クリスマスイブ④
冷や汗を拭いながら、俺は「はぁ……」と大きく息を吐き出した。
「あ、いや……びっくりしただけだから。
大丈夫、気にしないでくれ」
「うぅ……私、なんてことを……恥ずかしい……っ」
真っ赤になった顔を隠すように両手で覆い、郁美は照れと申し訳なさで小さく身を縮こまらせていた。
「あ、わ、私ちょっと、顔洗ってくるね……っ!」
パニックを起こした郁美は、真っ赤な顔のままバタバタとリビングを飛び出し、そのまま洗面所へと逃げ込んでしまった。
直後、バタンとドアが閉まる音が響く。
ぽつんと一人取り残された俺は、郁美の体温がかすかに残る自分の二の腕を見つめた。
(寝ぼけてただけ……だよな?)
胸の奥を、ちくりと嫌な不安がかすめる。
彼岸花の汁で呪いは解けたはずだ。
だが、もし万が一、まだ呪いの残滓のようなものが残っていて、ふとした拍子に狂気が顔を覗かせたのだとしたら——。
(……いや、そんなはずはない)
すぐに頭を振って、俺はネガティブな思考を力づくで切り替えた。
昨夜のあの涙や、自分のしでかした罪に怯える姿、そして恥ずかしそうに吃音のことを明かした郁美は、間違いなく『本来の彼女』だった。
何週間もの間、呪いによって強制的に俺と距離を詰めさせられていたせいで、体が無意識にその距離感を覚えていただけだろう。
静まったリビングで、洗面所から聞こえる水の音をぼんやりと聞いていると、しばらくしてパタパタと足音が近づいてきた。
扉が開き、降りてきた郁美は、冷水で顔を洗ったおかげかさっぱりとした表情になっていた。
ボサボサだった髪も手ぐしで整えられ、頬の赤みも引いていつもの落ち着きを取り戻している。
「ふぅ……びっくりさせちゃってごめんね、達也くん。
もう大丈夫」
照れくさそうに苦笑いを浮かべる姿に、俺もほっと胸を撫で下ろした。
「そっか。
……お腹すいてるだろ?
トーストでも焼くか?」
「あ、うん!
ありがとう」
郁美がダイニングの椅子に腰掛けるのを見届けながら、俺は食パンを用意し始めた。
トースターにセットし、ダイヤルを回す。
「ねえ、達也くん。
今日はどうするの?」
画面の中の明るいニュース番組を横目で見ながら、郁美が尋ねてきた。
「うーん、とりあえず買い出しに行って……くらいかな。
冷蔵庫の中、マジで空っぽだし」
「あ、そっか……
ここ何日か、それどころじゃなかったもんね」
「まぁな。
今日明日の飯の分もあるし、一回スーパーに行かないと」
「そっか……
じゃあさ、せっかくだし、明日の為に予行演習しておかない?」
「予行演習?」
聞き返した俺に、郁美はマグカップを両手で包み込みながら、コクリと頷いた。




