クリスマスイブ③
案の定、棚の中はほとんどスカスカだった。
ここ数週間の怒涛の修羅場と、劇の準備で頭がいっぱいだったこともあり、まともに食材の補充すらできていなかったのだ。
今日明日を乗り切るための食料はもちろん、郁美がうちにいる以上、食材は多くあるに越したことはない。
明日の決戦に向けたスタミナをつける意味でも、今日はちゃんと買い出しを済ませて、万全の準備を整えておく必要がある。
俺は小さく息を吐き出すと、気合いを入れ直すように冷蔵庫のドアを閉めた。
時計の針はそろそろ午前7時を回ろうとしている。
食器を軽く水につけ、リビングのソファーに深々と腰掛けた。
画面の中では相変わらず、クリスマスの最新スポット特集が流れている。
ぼんやりとそれらを眺めながら、頭の中で今日の買い出しのルートや、明日の関谷とのダブルデートの立ち回りについて思いを巡らせていた。
その時だった。
トントン、と階段を降りてくる小さな足音が静かなリビングに響いた。
「……ん」
階段の影から姿を現したのは、目をこすりながら眠そうに頭をかく郁美だった。
袖口からちょこんと指先だけを出した姿は、昨日までの劇でのジュリエット姿や、狂気に満ちていた雰囲気とはまるで別人のようだ。
まだ半分夢の中にいるような、とろけた声。
その表情には、どこか年相応の幼さが残っていた。
しかし俺を見つけるなり、
「あ、達也くん! おはよー!」
郁美はふにゃりと柔らかい笑みを浮かべると、ごく自然な動作で俺の隣にすり寄り、ぎゅっと自分の両腕を俺の二の腕に絡ませてきた。
「っ……!?」
不意に伝わってきた温かい体温と柔らかい感触に、俺は一瞬で背筋が凍りつき、全身から冷や汗がドッと噴き出した。
身体がガチガチに固まって動かなくなる。
(ま、待て……!
まだ呪いが解けきってないのか……!?)
ここ何週間か、呪いに侵されていた頃の郁美がよく見せていた、あの狂気的で無遠慮なまでの粘着質なスキンシップ。
それが一瞬脳裏をよぎり、俺の心臓は嫌な音を立てて跳ね上がった。
だが、俺の硬直ぶりと部屋に流れた一瞬の静寂に、郁美自身もすぐさま異変を感じ取ったらしい。
「あ…………っ!?」
パッと目を見開いた郁美は、自分がしでかした動作の意味を理解した瞬間、弾かれたように俺の腕から離れた。
「あ、ご、ごめんね……っ!
私、まだ頭がぼーっとしてて……習慣っていうか、無意識に……っ!」
両手をパタパタと慌ただしく振りながら、郁美は一気に顔を林檎みたいに真っ赤にして、後ずさりするように俺から距離を取った。
呪いに囚われていた期間、彼女にとって俺に甘える動作は体に染みついてしまった「日常」だった。
正気に戻ったとはいえ、寝起きで頭が完全に働いていない状態だったからこそ、きっと無意識にそのクセが出てしまったのだろう。




