明日から
郁美は決して朝が得意な方じゃないはずだ。
普段なら布団のぬくもりにしがみついて、もう少し眠そうに目を擦っているような子が、俺のためにわざわざこんなに早く起きて、何品も丁寧に作ってくれた。
今日実家に帰ってしまうことや、昨夜のあの真っ直ぐな言葉、そして胸に残る温もり——いろんな思いが交錯し、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような、心臓が痺れるほどの感動と愛おしさがこみ上げてくる。
噛み締めるように箸を動かしながら、俺はふと向かいに座る郁美の顔を見つめた。
朝日を浴びながら嬉しそうにご飯を口に運んでいる彼女の姿を見ていると、視線に気づいた郁美が、モグモグと頬を膨らませたままピタリと動きを止めた。
「ん? どうしたの……?」
小動物のようにコクリと可愛らしく小首を傾げ、丸い瞳でこちらを不思議そうに覗き込んでくる。
「いや……何でも」
自分の胸の熱さを見透かされたような気がして、俺は思わず照れくささに目を伏せ、誤魔化すように再び猛烈な勢いで料理に箸を伸ばし始めた。
こんな顔を見られたら、きっとまたからかわれてしまう。
それからはもう一心不乱だった。
郁美が作ってくれた朝食を一口たりとも残したくなくて、あっという間に茶碗も皿も綺麗に平らげてしまった。
「……ふぅ、ご馳走様でした」
パンパンに満たされたお腹とそれ以上の満足感に包まれながら、俺はしっかりと両手を合わせた。
「お粗末様でした!」
俺の綺麗に空になったお皿を見て、郁美は心底嬉しそうにパッと表情を華やかせると、満足気な笑みを浮かべて手際よく空の食器を重ね、キッチンへと下げ始めのだった。
食べた後の食器を、二人で並んで仲良く洗った。
洗剤の泡を流しながら不意に手が触れ合い、郁美が少しだけ頬を赤く染めてはにかむ。
そんな穏やかな時間を経て、俺たちは各々の部屋で朝の身支度を整えた。
約束の出発時間まではまだ少し余裕があったため、俺たちはリビングのソファに腰掛け、二人でテレビを見て過ごすことにした。
画面の中で流れるクリスマス特番の賑やかなBGMとは対照的に、部屋の中にはどこか愛おしくも切ない静寂が流れている。
明日からはもう、この場所に郁美はいないのだ。
その現実が胸の奥を静かに締め付ける。
やがて約束の時間が近づき、俺たちはコートを羽織って家を出ることになった。
鍵をかけ、玄関の扉を閉めたその時、郁美がくるりと振り返った。
「今まで、お世話になりました」
深々とした、とても丁寧な一礼。
それが、この居心地の良かった家に対してに向けられたものなのか、俺に向けられたものなのか、あるいはその両方なのかは分からない。
けれど、そこに込められた深い感謝と決意の重みだけは痛いほど伝わってきた。
姿勢を正した郁美は静かに顔を上げると、寂しさを振り払うように微笑み、門戸に背を向けた。




