔を上げた。その瞳には狂暴な怒気が宿り、椅子をガタッと大きな音で弾き飛ばしながら立ち上がる。
その瞬間、俺の身体は思考よりも速く動いていた。
「っ……!」
郁美の前に割り込むように素早く滑り込み、関谷を遮る壁となって立ち塞がる。そして関谷の鋭い視線を真っ向から受け止めた。至近距離で対峙する。拳を握りしめる関谷の腕の筋肉が固くなり、
俺も反撃できるように身構え、互いに一触即発の緊張感が張り詰める。
呼気が触れ合うほどの距離で、静かに火花が散る中、背後から郁美が俺の腰へと必死にしがみついてきた。




