もしも
それから郁美は、ほんの一瞬だけ寂しそうな笑みを浮かべて、すっと前を向いた。
イルミネーションの光が揺れる中、その横顔だけがなぜか妙に儚く見えた。
「もしもさ……私が……達也くんの前から消えちゃっても、達也くんは私のこと、今日のこと、覚えていてくれる?」
「消えるって……そんな縁起悪いこと言うなよ……」
俺は郁美と繋いだ手を、気持ち強く握り直した。
小さな手から滲み出るその温もりを、離したくないと思った。
「ふふふ! もしもの話だよ!」
郁美は明るくそう笑い飛ばしたけれど、もしもの話だとしても、俺にとっては考えたくもない現実だった。
つい最近、父と母を立て続けに亡くしたばかりだ。
あの喪失の痛みがまだ胸の奥に鈍く残っている今、郁美まで俺の前からいなくなってしまうなんて、想像しただけで足元が崩れ落ちそうな心細さに襲われる。
そう思うと同時に、俺の中で郁美という存在が、いつの間にかどれほど大きなものになっていたのかを、改めて思い知らされた。
「もしも……もしも……そんなことが、起きたら、俺はきっと探しにいくよ。
きっとどこまでも、地獄の果てでも……」
俺は冗談でもなんでもなく、本気の眼差しで郁美の目をまっすぐ見つめて、そう伝えた。
郁美は驚いたように一瞬俺のことを見つめ、それから小さく一瞥してから、
「そんなこと言うくせに、女の子の前で別の女の子のこと考えるんだ。」
そう言って、少しいたずらっぽく目を細めて笑って見せた。
「いや、それは……」
「それは……?」
「……ごめん……」
「ふふふ! 冗談だよ! ごめんね!」
郁美は笑いながらそう言うと、それ以上追及することなく、くるりと前に向き直った。
「そろそろ暗くなっちゃったし、買い物だけして帰ろっか!」
俺は頷いて、名残惜しさを感じながらも、イルミネーションの輝く街並みを後にした。
帰り道、家の近くのスーパーに寄って、今週分の食材や日用品をカゴいっぱいに買い込む。
「これ安売りしてるよ!」なんて郁美が声を上げるたびに、なんだか本当の夫婦にでもなったような、くすぐったい気分になった。
そうして荷物を分け合って両手に提げながら、俺たちはようやく帰路についたのだった。
ゲームセンターでの楽しい余韻に包まれたまま帰宅し、手早く軽い夕食を済ませてから、郁美の後に続いて、俺もお風呂へ入ることにした。
湯船に深く浸かり、身体の芯まで温もりを染み込ませながら、頭の中では明日繰り広げられるであろう作戦の段取りを何度も反芻していた。
映画館の最中、郁美が関谷を足止めしている間のわずかな時間。
そこで俺は、桜と向かい合って一体何を話せばいいのだろう。




