話し合い
文化祭の喧騒が遠ざかっていく帰り道。
夕暮れの冷たい風に当たりながら、郁美はぽつりぽつりと話し始めた。
「獄門から帰ってきた時から……ずっと、頭に霧がかかったみたいだったの。
記憶がぼやけてて、自分が自分でないような感覚で……」
俺は歩幅を合わせながら、今日舞台の上で起きたことのすべてを打ち明けた。
郁美が呪いに侵されていたこと。
それを解くために、あの劇のクライマックスを利用して『彼岸花』の汁を飲ませたこと。
俺の説明を聞き終えると、郁美は再びポロポロと涙をこぼした。
「そんな……私、どうしたらいいの……。
呪いのせいだとしても、私が桜ちゃんをあんなに追い詰めたことに変わりはないのに……」
自分のしでかした罪の重さに泣きじゃくる郁美。
俺はかける言葉を見つけられず、ただ黙って彼女の背中をさすった。
「今日はもう家に帰ってゆっくり休んだ方がいい。
親も心配してるだろうし……」
そう言いかけて、俺はハッと気づいた。
(待て……もしかしたら、義父の『吉英』が家に帰ってきているかもしれない)
あの暴力的な義父のいる家へ、精神状態が不安定な今の郁美を帰すわけにはいかない。
「あー、そういえばさ」
俺は努めて自然なトーンを装い、郁美に提案した。
「ここ何週間か、ずっと俺の部屋で一緒に住んでたから、郁美の荷物とか着替え、まだ俺の家にあるままだろ?
だから、今日は1回俺の家に来た方がいいかも」
「え……?」
「それに……その、お義父さん、ほら……吉英が帰ってきてるかもしれないからさ。
今日は、俺の家に泊まった方が安全だし……」
そこまで言ってから、高校生の男女が泊まるという事実の響きに、俺は急激に焦り出した。
今の郁美は呪いで変貌した郁美ではないのだ。
「あ、いや!
本当になんにもしないから!
変な意味じゃなくて、マジで!
ただの避難っていうか、安全確保のためだから!!」
こんなシリアスな空気の中で、俺は童貞感を丸出しにして必死に弁解してしまった。
不器用すぎる提案だったが、郁美は微かに目を細め、
「……うん。ありがとう、達也くん」
と小さく頷いてくれた。
その日の深夜。
俺の家で簡単な夕食を済ませた後、リビングのソファーで少し落ち着きを取り戻した郁美と向かい合って座っていた。
温かいお茶の入ったマグカップを両手で包み込みながら、郁美が静かに口を開く。
「ねえ、達也くん。
……桜ちゃんのことなんだけど」
「……」
「私、ずっと近くで見てきたから、なんとなくわかるような気がするの。
桜ちゃんが学校で、文句を言いながらも楽しそうに話していたのは、いつだって達也くんのことだったよ」
郁美の真っ直ぐな言葉が、胸にチクリと刺さる。




