スマホ返還
その時、郁美がハッとしたように自分のポケットを探り、小さな機械を取り出した。
「あ……そういえば、これ……達也くんのスマホ」
「え?」
郁美の手から差し出されたのは、俺のスマートフォンだった。
呪いに囚われていた頃の郁美が、俺の交友関係を監視し、縛り付けるためにずっと奪っていたものだ。
「ごめんなさい……ずっと私が持ってたの。
ロック、解除しちゃってて……」
「……いいよ。
戻ってきたなら、それで」
受け取ったスマホの画面は、久々に見る俺のものだった。
正気に戻った郁美から返却されたことで、自分の日常がひとつ元に戻ったのだと実感する。
スマホを見ると、いくつか通知が来ていて、一通りスクロールしていくと、桜からのメッセージがあった。
恐る恐る画面をタップし、メッセージを開く。
『本当に私じゃないの…..』
『なんで庇ってくれないの…..』
『達也も….変わっちゃったの…?』
「……っ」
「達也くん……?
桜ちゃんから……?」
「……あぁ」
俺は重い吐息を漏らし、画面を伏せた。
「桜に今からでも返信した方がいいかな…..」
しかし、理科準備室でのことが頭をよぎる。
今の桜は関谷と付き合っている。
今更、釈明をメッセージで伝えるのは、むしろ不誠実だ。
「達也くん……」
「いや、やっぱり、直接会って伝えるよ。」
「うん….」
郁美は真剣な表情で頷くと、少しだけ頬を赤く染めたまま、上目遣いで俺を見つめてきた。
「あのね、達也くん。
……今は桜ちゃんのこと第一に考えてるし、協力するって決めたけど」
「ん?」
「私だって……
達也くんのこと、諦めたわけじゃないんだからね」
ドキっ、と心臓が跳ねた。
呪いによる狂気などそこにはなく、本来の彼女の真っ直ぐで純粋な告白だった。
「えっ……」
俺が戸惑って言葉に詰まると、郁美はハッとしたように顔をさらに赤くして、バタバタと慌て始めた。
「あ、あああ!
な、なーんて!
ごめん、今の忘れて!
ほら、今日はもう明日に備えて寝よっ!」
手でパタパタと自分の顔を仰ぎながら、わざとらしいほど明るい声ではぐらかす。
その慌てふためく姿が微笑ましくて、俺は小さく息を吐いた。
「あぁ、そうだな」
俺も立ち上がると、照れてうつむく郁美に声をかけた。
「俺は両親の部屋で寝るから、郁美は俺の部屋のベッド使っていいぞ」
「えっ、でも、達也くんの部屋……いいの?」
「郁美、これまでずっと俺の布団で寝てたし、そっちの方が落ち着くだろう。
今日は色々あって疲れただろうから、ゆっくり休んでくれ」
そうして俺たちは、それぞれ別の部屋へと向かい、長かった波乱の一日が終わろうとしていた。
だが、休まる時間はそう長くはない。




